古語辞典

霜月十日(令和元年)「古文なんて読んで役に立つんですか?」

十一月十日(令和元年、二〇一九年)日曜 晴れ時々曇り


問い「古文なんて読んで、なにか役に立つんですか?」

答え「わかりません。大野城みずきは、いつごろだったか、自分にはカネを稼ぐ才能がないのだと悟りました。それで、役に立つならする、役に立たないならしない、という取り引きめいたことは、もう諦めています。今となっては、ソロバンをはじくのも、損得の勘定をするのも、もはや遠い昔のこと……。古文を読んで役に立つかどうかということを、考えることができません」


問い「この世には多くのジャンルがあるのに、どうしてわざわざ面倒くさそうな古文の原文を読むんですか?」

答え「面倒くさそうどころか、その逆で、ラクなときがあります。例えば、現代語で『しなければならない』という字数を、文語なら『べし』の二文字にできます。どちらが面倒か、書いてみればわかると思います。他にも、探せば、言うのも書くのも、文語のほうが字数が少なくてラクというときがあります。現代語のほうが、かえって面倒くさいと思うときがあります。文語は、面倒くさそうかもしれませんが、面倒くさいということはないと思います。さて次に、どうしてわざわざ古文を読むのかということですが、それは、次の理由によります。あるとき、大野城みずきは思ったのです。もし仮に、この世から、辞典類を除いてすべての本を燃やしてしまうとして、その中で、あえて燃やさず残そうとするならどれにしようかと。残ったのは古文だったのです。ですから、大野城みずきは、古文を、たといつまらなくとも、しかも原文で、読み続けることでしょう」


問い「古文なんて現代語訳で十分とは思いませんか?」

答え「思いません。大きな特徴として、現代語訳と原文とでは、語順が違います。語順が違えば、思考の手順も違ってきます。それに、字数も違います。字数が違えば、言葉を扱うときの速度感覚も異なります。例えば、頭を働かせるときの、初速の速さ・等速度運動の速さ・減速の速さ、これらの速さは、字数や語順が異なると、違ってきます。当時の人たちが、どれくらいの速さで、そして、どういう思考の手順を踏んで、ものに感じ、ものを考えたか、これらは、原文でしか知りようがありません」


問い「じみ〜な古文なんて読んで、ご自分を惨めだとはお思いになりませんか?」

答え「谷崎潤一郎『陰翳礼讃』を読んでから、地味だと思うことはなくなりました」


問い「古文は、単語に文法に読解にと、いったいどこから手をつけていいやら途方に暮れませんか?」

答え「素読が楽しめれば、それで百点満点だと思います。子どもを見ているとわかるところがあって、人間は音を聞いて言葉を覚えていく生き物のようです。その他の、単語やら文法やら読解は、初めのうちはおまけです」


問い「そんないい加減な態度で、許されると思っているのですか?」

答え「古文は、まじめに取り組むと一週間で放り投げられてしまう代物です。いい加減な態度で取り組まなければ、長続きしません。例えば、古文学習を一日十時間して一週間でやめてしまう人と、一日一時間を四十年続ける人と、どちらが身につくか考えてみましょう」


問い「あなたは、まじめにするなんてバカだと、おっしゃっているのですね?」

答え「いい加減な態度でばかり取り組んでいると、飽きがきます。そうしたら、まじめに取り組めばよいと思います」


問い「それなら、最初からまじめに取り組めばよいではありませんか!」

答え「古文学習には、まじめさと、ふまじめさ、両方が必要だと思われます。例えば、語義や時代背景を考えながら読むのがしんどい日もありますから、そういう日は、思い切って、素読して音のみ味わっておしまいにしましょう。なお、ゆっくり素読して音を覚えてしまうことは、言語学習において重要な手続きだと思います。とくに古文の場合、品詞分解された分かち書きの原文を素読すると、効果的に感じます。高校生用の教科書ガイドや『旺文社全訳学習古語辞典』や『小学館全文全訳古語辞典』などで、品詞分解された分かち書きの原文を、素読することができます」


問い「和歌は、いろいろと修辞があって難しいのですが、どうすればよいのですか?」

答え「初めのうちは、枕詞・掛詞・縁語などは考えません。音を暗記します。これだけでも、たまに一首、詠めたりします。ちなみに、大野城みずきの散文は、三十みそひと文字の和歌を巨大化させたものです。また、古文を読んでいると、歌があって、ことばがきがあって、その詞書が大きくなっていって、そのうちに、歌が消えてしまって、残ったのは巨大な詞書という散文、という感じがしてきます」


問い「古文学習は、具体的にどういうふうに進めていくとよいのですか?」

答え「少なくとも、明確に境界線を引いてステップバイステップ方式を取ると、失敗すると思います。これは、大野城みずき自身の経験から導き出された結論です。例えば漢字練習を考えてみても、小学一年の配当漢字を覚えるまでは小学二年以上の漢字は一字も覚えないとか、音読みでア行の漢字を覚えるまでは、カ行以降の漢字は一字も覚えないとか、こういう方法を取っていると、いつまでたっても、文章が読めるようにならないのはわかると思います。古文学習もこれに同じです。そして、古語辞典『古語林』によれば、平安時代の文語を中心に学習していけば、よいようです」


問い「最後に、古文を原文で読む魅力は、どんなところでしょうか?」

答え「古語辞典『古語林』によれば、平安時代の言葉の体系を心得ると、記紀・万葉以後、明治文語体にいたる千二百年の間に書かれた文章が、それなりに読めるようになるそうです。一千二百年の間に書かれた文章が、すべて、それなりに読めるようになる。これが、魅力です。もちろん、この『それなり』というのは、時代背景を考慮に入れず字面のみでの話ですが、それでも魅力です」



 この問いと答えは、著者、大野城みずきの備忘録として、本人が書き留めた。

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