頭でっかちな狙撃手

 1941年6月22日。

 ナチス・ドイツを中心とした枢軸国によるソヴィエト連邦への侵攻をきっかけとして、東部戦線は幕を開けた。


 男はその戦いでソ連軍の狙撃兵として前線に出ていた。

 ほんの800mほど先にはルーマニアの兵士が拠点を構えている。

 今は夜が更けているが、明ければ再び激しい銃撃戦が始まるだろう。

 男は敵陣の近くに大きなカエデの木が並んでいることに気づいた。

『フィンランドにおける戦闘』という本を読んでいた彼は、そこに書かれていた内容を利用して敵兵を狙撃することを思いつく。

 上官に作戦を提案したところ、承認された。


 男は全身に草木を用いたカムフラージュを施し、闇夜が続いている内にカエデの木が立ち並ぶエリアまで進んだ。

 そして、夜が明ける少し前に太い枝に足を掛けて上まで登った。敵陣を見渡せる高さだ。

 その手に持ったPE照準器付きのモシン・ライフルを構える。使う銃弾は軽量弾と徹甲弾だ。相手の機関銃手と機関銃そのものを破壊するのが目的だった。


 夜が明ける。敵の見張りが良く見えた。しかし、向こうはこちらに気づく様子はない。遠目では木の一部としか見えないだろう。

 やがて、機関銃手が姿を見せる。ライフルを持っておらず、機関銃の傍にいたので一目瞭然だった。

 機関銃手を殺し、機関銃を破壊すれば、撤退だ。撃った途端にこの場所は見つかってしまうので、長居するわけにはいかない。逃げる際は『フィンランドにおける戦闘』のようにカエデの木々が守ってくれるだろう。


 男は照準器を覗き込み、機関銃手を照準線の中心に捉える。なめらかに引き金を引いた。銃口から瞬いた閃光と共に、対象はバツンと跳ねて倒れた。すぐに騒ぎとなる。

 急いで徹甲弾を込め直した。ボルトアクションで弾を装填し、続けて機関銃に狙いを定める。再び引き金を引くと、撃ち放たれた弾丸は機関銃を破砕した。

 これで任務完了だ。男は慌てて木から降りようとする。当然、木が盾になるような形でだ。


 敵兵が一斉に迫撃砲やライフルで攻撃を仕掛けてくる。そこで男はようやく気づいた。

 カエデの木では盾としては弱いことに。『フィンランドにおける戦闘』では松の巨木を盾にしていたが、それとは明らかに強度が異なる様子だった。

 次々と弾丸が男の傍を掠めていく。そして、遂には彼の胴体を捉えてしまう。

 地面に墜落した彼は、そのまま為す術もなく殺された。


 何事もその場にその場に合わせた変化が肝心である。頭でっかちになってはいけない。

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