第224話 打開の一歩

 騎士が振り下ろした大剣と共に発生したのは炎の奔流。津波のごとき勢いと質量を持つ炎の奔流が竜夫に向かって一気に流れ出してきた。


 竜夫は大剣が振り下ろされると同時に横に飛んで発生した炎の奔流を回避。竜夫が離脱した直後、その場所は炎の奔流に飲み込まれ、深々と抉り取られる。炎の奔流に飲み込まれた場所はかなり遠くまでその爪痕を残し、その威力をはっきりと感じさせるものであった。あんなものに飲み込まれてしまったら、ひとたまりもない。


 だが、威力が絶大であってもあの攻撃は大振りだ。回避するのは容易いが――


 炎の奔流を回避した直後、背後から気配を感じ取り、さらに横に飛ぶ。飛ぶと同時にその場所にはいくつもの矢が突き刺さった。


 いまは、遠くからの援護がある状況だ。そうなってくると、あの大技の回避は格段に難しくなる。戦いが長引けば長引くほど、回避できなくなる確率は上がっていくだろう。であれば――


 矢を回避した竜夫のところに騎士が距離を詰めてくる。大剣を薙ぎ払った。


 竜夫は薙ぎ払われた大剣を後ろに引いてそれを避ける。振るわれた際に発生した衝撃が竜夫の顔を掠めていく。びりびりと痺れるような襲撃。触れずともすさまじい威力を持っていることを実感させる一撃であった。


 大剣を回避した竜夫はそのわずかな隙をつくようにして前に踏み込んで騎士へと接近。両手で持った刃を振るう。


 しかし、騎士は竜夫が振るった刃を大楯で防御。竜夫の両手に硬く重い感触が広がった。やはり、あの大楯がある状況では、決定的な状況を作ることは難しい。どうにかして、あの楯を突破する手段を見つけないと――


 大楯に攻撃を防がれた竜夫は後ろへと飛んで距離を取る。いまの状況では、下手に攻め込んだところであの楯によって崩されるのがオチだ。崩された結果、こちらがやられてしまっては元も子もない。いまの段階では慎重に行くべきだろう。無理をするのであれば、奴を倒しうる手段がある程度見えてきてからだ。


「本当にあなたって強いのね」


 騎士から距離を取ったところで、再び女が声を発した。


「確か、あなたのお名前はヒムロタツオといったかしら。あまり聞いたことのない響きだけど、悪くないわね」


 女の声が相変わらず異様なほど耳に入り込んでくる。


「私だけあなたのことを知っているというのはあまり公平ではないような気がするのよね。殺された相手のことをくらいは知っておきたいと思うし。私はアニマというの。覚えていて欲しいわ。少なくとも、あなたが死ぬまでは」


 女――アニマはからからとそう言って優雅に一礼する。


「ああ、これですっきりしたわ。やっぱり名乗らないまま相手が死んじゃったら少し悲しいものね。これでお互いの名を知ったのだし、思う存分好き放題で切るわよね。遠慮はいらないわ。あなたがどれだけ頑張ったところで、私たちが負ける可能性は限りなく小さいもの」


 アニマの言葉は異様なほど自信に満ちていた。


「あら、どうしたのかしら? 無視を決め込んでいるのに私の言葉が気になっているの? 遠慮なんてしなくていいのよ。私はあなたともっとお話をしてみたいの。だって誰かと話すのって楽しいでしょう? あなたの声を聞かせてくれないかしら?」


 耳に侵入してくるアニマの声を聞きながら、竜夫は先ほどの言葉について考えを巡らせた。


 確かに、いまの状況ではアニマがこちらに負ける可能性が限りなく小さいことは事実だ。大都市を壊滅させるほどの圧倒的な戦力を有するアニマに対し、こちらはたった三人。普通に考えて、アニマが負ける可能性は万に一つもない。それは、充分に理解しているはずであるが――


 何故かその言葉が引っかかる。もしかしたら、奴はまだなにか隠しているのかもしれない。大都市を壊滅させる軍勢を生み出す以外のなにかを。あるとすれば、それはなにか?


 だが、いまの状況で奴が隠し持っている『なにか』に迫るものがない以上、わかるはずもなかった。いま考えるべきなのは――


 竜夫は騎士へと視線を向ける。


 鎧と大楯によって固められた重装の騎士には消耗した様子は一切見えなかった。恐らく、人間と違って体力の消耗という概念すらもないのかもしれない。


 あの騎士を倒すのが先であろう。硬さと速さ、攻撃力を高い水準で併せ持つあの騎士をどうにかできなければ、アニマに対して刃を突き立て、その報いを受けさせることができないのは明らかであった。


 どうする? 竜夫は騎士と睨み合ったまま、奴を倒しうる手段について思考を巡らせた。


 まずはあの楯をどうにかしなければならない。圧倒的な防御能力を持つあの楯をどうにかする手段はあるだろうか? やはり、危険を覚悟して奴に接近して楯に触れて、刃を創り出すしかないのか――


 そこまで考えたところで気づく。


 接近せずとも奴が持つ大楯を貫く手段のことを。


「やっぱり無視するのね。なんてひどい人なのかしら。話しかけても無視するなんて最低だと思わない? どうしてそんなひどいことができるのでしょう? あなたが異世界人だから?」


 けたけたと壊れた人形にようにアニマはこちらに語りかけてくるが、竜夫は一切反応しなかった。反応したところで意味はないという以上に、一度反応してしまったら、二度と奴のことを無視できなくなってしまうと思えたからだ。


「でも、私はめげないわ。このまま話を続けていればきっと心を開いてくれるって信じているもの。こういうのって、すごく素晴らしいことだと思わない?」


 竜夫はアニマが発する言葉に一切反応することなく、倒すべき敵である騎士に向かって踏み出した。竜夫が動き出すと、騎士はそれを迎え撃った。


 接近した竜夫は、刃を振るう。騎士はそれを自身が持つ大楯で防御。当然のことながらそれは竜夫が振るった刃をなんなくはねのけるが――


 刃を振るった竜夫は、刃を片手で持ち直し、左手に銃を創り出し――


 力を込めたのちに銃の引き金を引き、それを撃つ。放たれた弾丸は騎士が持つ大楯によって防がれるが――


 大楯に着弾とすると同時に、着弾箇所から弾けるようにいくつもの刃が突き出し、大楯ごと騎士の左手を貫いた。


 竜夫が放ったのは依然戦った歩兵たちを打ち破るために編み出した魔弾。弾丸に自身の力を込め、着弾箇所に刃を生み出して引き裂くもの。


「…………」


 騎士は無言のまま後ろへと飛び、着弾箇所から生み出された刃によって大楯ごと貫かれた左腕に目を向けたのち――


 持っていた大楯を投げ捨て、大剣を両手に持ち替える。どうやら、いまの攻撃を受け、大楯は不要であると判断したらしい。


 ……それでいい。狙い通りだ。あの大楯さえなくなってくれれば、友好的な攻め手は見えてくる。あとは、いかにしてそれを悟られないようにするかであるが――


 竜夫はすぐさま銃を消し、再び刃を両手に持ち替えた。


 地獄の中での戦いは、まだ終わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る