第261話 再び遺跡へ

 竜の遺跡に入るときに思い出されるのは、地上からの突入が不可能な地点で作戦を行うときにさせられた、ロクな装備もない状態で上空数千メートルを飛んでいる輸送機から降下したときの感覚だ。そのときのような加速度はないものの、はっきり言って気持ちのいいものではない。


 数秒ほど続いた浮遊感ののちに、突如として足が地面につくというのもなかなかに奇妙な感覚である。足が地面についても、なんとも言い難い浮遊感は残っているが、しばらくすれば消えるだろう。


「…………」


 横で、氷室竜夫が複雑そうな表情をしているのが目に入る。


「あんたもこれは苦手か?」


 大成が問いかけると、氷室竜夫は「まあな」と短く答えた。


「なんというか、ゆっくりとどこまでも落ちていくような感覚が絶妙に気持ち悪い。どうにも苦手だ」


 氷室竜夫の言葉に、大成は「まったくもってその通りだ」と返答する。どこかに落ちていく感覚なんて慣れていいものでもないだろう。危険なものを危険だと認識できなくなることが一番危険なのだ。


 昨日、ここに足を踏み入れたばかりだが、この場所はやはり不思議な空間である。明かりは一切射しこまないはずなのに屋外とそれほど変わらないレベルで明るく、閉ざされているにも関わらず圧迫感というものが皆無だ。洞窟のように見えるが、もしかしたら現代にあったインテリジェントビルのように色々な機能があるのかもしれない。


「タイラーさんたちはどこに?」


「昨日話したときは、この先にある拠点にあるでかいテントの中で話をした。動いていなければ、そこに行けばいまどこにいるかぐらいは訊けると思うが――」


 仲間を一人失った状況で、普段通り探索に出かけるとは思えないが、もしかしたらということもある。とりあえずそこに行ってみるしかない。そう考えながら、不思議さに満ちた一本道を進んでいく。


 しばらく進んだところで、開けた場所に出る。閉ざされた場所であることを忘れさせるほど広大な空間。もうすでに多くの労働者たちが動き出しているようで、昨日よりも賑やかであるように思えた。


 不思議な空間の中にある一つの町を進んでいく。目指す先は昨日立ち寄った大きなテント。もしかしたら昼間はやっていないかと思ったが、もうすでに開かれているようであった。中へと入る。


 いまの時間帯は働いているものが多いせいか、テントの中にいる人の数は少なかった。テント内にあるカウンターへと進んでいく。


「おや……あんたまた来たのか。今日もなにか用か?」


 昨日話した、顔に大きな傷のある男がこちらを見て反応する。


「ああ。昨日俺と話したタイラーさんの仲間のリチャードという男を探しているのだが、いまどこにいるかわかるか?」


「リチャードならたぶん、医務室として使っているテントにいるはずだが――奴にどういう用なんだ?」


 別に詮索するつもりはねえんだが、と男は付け加える。


「彼には化学の知識あると聞いてな。その知識を借りれないかと思ってね」


 これに関しては別段隠す必要もないので正直に答える。


 それを聞くと男は「ふーん、よくわからんが、頑張れよ」とあまり興味がなさそうな調子で返してきた。


「ところで、医務室代わりに使ってるテントってのはどれだ?」


「ここの真向かいにある大きなテントだ。あそこにも人が集まってるから、目に入ればすぐにわかるだろう。怪我する奴はもちろん、飲み過ぎて動けなくなるのも多いからな」


「わかった。そっちに行ってみる」


 大成がそう返すと、男は「よろしく頼むぜ」と言って豪快な笑みを見せる。彼の笑みを見てすぐ、大成と竜夫は踵を返してテントの外へと向かう。テントの外に出てすぐ、真向かいに目を向ける。そこには朝から忙しなく人が出入りしているテントがあった。恐らくあれだろう。そちらへと足を進めた。


 中に入ると同時に、消毒液の匂いが漂ってくる。それはどこか懐かしさを感じさせる匂いであった。あたりを見回す。ここも屋外にあるとは思えないほど設備が整っている。かつていた駐屯地の野戦病院よりも数段しっかりしたものであると思えた。簡単な手術ならばここでもできるだろう。


「ここになにか用か? 見た覚えのない顔だが」


 テントの中を見渡していると、よれた白衣を着た痩せた中年の男が話しかけてきた。ここに詰めている医師だろうか?


「リチャードという男がここにいると訊いてな。少し話をしたいんだが」


 大成がそう言うと、医師風の男は「ああ、あんたが例の」という言葉を返してくる。どうやら、ここにもアレクセイから話が伝わっているらしい。


「少し待ってろ」


 医師風の男がそう言うと、多くの人でごった返しているテントの中をかき分けて奥へと進んでいった。しばらく待ったところで――


「あんたがアレクセイさんが言っていた奴か――と思ったら、一緒にいるのはタツオか。久しぶりだな。妙な縁があるもんだ。元気してたか?」


 現れたのは、戦闘を生業としているようには見えない細身の男だった。風貌としてはこのテントに詰めている医師たちに近い。氷室竜夫のことを知っているということは、目の前にいる彼がリチャードだろう。


「ええ。お久しぶりです。そっちはなにやら、妙なことになっているようで」


 氷室竜夫がそう返すと、リチャードは「まあな」と軽い調子で言葉を返してくる。


「で、そっちのははじめて見る顔だな」


 リチャードは大成に目を向けながらそう言う。


「斎賀大成です。アレクセイさんに雇われて、この事件に首を突っ込んでいる。よろしく」


「俺はリチャードだ。よろしく。ところで、名前の感じからして、あんたもタツオと同郷か?」


「ええ」


 大成の言葉に対し、リチャードは「やっぱそうか」と言って軽い笑みを見せた。


「で、俺に用ってのはなんだ? 状況が状況だし、できることは最大限させてもらうつもりだが――」


 リチャードの言葉を聞き、大成は事情を説明する。ウィリアムの仲間であるジニーが失踪したこと、それが起こったと思われる場所の周辺で薬品の類と思われる妙な匂いが残っていたことを。


「ふむ」


 大成の説明を聞いたリチャードは顎に手を当てて思考する。しばらく無言の時間が続いたところで――


「それはなかなか興味深いな。どういうものか調べてみたい。調べてわかるかどうかは保証できんが、とりあえずやってみよう」


「自分から言っておいてあれなんだが――いいのか?」


 このテントには探索などで怪我をした人間をはじめとして、人の出入りがかなり多いのは明らかであった。


「まあ、俺がここにいるのは手伝いみたいなもんだし、なにより、俺たちを逃がしてくれたナルセスさんの行方も気になるしな」


 それにタツオにも借りを返せていないしな、とリチャードは言葉を付け加える。


 ナルセスというのは、リチャードやタイラーを逃がすために身を挺した仲間のことだろう。


「で、どうする? なにか試料とかあれば、ここでもある程度は調べられるが」


「残念ながら、その手の道具は持ち合わせていなくてな。一緒に来てくれると助かるんだが」


「いいぜ。実際にその場に行ってみないとわからないこともあるからな。案内してくれ」


 大成の言葉にリチャードは即答し、近場に通りかかった医師に「俺は少し外すから、その間にタイラーさんたちが来たら、彼らと一緒に行ってると伝えてくれ」と言った。


「それじゃあ、行こうぜ」


 リチャードの言葉に促され、大成は「わかった」と返答し、すぐさま歩き出してテントを出て、遺跡の外にあるジニーの失踪場所へと足を運んでいった。

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