第142話 呪いの血と再生と
『いつまで死んだふりをしている。さっさと起きろ』
そんな声が響き渡り、ケルビンは覚醒する。
「死んだふりをしていたわけじゃないんだけどな」
相棒にそんな言葉を返し、死から復活したケルビンは自身の身体を確認。吹き飛ばされた頭は再生完了。切り落とされ、地面の落ちていた腕は拾って切断部にくっつけて適当につなぎ合わせた。少しの時間を置き、問題なく動かせることを確認する。これが、竜血持ちたるケルビンは生まれながらに持つ異能力であった。
「俺がやられてからどれくらい時間が経ってる?」
『七、八分というところか。ヒムロタツオがなにを目的にしているかは不明だが、奴の移動速度を考えれば、それなりに移動しているだろう』
「いまからでも奴を追えるか?」
『問題ない。あれだけ接近したからな。多少離れていようと、すぐに居所を感知できる。お前のほうはどうだ?』
「大丈夫。やられるのは好きじゃないけど慣れてるからな。もう一度、奴の不意を突けることを考えると、一つ使った価値はある。向こうも、殺した相手が復活するとは思っちゃいないだろうしな」
竜血であるケルビンが持つ再生能力は死からも復活可能だ。だが、それも無制限ではない。死から復活できるのは、最大の状態でも七回まで。今回の戦いにおいて万全な状態で臨んだため、あと六回はやられても復活できるが――
ヒムロタツオの持つ戦闘能力を考えると、死からの復活以外にも再生能力を使わざるを得ない。そもそも、先ほどやった死んだふりが通用するのは一度だけだ。こちらが死からも復活できることがわかれば、それがどんな馬鹿であっても警戒するのは明らかである。
「二度目の機会をしっかりとものにしておこう。あれほどの相手じゃ、そうそうこんなことはないからな。で、血を浴びた奴の状態はどうなってる?」
『そろそろ影響が出始めている頃だろう。あの程度では死んではいないだろうが、戦うにあたってそれなりの支障を来たす程度の状態になっているはずだ』
ブラドーは冷静な声を響かせる。
ブラドーの血は同族である竜に仇をなす呪いの血だ。竜殺しの呪われた血。それを自在に操るのが、ブラドーが持つ竜の力であり、彼が忌み嫌われた原因でもあった。その血の力は、彼と一体となった自身にも表れている。
死からも復活できる再生能力といい、同族殺しの呪いの血といい、どちらも化け物じみた力ではあるが、相性がいいのは間違いなかった。殺すために血を外に出せば、自在に操ることができようとも失われることは避けられない。しかし、ケルビンの再生能力をもってすれば、本来であれば不可避である損失を相当軽減できるのだから。当然、体外に出した血を補おうとすれば、再生能力のほうが消耗するわけではあるが。奴を確実に始末するのであれば、最低でも一回分の再生能力を消耗することになるだろう。そうなると、単純計算で残りは五回。普段であれば充分だが、かなりの戦闘能力を持つヒムロタツオが相手では少し心許ない気もするところだ。果たして――
やれるか? とケルビンは自身に問いかける。
そんなこと、言うまでもない。やるしかないのだ。それが、大切なものを守るためにやらなければケルビンの仕事なのだから。
ケルビンはヒムロタツオにやられたときに落とした赤い刃の短刀を拾い上げる。この赤い刃も、ブラドーの呪いの血で作成されたものだ。
「これじゃ心許ないな。もう少し増やしたほうがいいか」
ヒムロタツオが創り出す刃と打ち合うには、これでは小ぶりすぎる。真正面からやり合うのであれば、もう少し大きくしたほうがいいだろう。
『いまここで増やす必要はあるまい。もっと近づいてからでも――いや、どうせなら接敵してから不意を突く形で使用したほうがいいだろう。ヒムロタツオが、人払いの範囲の外に移動している可能性もあり得るからな』
ブラドーの言葉に、ケルビンは「確かに」と言って頷いた。せっかくもう一度奇襲ができるのだから、その機会はできる限り有効に使ったほうがいい。
「奴の状況はどうだ?」
ケルビンはブラドーに問いかける。
『ふむ。まだ人払いの範囲の外には行ってないようだが――これは、少し厄介なことになったな』
「どういうことだ?」
ブラドーの言葉に、ケルビンは再び問いかける。
『俺たち以外にも、ヒムロタツオを狙っている奴がいる。どうやら、ここを離れた奴はそいつに襲われているらしい。ヒムロタツオを狙っているのはあいつか。どうりで色々なところに忌々しい気配が感じられるわけだ。ふん、忌々しい狂った聖職者め』
ブラドーは心の底から侮蔑するような声を響かせる。
「聖職者? 竜教の人間がヒムロタツオを狙っているのか?」
というか、どうして竜教の人間に竜の力を得たものがいるのか?
『宗教というのは非常に強力だからな。国を牛耳るのなら押さえておいて損はあるまい。要はそういうことだ』
それは、国の実権を持つ軍の手が、大陸全土で広く信仰されている宗教にまで伸びていることに他ならない。本当に、なにからなにまで見事な手腕だ。呆れるほどである。
『だが、奴は軍の敵ではないが、味方であるとも言えん。奴には奴の狙いがある。それだけは覚えておけ』
ブラドーの声には明らかな警戒心が感じられた。敵ではないが、決して味方であるとも言えない。なんとも不吉極まりない言葉である。これが、なにか障害にならなければいいのだが――
『まあ、向こうもこちらが明らかな邪魔をしなければ、積極的に敵対はしてこないだろう。どうせならうまく利用すればいい。ヒムロタツオにとっては、どちらも敵であることに変わりないからな』
「奴ってことは、いまヒムロタツオを狙う教会にいる人間は、一人なのか?」
『そうとも言えるし、そうでないとも言えるな。奴の力は説明が難しい。かなり特殊な力だからな』
そう言ったのち、ブラドーはもう一度「忌々しい狂信者め」と吐き捨てた。
ケルビンにはブラドーの言葉の真意を図ることはできなかったが、とにかく自分以外にもヒムロタツオを狙っている者がいることは間違いなかった。ブラドーの言う通り、利用するだけ利用しておこう。ヒムロタツオは、ブラドーの血によって弱体化している状況だ。教会の人間が奴を消耗させてくれるのなら、こちらとしても助かるところだ。無論、教会に目的をかっさらわれるつもりはさらさらないが。
「じゃあ、とにかく動こう。下手をすると、教会の奴にヒムロタツオがやられてしまう可能性もあるしな。ヒムロタツオはいまどっちにいる?」
『西のほうだ。奴にちょっかいを出されたおかげで、まだそれほど離れていない。いまから追いかけてもすぐに追いつけるだろう。さっさと行くぞ。狂った輩に獲物を横取りされるのは我慢ならんからな』
「ああ。そうだな」
ケルビンはブラドーの言葉に頷き――
再び、動き出した。
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