第91話 竜の遺跡にて

 竜夫は不思議な空間の中を進んでいく。竜の遺跡の内部に満ちる空気は、どことなく不思議なもののように思えた。


「ここって広いんですか?」


 竜夫は前を歩くウィリアムに問いかける。


「ああ。未だにこの場所がどこまで続いているのかがわからない程度にはな」


「それは……相当ですね」


 この場所の探索が始まってからどのくらいなのかはわからないが、未だに全貌がつかめていないとなると、それは相当のものなのだろう。


「この先に行くと拠点がある。話はそこでしよう」


 ウィリアムの提案に竜夫は同意し、あたりを見回しながら不思議な空間の中を足早に進んでいく。


 入ってすぐは、この場所はダンジョンのように思えたが、よく見てみると壁や床は綺麗に整えられていることに気づいた。自然に造られたものだったのなら、こうはならないだろう。材質は石のように見えるが、かなり上等なものに思える。そのうえ風化しているようにも見えない。未だに全貌が見えてこないほどの広さを持つこの場所をここまで整えるというのは、この世界にかつていた竜たちの文明の強大さがその身をもって感じられた。


 それからしばらく進むと、開けた場所に出た。吹き抜けのようになっている広々とした空間。天井もいままで歩いてきた場所とは比べものにならないくらい高い。そこには様々な大きさのテントがいくつも設置されている。


 この場所で働いている人たちが目に入った。彼らは、竜石はもちろん、なに使うのかわからない残骸のようなものを運び出したりしている。そこにいる人の多くは若い男だ。出稼ぎに来ている者もいるのか、この大陸に住む人種とは異なる人々も多い。発掘という肉体労働に従事しているせいか、目に入る誰もが服越しから見ても屈強だとわかる身体つきをしている。彼らが放つ熱気が、この広々とした空間に余すことなく満ちていた。


「……おお」


 言葉では言い表せない熱気にあてられたのか、思わずそんな声が漏れた。


「おう、ウィリアムじゃないか。久々だな」


 前を歩いているウィリアムに、この場所で働いている男が話しかけた。四十代くらいに見える、がっしりとした身体つきの男。


「ああ。これから未開拓区域の調査に行くんでね」


 ウィリアムはフレンドリーな口調で男に返答する。


「あんたも行くのか。ウィリアムが参加するってなると、俺たちとしちゃあ安心して任せられるな。ここ最近、ロクなのが来てなかったしよ」


「信頼されているのは嬉しいが、あまり過度な期待はしないでくれよ。俺にだってできないことくらいあるんだから」


 ウィリアムは少しだけ謙遜するような調子で答える。


「はっは。よく言うぜ。そっちは新入りか? ジニーはどうした?」


 男は竜夫に視線を向けてそう言った。


「ああ。ジニーは生の貝を食ってあたって入院中でね。彼はその代わりさ。随分と腕が立つらしい」


 ウィリアムは竜夫に一度視線を向けたのち、男に返答する。


「ほう……あんまり強そうには見えないが――まあ、お前の人選なら信頼できるからいいか。人ってのは見た目にはよらないものだしな」


 男は肉体労働者らしい豪快な笑みを見せる。


「それにしても兄さんは運がいいな。ウィリアムのところに参加できるのなら、安泰だぜ。なにしろウィリアムはタイクーンだからな」


 男は近づいて、竜夫の肩を叩いた。


「……?」


 聞きなれない言葉を聞き、竜夫は首を傾げる。


「ま、とにかくうまくやってくれよ。俺たちが新しいところに行けるかどうかがかかってるんだからな」


 じゃあな、と言って男は竜夫たちから離れていった。男の姿が見えなくなったところで――


「タイクーンってのはなんですか?」


 竜夫はウィリアムに問いかける。


「ああ。危険度の高い未開拓区域を踏破して安全を確保し、竜の遺産を手に入れて生きて帰ってきた奴に与えられる称号みたいなものさ」


 ウィリアムは少し嘆息したのちにそう答えた。その言葉を聞き、竜夫は少しだけ気を引き締めた。


 そんな称号が与えられるということは、それだけ未開拓区域が危険であることに他ならないからである。きっと、多くの人がウィリアムのように竜の遺産を求めて未開拓区域に潜り、道半ばで命を落としていったのだろう。竜の力があればなんとかなると思っているのは、少し危険かもしれない。


「今回の行く場所ってのは、やっぱり危険なんですか?」


「聞いた話ではそれほどでもないらしいが――未開拓区域ではなにが起こっても不思議じゃない。だから危険じゃないとは断定はできないな」


 慎重な口調になってウィリアムは言う。


「それに、今回の件はどうにも嫌な予感がしてならない。ただの杞憂であればいいんだが――」


 そう言ったウィリアムの口調は、奥歯にものが詰まったように感じられた。彼も、自身が感じている嫌な予感をうまく言語化できていないらしい。


 しかし、ウィリアムのような熟練のプロが抱く嫌な予感というのは決して馬鹿にならないものだ。気をつけておいたほうがいいだろう。


「そういえば、さっきに人の話じゃ、もう一人仲間がいたみたいですけど――」


「ああ。ジニーか。さっきも言った通り、生の貝を食って腹を壊して入院中だ。俺の姪っ子でね。まだ駆け出しだが、それなりに腕は立つ」


 少しだけ誇らしげな口調になってウィリアムは言う。


「まあ、立ち話もなんだ。話は歩きながらにしようぜ。他の奴らも待たせるのもあれだしな」


 そう言ってウィリアムは歩き出した。竜夫もそのあとについていく。


「他の奴らってことは、僕ら以外にも未開拓区域に潜る人がいるんですか?」


「ああ。俺たち以外に七チームいる。現状は、それを二つに分けて探索する予定だが、詳しい話はテントの中だ。どうするかは、俺たちだけじゃあ決められないからな」


 そこまで言ったところでウィリアムは足を止めた。彼の目の前には、二十人近くが入っても生活できそうなくらい大きなテントが立てられている。


「ここだ。基本的に発言なんかは俺がするから、あんたは竜の背中にでも乗った気持ちで任せてくれ」


 ウィリアムはそう言ってテントの中へと入っていく。ロベルトグスタフもそれに続き、竜夫もそれに続く。


 テントの中には簡易なテーブルと椅子がいくつも置かれていた。いかにも、野営地の中にある作戦会議所といった趣だ。その中に三十人以上の人が詰められている。


「よう、ウィリアム」


 テントの中に入るなり、そんな声が聞こえてきた。そちらに振り向くと、ウィリアムと同じくらいの年齢と思われるハゲの男の姿があった。


「……アレクセイか。どうした?」


「いや別に。お前が参加するっていうから、話しかけただけだぜ。なにか問題でもあるか?」


 アレクセイと呼ばれた男は、にたにたと笑いながらウィリアムの問いに答えた。


 ウィリアムは無言のまま、アレクセイと相対している。二人の間には、静かに火花が散っているように感じられた。


「ま、今回は一緒に仕事する仲間なんだ。仲よくしようじゃねえか」


 数秒ほど静かに睨み合ったのちに、アレクセイは気を緩め、言葉を発した。しかし、ウィリアムのほうは警戒を解いていない。


「ところで、そっちの若いのは誰だ?」


 アレクセイは竜夫に視線を向けて顎をしゃくった。


「ああ。ジニーの奴が腹を壊して入院していてね。その代わりだ」


 ウィリアムは警戒を解かないまま、先ほどと同じ答えを返す。


「ふーん。そうかそうか。俺の邪魔にならないのなら、誰だって構わねえさ。精々頑張れよ」


 アレクセイはそう言って、テントの外へと出た。アレクセイの姿が見えなくなったところで――


「いまの人と、なにか確執でも?」


 竜夫がそう問うと、ウィリアムは「……いや」と煮え切らない返答をする。


「そういうわけじゃないんだが――駆け出しの頃から何故か目の敵にされていてね」


 ウィリアムは困った表情を浮かべる。彼としては、何故アレクセイからそのような態度を取られているのかわからないようだった。


「とにかく、さっさと座ろう。もうだいぶ集まってきているみたいだし」


 ウィリアムはそう言ってテントの中を進み、空いている椅子に腰かけた。ロベルトとグスタフもそれに続く。竜夫も同じくそれに続いた。


 しばらくすると、先ほどテントの外に出たアレクセイが戻ってきた。自分たちとは逆の位置にある椅子に腰かける。


「これで全員、集まったようだな」


 正面立っていた男があたりを見回してそう言った。


「それでは、明日から決行される未開拓区域踏破作戦の会議を始める」

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