ゲーム世界といえど、現実は厳しい
饕餮
第1話
わたくしは子爵家の長女として生まれました。上にはお兄様が二人おりますが、下にはおりません。お母様は一番上のお兄様とわたくしを産み、わたくしが五歳のときにみまかりました。
その後、お母様を愛していたお父様は渋々ながらも後妻を娶りましたが、その方には連れ子がおりました。その連れ子が二番目のお兄様になります。わたくしは二番目のお兄様が大嫌いですが。
そんなわたくしの家庭の事情はともかく、わたくしが十歳になった数日後、婚約者ができましたの。婚約者のお名前は、ヴィンフリート・シュタルク様とおっしゃいます。
金色の髪に碧の目、とても整った面立ちで、三つ年上の侯爵家の方でした。笑みを浮かべたお顔はとても素敵で、なぜかお会いしたことがあるように感じたのが不思議でございます。
「はじめまして。ヴィンフリート・シュタルクです」
「はじめまして。ジークリット・ヴァルターと申します。よろしくお願いいたします」
「ヴィン、ジークリット嬢を庭に案内してさしあげなさい」
「はい、父上。我が家の庭にご案内いたします、ジークリット嬢」
「ありがとうございます」
微笑みと共に差し出された腕に掴まり、ヴィンフリート様のエスコートで侯爵家の庭を案内してくださったのです。そのとき、とても懐かしいといいましょうか……なにやら不思議な感覚がしたのです。
――小路になっている先は、確か赤やピンクのバラが植わっていたはず。
なぜかそう思ったのですが、そんなはずはないと考えていると、ヴィンフリート様が案内してくださった場所には、なんと赤とピンクのバラがありました。そのことに驚き、混乱してしまったのです。
初めて侯爵家にまいりましたのに、どうしてわたくしは、そんなことを知っているのかと。
そしてとても懐かしく感じる、ヴィンフリート様のことも。
ですが、今はそんなことを考えている場合ではございませんので、しっかりとお庭を堪能させていただきました。
案内された先は東屋で、そこには侯爵家の執事とメイドがおります。テーブルの上にはお茶とお菓子が用意されておりました。
お相手は格上の侯爵家の方ですから、お話するにもとても緊張いたしましたが、ヴィンフリート様が気を遣ってくださり、徐々に打ち解けることができました。とてもお話が上手な方で、その声や仕草に、なぜか懐かしさを感じたのです。
「ヴィンフリート様、」
「婚約者となったのだから、ヴィンと呼んでください」
「わかりました、ヴィン様。では、わたくしのことはジルとお呼びください」
「ジル……と呼び捨てでも構いませんか?」
「はい」
婚約者となったのですから、愛称で呼ぶように提案してくださったヴィン様。そしてわたくしのこともジルと呼んでくださって、とても嬉しかったのです。
そこからいろいろなお話をいたしました。好きな食べ物、色、動物。とにかく、本当にいろいろなことを話しました。
好きなものが似通っていてお互いに微笑んだのは言うまでもなく、さらに仲良くなったような気がいたします。
それから、この国のしきたりに従い、婚約者となった侯爵家に住むことになるお話もしてくださいました。
本来ならば、婚姻する
それを止めてくださったのが、血の繋がったお兄様やお父様でした。ですから、わたくしは二番目のお兄様が大嫌いなのです。貴族として育ったとは思えないほど、とても粗暴な方ですから。
お父様も一番上のお兄様も継母や二番目のお兄様のそんな態度と行動を問題視しており、短期間に問題を起こしすぎて問題視どころではなくなりました。
結局、継母と二番目のお兄様はお父様の逆鱗に触れてしまい、現在領地に幽閉されております。そしてお父様が後妻の話を持ってきた方にもお話をしたところ、そんな性格や態度をすると知らなかったと話し、驚くと共にとても後悔なさっていたそうです。
今は継母との離縁に向けて頑張っている最中なのです。
まあ、結局はこの一月後に離縁することができたのですが。
そういった問題があって、学園に関することが疎かになってしまいそうだということでお父様から侯爵様にお話があり、わたくしの年齢的にはとても早いですが、特別措置として侯爵家に入ることとなりました。
ヴィン様はその説明を、幼いわたくしにもわかるように、噛み砕いてお話してくださったのです。
「わたくしでいいのでしょうか……」
「もちろん。いろいろと学ぶことも多いからね。きっと役にたつよ。学園にも一緒に行こう」
「はいっ!」
この国の貴族は、十歳から十八歳まで学園に通うことになります。わたくしも四の月から学園に通うことになっております。ヴィン様とは三歳違いますから、一緒に通えるのはヴィン様が卒業なさるまでです。
ですが、これから通うことになる学園には飛び級できる制度がございますから、わたくしが頑張れば、ヴィン様と一緒に卒業できる可能性もありますの。
まあ、ヴィン様はとても優秀だと聞き及んでおりますので、きっと飛び級をしてわたくしよりも先に卒業なさるのでしょう。
そう思っていたのですが。
「ジルが頑張って僕と一緒に卒業したいというなら、僕はそれに合わせるよ」
「よろしいのですか?」
「ああ。僕の卒業まで、まだ五年あります。せめて、最後の一年は同じ学年で一緒に過ごせるよう、頑張ろうね」
「はいっ! あの……わからないお勉強は、教えてくださいますか?」
「もちろん。一緒に頑張ろう」
一緒に頑張ろうと仰ってくださったヴィン様に、とても感謝いたしました。
侯爵家に行くにあたり、家からいろいろと持ち出さないといけないものがあることから、一旦帰宅いたしました。侯爵家に入るのは、侯爵家側の準備もあることから、一月後となったのです。
さらにその一月後に学園の入学式があります。それまでにきちんとお勉強ができるといいなあ……と考えておりました。
馬車に揺られ、お父様と一緒に家に帰ったその日の夜。
「お嬢様、なんだかお顔が赤いようですわ」
「え……?」
「失礼いたしますね」
自室でドレスを脱がせてくれていたメイドが、とても不思議そうな顔をしてわたくしを見ました。そして額に手が当てられるとすぐに驚いた顔をして、ドレスではなく夜着に着替えさせたのです。
なにかあったのでしょうか。
「誰か、旦那様にご連絡を。お嬢様が熱を出されております!」
「かしこまりました!」
「お食事は軽いものを、と料理長に伝えてください」
「かしこまりました」
「熱……? ああ、だから馬車の中にいたときから体が火照っていたのですね……」
「もう、お嬢様! そういうのはもっと早く仰ってくださいまし!」
ボーっとした頭で呟くと、小さなころからわたくしの担当をしてくださっているエルサに叱られてしまいました。そして熱があると自覚したからなのか、急に体が熱くなり、あちこちが痛くなってきてしまったのです。
熱がすっかり下がったときは二日たっていて、目を開けるとお父様と一番上のお兄様、そしてヴィン様がいらっしゃいました。彼らはとてもホッとした顔をしております。
そんな顔を見たわたくしは、やっぱり……と内心混乱しておりました。
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