第379話 記憶を操りし者
こちらへと向かってくる無数の紙片を飛び込んで回避する。速度こそかなりのものであるが、直線的な動きであるため、避けるのはそれほど難しくない。
奴の能力を考えると、あの紙片に考えなしに触れるのは危険に思えた。なにしろ奴の能力は記憶の操作だ。あれに触れると、以前のように偽の記憶を植えつけられる可能性もある。できることなら触れないようにしておきたいところであるが――
紙片を避けた大成は前へと踏み出して、接近。敵は巨大な本を開いた状態を維持したまま、無数の紙片を飛び散らせ、周囲に展開して障壁を作り出していた。飛び回っているその紙片が、ただの紙であるはずもない。
それがわかっていても、こちらから仕掛けていかなければ勝利をつかむことができないのは間違いなかった。
なにより、奴は因縁の相手だ。自身に偽の記憶を植えつけた張本人。なにがあったとしても、奴だけは自分が仕留めなければならない。
「臆することなく近づいてきたか。だか、それは避ければいいというものではない」
その言葉が聞こえた直後、背後から気配が感じられた。危機を察知し、後ろに振り向こうとしたそのとき、すさまじい衝撃が発生。反射的に身体を動かして直撃だけは避けたものの、そのすさまじいエネルギーによって大きく弾き飛ばされた。
一体なにが? そう思ってすぐ、すぐさまその原因へと辿り着く。
先ほど飛ばしてきた無数の紙片以外考えられなかった。
大成は空中で姿勢を整えたのち着地。再び距離が開く。十五メートルほどの距離。こちらからは有効打を与えるのは難しい距離であった。
先ほど飛ばしてきた紙片がただの紙でないことはわかっていたが、何故あのような強い衝撃を発生させたのだろう? 爆発物の類でないことは間違いないが――
『いまのは恐らく、奴が保有するなんらかの記憶だ』
そこでブラドーの声が響き渡る。
『記憶というものは、存外に強い力を持つ。奴は恐らく、それを単純な力へと変換し、先ほどの衝撃を発生させたのだ。そのような使い方をできるということは、相当量の記憶を有していることは間違いない。気をつけろ』
ブラドーの言葉を聞きながら、大成は白衣の女へと目を向けた。
奴の周囲には変わることなく無数の紙片が浮遊している。あの紙片の一つ一つが、なんらかの記憶なのだろう。ブラドーの言う通り、まわりを飛び回っている無数の紙片からはかなり強い力が感じられた。ただこちらの直剣をぶつけただけではびくともしないエネルギー。奴を倒すのであれば、あの障壁をなんとかしなければならないが――
奴の戦闘能力が有している記憶に依存するのであれば、その量が多ければ多いほどそれが強まっていく。呪いの力は、物量に依存した相手に対しては有効打を与えにくい。汚染されたとしても、汚染された部分を切り離してしまえば、その影響は最低限に抑えられてしまうのだから。
『あの紙片が記憶であるのなら、俺があれに触れるとどうなると思う?』
『やってみないことには詳しいことはわからないが――あれが、もともとはなんらかの記憶であった以上、触れたお前になにかしらの影響が発生したとしてもおかしくはないな。気をつけておくに越したことはないが、あれに触れんわけにもいかないのが難しいところだ』
一応、接触を避けて遠距離での攻撃手段はあるものの、それを使えば血を消耗する。もう命のストックがない以上、できることなら血の消費は抑えておかなければならない。なにしろ物量に優れた相手に対し、消耗戦を仕掛けていくのはあまりにも分が悪すぎる。どう考えても先にこちらが限界を迎えるのは間違いなかった。
となると、やはり危険を承知してでも、接近して戦うしかない。なにより呪いの力は接触をさせるのが一番効果的に波及する。奴も竜である以上、こちらの呪いを無視することはできないはず。触れれば、確実に戦力を削ることはできるが――
そこまで考えたところで、奴の周囲に浮遊している紙片が放たれる。その一つ一つから、とてつもないエネルギーが感じられた。
紙片が放たれると同時に、大成は前へと踏み出す。向かってくる紙片を直剣で破壊しながら前へと進んでいく。
「……くっ」
向かってくる紙片は軽そうな見た目に反して、かなりの重量が感じられた。記憶というものがいかに強い力を持っているのかはっきりと実感させられる。
しかし、その重さを弾き返しながら大成は距離を詰めていった。向かってくる紙片を避け、弾いて倒すべき敵へと突き進んでいく。
白衣の女はとどまることなく紙片を次々と放っている。圧倒的な物量によって押し潰していくという、単純かつ、単体でしかない相手に対して、効率さえ無視すれば極めて有効的な手段。近づけば近づくほど、その苛烈さは増していく。
どうする? 前へと進みながら、踊るようにして向かってくる紙片を処理していく大成は思案した。
これだけ紙片を放ち続けても、減っている様子はまるでなかった。それどころか、数が増えていると思えるほどだ。まさに無尽蔵。持久力での勝負では、どう考えても分が悪い。勝ち目は皆無と言えるだろう。
だが、それでもなお前に進まなければ、この状況をどうにかすることができないのもまた事実。飛び回る紙片と乱舞しながら、前へ前へと大成は進んでいく。
直撃するコースで飛んできた紙片を直剣で弾くと、いままでとは比べものにならない重さが感じられ、よろめいた。触れても、変な記憶は入り込んではこなかったものの、その威力は脅威としかいいようがなかった。
そこを逃すことなく、次の紙片が飛んでくる。接触したときの重さを考えると、まともに受ければ一発で死に至らしめることになるだろう。体勢を立て直しながら、向かってくる紙片を横に飛んで回避。
紙片を回避した大成は膝を突いた状態のまま、竜の力を解放する。
出し惜しみをしていられる相手ではない。なにより、奴には因縁がある。自分にとって、なによりも打ち倒さなければならない相手なのだ。
竜の力を解放し、その力を一気に放出する。放たれた力は飛んでくる紙片を巻き込んで敵すらも呑み込んだ。
放たれた力により、周囲が変貌する。なによりこちらの力は、竜を殺す呪いの力だ。この『棺』という建造物も竜の力によって造られたものである以上、その影響は受けるはずである。その力によって蝕まれ、場所そのものが竜にとっての死の世界となり果てた。
力を放ち切った直後、大成の身体がぐわんと揺れる。世界が狂ったかのような強力な眩暈。なにかが失われていくような、なにかが変わっていくような感覚。それでもなお大成は自身を保った。まだ倒れるわけにはいかないのだから。
「やはり、極めて危険な力だ。私でなければやられていただろう。運がいいな異邦人」
大成が放った力の残滓を振り払いながら白衣の女が現れる。あれだけの力を受けてもなお奴は無傷であった。ほとんど消耗しているようにすら見えない。保有する記憶を力に変換して、あの攻撃を防ぎ切ったことは間違いなかった。
「だが、このような状態になってしまえば私としても厄介なところだ」
そう言うと、奴の周囲を飛び回っている紙片がばら撒かれた。それらは、いまもなお禍々しくその場に滞留する呪いの残滓へと落ちていき――
それらは、その場に残っていた呪いの残滓を消し去った。まるでそれは、時間が巻き戻ったかのよう。
「見たところ、あれはそう連発できるものではなさそうだな。まだ人の身である以上、それも当然か。さて、次はなにをするつもりだ異邦人。こちらはまだまだ余裕がある。遠慮することなく向かってくるといい。一応、それなりの仲だからな」
それは、誰が聞いてもいまの奴に充分すぎるほどの余裕があると認識させられるものであった。前に出なければと思うが、大きな力を使った反動で、身体が根を張ってしまったかのように重くなっている。
「ふむ。思いのほか、反動が大きかったようだ。来ないのであればそれでいい。私も貴様を行かすわけにはいかんからな。さっさと処分させてもらおう」
白衣の女はそう言い放ち――
周囲に展開した紙片とともに、こちらへと向かってきた。
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