第176話 炎と溶岩

 距離を詰めてきたローレンスは両の手を発火させて炎を放ってきた。それは赤く煌々と輝く、放射状の紅蓮の炎。


 ケルビンは炎をローレンスの横に回り込むようにして回避。その炎からは、距離が離れていてもなお、焼かれるような熱さが感じられた。


 回り込んで炎を回避したケルビンは前に踏み込む。自身が持つ呪いの赤い直剣の間合いでローレンスを捕らえ――


 直剣を振ろうとしたそのとき――


 ローレンスは自身の足もとに炎の玉を投げつけるのが見え、慌てて後ろへと跳躍。炎の玉は地面に着弾すると同時に爆発。あのまま攻撃をしていたら、あの炎の爆発に巻き込まれていただろう。


 そのうえ、炎の玉が着弾した箇所と放射状の炎を放った場所には煮えたぎる溶岩のようなものが残っていた。攻撃と同時に相手に動きの制限を強制する二段構え。なかなか厄介な能力である。


 ローレンスは再び両手を発火させて、炎を放ってきた。放たれた炎は地面を伝い、その場に溶岩だまりを生み出しながらケルビンへと近づいてくる。その炎はまるで紅蓮色の蛇のようであった。


 ケルビンは跳躍し、紅蓮の蛇が生み出す溶岩だまりを避けてローレンスへと接近。赤い直剣を振るう。


 だが、ローレンスは燃えさかる曲剣を創り出してケルビンの一撃を防いだ。ケルビンが持つ赤い直剣と炎そのものが形となったかのような曲剣がぶつかり合う。


 跳躍したケルビンは空中で姿勢を変え、ローレンスが持つ紅蓮の曲剣を蹴って再び跳躍し、溶岩だまりのない地面へと着地する。ローレンスの攻撃と同時に設置されたこちらの移動を制限する溶岩だまりは、まだ消えてない。


 ローレンスは着地したケルビンに追撃をすべく距離を詰めてくる。両手に持った曲剣を振るう。それは炎そのもののような軌跡を描きながらケルビンへと迫る。ケルビンはローレンスの曲剣を自らが持つ赤い直剣で防御。衝突の際、小さな火の粉が飛び散った。


 ローレンスは続けて攻撃を仕掛けてくる。曲剣が纏う紅蓮の炎を巨大化させ、それを大きく振るい、放ってきた。ローレンスを中心にした、旋風のごとき紅蓮の炎。


 ケルビンはその大振りな一撃を後ろに身体を逸らして回避。本来であれば、反撃する機会であったが――


 ローレンスを中心にして放たれた斬撃は、その場所の地面に溶岩だまりを生み出していた。煌々と輝きながら煮えたぎるそれは、何者の接近も許さない。


「厄介な能力だな」


 ケルビンは小さく吐き捨てた。


 攻撃と同時に設置される溶岩のせいで、ローレンスの攻撃はこちらの想像以上に隙が少ない。無論、死からも復活を可能とする再生力を持つ自分であれば身体を焼かれるのを覚悟して接近することも可能だが、限りがある以上、多用できるものではない。毎回毎回突っ込んでいたら、留保している再生力をすぐに使い果たしてしまうだろう。命を消費して突っ込むのは、確実にやれるときのみだ。


 なにより、このあとはヒムロタツオとの戦闘が控えている。奴ほどの強敵を相手にするのなら、留保している命が多い方がいいに越したことはない。


 そのうえ、いま戦っているのは、ローレンスが操っている人間だ。奴がどれほどの数の人間を操れるのか不明だが、一人二人倒した程度では軽微な損害にすらならないだろう。ここで消耗しすぎるのは、今後のことを考えると命取りになる。


 とはいっても、出し惜しみをしていられるような相手ではないのもまた事実であった。


 ケルビンはあたりに視線を巡らせる。


 炎の玉を投げつけたときにできた溶岩だまりが消えていた。どうやら、設置される溶岩だまりは永続ではないらしい。炎の着弾箇所に溶岩が残っているのは恐らく、時間にして一分程度というところか。


 しかし、戦いにおいて一分というのは非常に長い時間である。それだけの時間、動きを制限されるのは非常に厳しい。


『一つ、訊きたいんだが』


 煮えたぎる溶岩に囲まれ、あらゆるものの接近を許さない状態となっているローレンスに警戒を向けたまま、ケルビンはブラドーに問いかける。


『いま俺たちが戦っているのは、ローレンスに操られた人なんだろう? その人たちは竜の力を持たない普通の人間のはずだ。それなのにどうして、竜の力としか思えないものを使っているんだ?』


『それは、奴に操られた人間は、奴が遠隔で操れる自分の身体となるからな。奴が竜である以上、自分の身体であればその力を使えて当然だろう? まあ、発現させられる力は操っている人間によって変わってくるが』


 他人の身体を自分のものとして操る。どこまでも非道な能力だ。そのうえ操っている人間から竜の力を引き出せるから、竜の力を持っていないはずの普通の人であっても相当の戦力にすることができる。ということは、ローレンスは単体で竜の力を持った軍勢そのものだ。なんて強力な能力なのだろう?


『だが、奴は他人を操ることに特化した能力であるため、奴自身の戦闘力は皆無に等しい。だから、操られている人奴は無視して、さっさと奴の本体を狙うのが理想であるが――』


 無数に操れる人間がいる以上、それはとてつもなく難しい。目の前にいる敵を倒しても、奴は別の人間を操って再び立ち向かうことができるからだ。そのうえ、奴の本体がどこにいるのかまったく情報がない状態である。ローレンスの本体がどこに隠れているのか見つけられなければ、どうにもならない。


『俺たちの仕事はヒムロタツオの始末であり、そのためにローレンスの邪魔をしている。俺たちはできる限り消耗しないようローレンスの邪魔をして、その間にヒムロタツオが奴を始末してくれることを祈るしかないな』


 ブラドーは呆れるような声を響かせる。


『ヒムロタツオはやってくれると思うか?』


『どうだろうな。普通に考えれば、非常に分が悪いだろう。だが、戦いというものはどうなるかわからんものだ。理由がどうであれ、奴らに加担してしまった以上、奴らがやってくれると信じるよりほかにない』


 敵であるはずのヒムロタツオを信じる、か。自分でもどうしてこうなってしまったのかまったくわからない。何故、自分は自分のことを疑っているのだろうか? 自分すらも疑い始めてしまったらキリがないというのに。


 だが、それを選択したのは自分だ。選択してしまった以上、前に進むよりほかに道はない。こちらはローレンスのことを邪魔して、奴をヒムロタツオが始末してくれることを期待しよう。ローレンスさえどうにかできてしまえば、自分が行った裏切りととらえられてもおかしくない行動は隠蔽できるはずだ。


 ヒムロタツオもローレンスもこちらの呪いで弱体化している状況だ。ヒムロタツオにローレンスを始末させ、消耗したところでヒムロタツオをやる。それがいま自分にできる最善だ。


 ローレンスのまわりにできていた溶岩だまりが消えていく。ケルビンは、赤い直剣を構え、奴を見た。ローレンスは燃える刀身を持つ曲剣を構えたままゆっくりとこちらに近づいてくる。


「ああ。そうか。貴様はあれか。あの小娘が始めたというあれの実験体か。こうしてみるとなかなかに滑稽だな」


「……なに?」


 ケルビンはローレンスの言葉に眉をひそめる。


「どういうことだ?」


「お前が知る必要はないし、俺がそれをお前に言う義理もない。それを知りたければ自分でどうにかするのだな道化。道化らしく、精々愉快に足掻いてみせたらどうだ? その先に貴様がどこに至るかは知らんが――そんなもの、俺には関係ないし、興味もない」


 あの男といいローレンスといい、奴らは一体なにを知っているのか? 本当にわけがわからない。それさえなければ、迷うことなんてなかったのに――


「貴様を殺したところで、奴らも別に気にはしないだろう。所詮は実験体だ。失敗したらそれまでだ。そんなものに固執する理由などどこにもないからな」


 ローレンスは嘲るように笑う。


「さて、覚悟はできたか愚かな実験体。俺としては無駄な抵抗せずにさっさと死んでくれるとありがたいんだが」


 ローレンスはそう言って――


 再び燃える刀身を持つ曲剣から炎を放ってきた。

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