第148話 つかの間の決着と

 さて、思いついた打開策をどのように実行するか? 竜夫は目の前に立ちはだかる修道女へと目を向けた。腹に銃弾を受け、相当の出血をしているにもかかわらず、相変わらず余裕そうだ。受けたダメージを介している素振りがまったく見えない。


 この手段を実行するのなら、敵をうまく誘導する必要がある。果たして、それができるのか?


 いや、と竜夫は思い直す。


 できなければ駄目なのだ。できなければやられるのはこちらである。なにしろ敵はあそこまでの重傷を負ってもなお普通に動いてくるのだ。そんなのを相手にしている以上、確実に息の根を止められなければ、安全策とは言い難い。


 竜夫は刃を構え直し、前へと踏み込んだ。一瞬で、敵の間合いの内側へと入り込む。


 しかし、敵はこちらの踏み込みに合わせて後ろにステップし、攻撃を回避しながら自身の間合いへと移動。同時に、こちらを払い除けるような形で大鎌を振るう。大鎌の禍々しい切っ先が竜夫に迫る。


 竜夫は振るわれた大鎌に自身が持つ刃をぶつけてそれを相殺。竜夫の刃は大鎌を撃ち払った。竜夫はもう一度前へと踏み出す。距離は二歩。少し遠い。竜夫の踏み込みよりも先に、大鎌が振るわれる。


 竜夫はそれを斜め前に踏み出すようにして回避。さらにもう一歩踏み出し、再び刃を振るう。


 だが、修道女は大鎌を竜夫が振るう刃へと当ててそれを防ぐ。攻撃に対しタイミングよく大鎌を当てられてしまった竜夫は刃を弾かれ、動きが止まる。


 そのわずかな隙を逃すことなく、修道女は追撃を行う。重傷を負っているとは思えないほど流麗かつ鋭利な一撃が竜夫を襲う。


 一瞬で回避できないと悟った竜夫は自身の身体から刃を突き出させて、大鎌の一撃を防御。身体の内部から突き刺されるような激痛が走った。


 大鎌を無理矢理押さえてほんの少しの猶予を作り出した竜夫はもう一度前と踏み出す。敵の間合いの内側へ。全身の力を駆使し、刃を振るった。修道女の胴を寸断する一撃が迫る。


 だが、修道女はその程度では崩れない。手に持っていた大鎌を消し、徒手空拳となり、竜夫が振るった刃を肘と膝で挟み込んで防いだ。刃を挟み込まれた竜夫の動きは止まり――


 竜夫の腹部に修道女の掌が叩きこまれる。それは女性の腕から放たれたものとは思えない重い一撃であった。腹部から全身を揺らすような衝撃が走る。竜夫の呼吸はそこで無理矢理止められ、動きが止まる。


 修道女は翻るようにして飛び上がり、竜夫の側頭部へ踵を叩きこんできた。呼吸困難の状態から復帰した竜夫は頭を引いてそれをなんとか回避。掠めた踵によって、目じりの近くを薄く切り裂かれた。血がわずかに目に入り込む。


 大鎌を捨てた修道女は軽やかに着地し、見事としか言いようのない身体さばきで前へと出て、さらなる攻勢へと打って出る。わずか数十センチのクロスレンジ。竜夫は手に持った刃を消し、相手と同じく素手となる。


 クロスレンジへと入り込んだ修道女は、鞭のようにしなやかな一撃を放ってきた。鞭のようにしなやかな一撃が竜夫のブロックをすり抜け、脇腹へと突き刺さった。脇腹を刺されたかのような鋭い衝撃が走る。


 しかし、竜夫もその程度では怯まない。ここで怯んでしまってはさらに追い詰められるだけだったからだ。竜夫は自身の頭を修道女へと叩きつける。竜夫の頭は修道女の顔面に叩きつけられた。竜夫の頭に鼻骨の柔らかい感触が伝わってくる。


 だが、その程度では修道女は止まらない。竜夫の頭によって鼻を叩き潰されてもなお、怯まずに前へと踏み出してくる。竜夫の頭部へ裏拳を放った。


「ぐ……」


 修道女の裏拳は竜夫の側頭部へと叩きこまれる。その一撃には巨大な石かなにかで殴られたかのような重さと衝撃があった。頭部を強く揺さぶられた竜夫はよろめく。自分の足の大きさほど後ろへと下がった。


 修道女は竜夫がよろめいて動きが止まったところを逃すことなく、さらなる攻勢をかけてくる。放ってきたのは、竜夫の顎を狙ったアッパーカット。刃物のごとき鋭利さを持った拳が竜夫の顎へと迫る。


 裏拳によってよろめいていた竜夫はなんとか復帰し、右斜め後ろの半歩下がり、こちらの顎を抉り取るようなアッパーカットを寸前で回避。体勢を整える。


 竜夫は一瞬だけ背後を覗き込んだ。


 もう少し。あと一歩。そこまで行けば――


 竜夫はさらにもう一歩後退。自分の予測通りなら、ここに――


 竜夫は後ろへと手を伸ばし、それをつかんだ。


 つかんだそれに力を流し込んで――


 回転しながらそれを一閃する。


 その一閃は空気を切り裂きながら、修道女の首へと吸い込まれていき――


 その首を、両断する。バターに刃物を入れたような柔らかい感触が手に伝わってきた。


 その直後、自身の身体に生温かなシャワーが降り注いだ。それは、首を両断したことによって噴き出した修道女の血液であった。


「うまく、いったか」


 修道女の首は無残に地面へと落ち、首を切り離された胴体も崩れ落ちる。動く気配はまったくなかった。いくらなんでも、首を両断されてしまえば動き出すことはできないだろう。竜夫は、首を両断された修道女へと目を向ける。動き出す気配はまったくなかった。


 竜夫は手に持った刃を見た。それは、修道女が大鎌を振るった際に作成された刃をもとにして創り出したもの。


 自身の能力が武器を創り出す力なのであれば、他の物質に力を流し込んで武器を創り変えることも可能ではないかと思ったのだ。


 大鎌を振らせないように至近距離での戦闘に誘導し、設置された刃の近くまで誘導して、設置された刃を手に取って力を注ぎこんで創り変えてその一撃にかける。綱渡りではあったが、なんとかうまくいった。


 竜夫はもう一度倒れた修道女へと目を向ける。胴体と頭部を両断された彼女は沈黙したままだ。動き出すとは思えなかった。


「…………」


 竜夫は血を垂れ流す肉塊と化した修道女へと近づく。彼女が、自身を狙う『何者か』に操られていたのであれば、その痕跡が残っているかもしれないと思ったからだ。竜夫は一瞬だけ躊躇したのち、動かなくなった修道女へと触れて、その身体を検分してみる。


 首を両断された胴体は血みどろになっていたものの、なにか目に見えて異常と思えるものはなにもなかった。


 今度は頭部へと触れる。地面に落ちていた首をそっと転がしながら確かめてみる。首の後ろ、ちょうど両断されたあたりのところに小さく、見慣れない模様が目に入った。


「これを身体のどこかにつけられると、操られるってことか?」


 いまのところ、それを確定できる情報はなかったが、この模様以外になにかありそうなものはまったくなかった。


「これ以上、調べてもなにもなさそうだ」


 竜夫はそう結論を出して、無残に首を両断された修道女の死体から離れる。


 そこで思い出されたのは、少し前に奴が言った「こんなところで俺と戯れていていいのか?」という言葉。


 あれは、どういう意図で言ったのだろう。戦いを終えたいま、何故かそれが引っかかってならなかった。


 奴が、アースラと接触することを知っていたとは思えない。なら何故、そんなことを言ったのだろう? そこまで考えたところで――


 気づく。


 奴が戦闘以外であれば複数の身体を同時に動かせるのであれば――


 自分たちが隠れているあのセーフハウスの場所も特定できるのではないかということに。


 思い至って、しまった。


 セーフハウスへと戻る際、奴の監視を撒くように気をつけてはいたが、複数の身体を同時に操れるのであれば、撒かれたとしてもある程度の居場所を特定できるだろう。ある程度のあたりさえつけられれば、あとは総当たりしていけばいい。戦いながら、それを行っていたのなら――


 みずきが危ない。


 それに気づいた竜夫は、血みどろとなったこの場所を離れていった。

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