幼馴染の女子勇者が、始まりの街から出て行きません!
コータ
第1章 僕と幼馴染と始まりの街
第1話 幼馴染は旅に出ない
春ってどうしてこう気だるい気持ちになるのだろうか。
朝の陽光がまぶたに降りかかってきて、僕はようやく目を覚ました。
「ふわあ……ああ……」
今日もするべきことは変わらない。おふくろと一緒に道具屋の仕事をしているだけで一日が終わるのだろう。多分朝から品出しの準備をしているので、手伝いに行かなくてはならない。ようやく重い腰を上げ、いそいそと身支度を始める。
「こんなはずじゃなかったんだよな……」
独り言が虚しく響き渡った。部屋の中はいつも散らかっている。僕はダラダラと歯磨きとか顔を洗ったりとかを済ませて外に出た。整備なんてほぼされていない、かろうじて道と見えなくもない所をトボトボと歩く。
ここはアカンサスという城下街であり、世界中で最もモンスターが弱く、多くの冒険者にとって始まりの街と呼ばれている。大抵の冒険者はこの街から旅立つわけだ。
ボーッと歩いている僕の目にけっこうな人集りが映った。街の正門前に老若男女が集まって大きな声援を上げている。解ってる。今日はアイツが旅に出る日なんだ。
「頑張れよー」とおじさんが叫んで、「しっかりね。元気に帰ってきてね!」と若い女性が黄色い声を上げている。中心にいたのは四人の男女。逞しい筋肉が鎧の上からでもハッキリしてる戦士や、いかにも魔法についての知識が豊富そうなおじいちゃん魔法使い、プリーストのお姉さん……そして。
僕の幼馴染である勇者パティがそこにいた。なんて凛々しくて美しいんだろう。みんなが彼女に見とれている。
この世界では十五歳になると女神様から加護を授かることができる。冒険者にとって凄く重要な儀式で、授けられるのはたった一つだけ。職業そのものだったり魔法だったりするのだが、本当に当たり外れが激しい。
一年前、女神様から力を与えられた日、彼女は勇者というジョブに就くことができる唯一の人間となった。反面、僕に与えられた力はロクなものじゃなかった。パーティやモンスターのステータスが解るという、ただそれだけの魔法を覚えたに過ぎない。
彼女と僕は今同じ十六歳になったが、はっきりと進む道は別れることになってしまった。
ほとんど力を得られなかった少年は、本当はなりたかった冒険者としての職業を諦め、少女は周りからの猛烈なプッシュによって勇者になることを決めた。一年前が懐かしく感じる。何となく立派になった彼女と顔を合わせることが嫌で、最近はずっと避けている。向こうだって気にしてないさ、きっと。
「い……行ってきま……す……」
慣れない声援にドギマギしているのが遠目からでも解る。銀髪のショートカットは柔らかく揺れていて、新雪みたいな白い肌は柔らかさと暖かさを兼ね備えているような気がした。彼女は勇者になる前から、街の人々に愛されていたし憧れを抱かれていた。
遠目からだが、ふと彼女と視線が合いそうになった僕は、慌てて人混みの中をそそくさと抜けて行った。別れの言葉を言うべきだったかもしれない。でもいいさ。どうせ、僕のことなんて直ぐに忘れるに違いないんだから。
やっとのことで城の門近くにある道具屋の扉を開いたら、もうあらかた店内の準備は終わっているようで、おふくろが椅子に座ってコーヒーを一杯飲んでいた。
「パティちゃんに、挨拶してきたかい?」
「ん? ああ……そういえば今日だっけ? 忘れてたわ」
「うふふ。忘れるなんてあり得ないわ。だって街中の人が騒いでいるんですもの。アキト、嘘なんてついても無駄よ」
おふくろは何でも知ってるんだな。確かに僕は嘘をついた。カウンターに立って店番の準備を始めながら、言い訳を考えているけどロクなものが浮かばない。
「ずっと一緒だったのにねえ。まさか彼女が勇者になっちゃうなんて、世の中解らないものね。あなたのほうがなりたかったでしょ?」
「え? ははは、まさか。僕はあんな命懸けで何の保証もないことはしたくないんだよ。冒険なんて、ギャンブルと変わんない。いや、もっと酷いものかもな」
「あらー。昔と言うことが全然変わっちゃったわね。お父さんみたいになるって、何度もあたしに話したじゃないの」
嫌なところを突いてくるんだな。親父は冒険者であり、たしかに僕は憧れていた。ずっと昔に行方知れずになってしまったけど。
「いつの話ししてんの? 僕はもう大人になったんだよ。おふくろはもういなくて大丈夫だよ。家にいてもいいよ」
「はいはい。じゃあ任せるわね。たまに交代しましょ」
おふくろがいなくなって、ようやく深いため息を吐き出した。幸せが逃げるとか、本当なのかなって疑問に思う。パティのことは考えなかった。考えないようにしていた。
道具屋の一日なんて暇なものである。大抵は近所のおばさんが来るだけで、冒険者の連中はほとんどやって来ることがなかった。ポーションや毒消し草、革で作った帽子とかはあんまり売れない。変な野菜を置いているほうが売れるので、最近では八百屋状態だ。
朝っぱらからおふくろと交代しながら夕方まで働いて、今日の仕事は終了になった。大して疲れることもなく充実することもない日常。僕がこれから費やす人生って、きっとこの繰り返しなんだろうな、とか考えながら家までの道を静かに歩く。
既に辺りは暗くなっている。ああ、悲しいなあ。僕はこのモヤモヤした気持ちを誰にも吐き出せない。友達だって少ないんだから。今まではパティが聞いていてくれたんだけど、もういなくなっちまった。
遠目から見える家の灯りはもうついている。おふくろはせっせと夕飯を作っているのだろう。棒みたいになった足をさすりつつ、ようやく自宅の扉を開ける……直前で違和感を感じた。
「あれ……なんで僕の部屋に灯りが?」
僕の部屋は二階にあるのだが、おふくろは特に用もなく入ったりしないはずだ。変だなと思いつつ扉をガチャリと開ける。
「ただいまー! ……おや? おふくろー」
おふくろはまだ帰ってなかったのか。もしかして教会にでも寄っているのだろうか。え? じゃあもしかして……泥棒?
僕はおそるおそる周囲を見回し、誰かが隠れていないか慎重に確認する。一階には誰もいないようだ。静かに、音を立てないようにして二階への階段を上がって行く。念の為道具屋で売っている棍棒を構えながら進む。
階段を上がって直ぐ右手の所に僕の部屋はある。何か音がする。間違いなく誰かがいるんだ。ここまできてひるんでいても仕方がない。僕は勢いよく扉を開いた。
「この泥棒野郎! どうやって部屋にー」
「……あ。お帰りー。誰もいなかったけど、扉開いてたから入っちゃった」
僕は声を失って体が石化魔法をかけられたみたいに固まってしまった。こんな弱小モンスターしかいない街で起こりえる状況ではない。
「あれ? どうしたのーアキト。すっごくビックリしちゃった感じ?」
ベッド横のソファに座って雑誌を読んでいる彼女は、自然体でニコニコ笑っている。一見普通だがあり得ない状況だった。
「いやいや! どうしてパティがここにいるんだよ」
「うん。ちょっと遊びに来ちゃった」
「遊びに来ちゃったっておかしいだろ! 今日旅に出たじゃないか。みんなに見送られてたし」
「あ! やっぱりアキト見に来てくれてたんだぁ。嬉しいっ。でもね、私……途中で引き返しちゃった」
「引き返した?」
「うん。ついでにみんなを酒場に預けて来たよっ。なんていうか、あんまり冒険に出たい気分じゃなかったの。天気も快晴だし!」
「預けたって……マジか。いやいや! 行かなきゃダメだぞ。天気なんか関係ないし」
「そうなんだけどね。ちょっとここで眠ってから考えようかな……」
パティはソファの上に横になって、寝る体勢を取り始める。
「ダメだダメだ! あれだけ盛大に送ってもらったのに即日キャンセルなんてあり得ないって! こら、こら起きろ」
横になったパティを揺するが、まるで眠ると決め込んだ犬のようにソファにへばりついている。どうしたものかと困っていたら、不意に腕を引っ張られてしまい、
「う、うおわっ!?」
バランスを崩した僕はソファに座り込む形になった。そしてすぐ隣にあるパティの頭がすっと動いて、なぜか膝の上に乗った。
「ふううー。この枕が一番快適っ」
「おっ……こ、こら! 勝手に枕にするな! おいって……」
彼女の頭の感触がちょっとくすぐったかった。そして僕は困惑の毎日を過ごすことになるのだった。
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