また新しい春がくる

 000,000,001/126,230,400


 目を覚ました僕は枕元のスマホを取る。直後にメッセージが届いた。


『起きてるー?』

『寝てる』

『起きてるじゃん!? 何なら即レスだったよね!?』

『気のせいだよ。それより鞄の中身をもう一度確認した方がいいよ』

『ふふふ、昨夜も確認したから無問題!』


 程なくして、新しいメッセージが届く。


『財布入ってなかった! 危なっ!』

『ほら』

『うぐぅ……』


 適当にやり取りを切り上げると、出発の用意を始めた。



 ●



 000,003,600/126,230,400


 僕と彼女は駅前で合流する。


「おはよっ!」

「おはよう。上機嫌だね」

「そりゃ今日から花の大学生ですからね! テンションアゲアゲも仕方なし」

「財布忘れてたらそこらへんで膝をついてたろうに」

「……そいつは言っちゃあなりません」


 僕達は電車に乗って大学の最寄り駅へと向かった。



 ●



 010,569,600/126,230,400


 僕と彼女は学期末のテストも終わり、夏休みの初日はカフェに来ていた。


「いよいよ夏休みなわけだけど、どこか旅行行こうよ、旅行!」

「どこ行きたい?」

「うーん、どこでもいいけど……札幌とか?」

「札幌は前に行ったことあるなぁ」


「あー、出来れば二人とも行ったことがない場所がいいよね。なら、福岡!」

「九州は行ったことないな。そうしようか」

「やった! ラーメン食べたい! あともつ鍋!」



 ●



 023,112,000/126,230,400


 僕と彼女はクリスマスディナーに来ていた。普段なら行かないような価格帯だ。


「「ん~~っ!」」


 僕達はメインディッシュの肉を口に含むと、互いに目を見て頷き合った。

 あまりの美味しさに言葉が出てこず、しばらく食べることに夢中になっていた。



 ●



 047,757,600/126,230,400


 僕と彼女は大学祭に来ていた。

 模擬店で食べ歩いたり、展示やステージを眺めたりとする。


「やっぱり私はこういうのは自分でやるよりも他人がやってるのを見る方が好きだなー」

「消費者タイプだ」

「はっ、生産性のない人間を自負しているであります」

「まあ、それもいいと思うよ。サークルとか入っちゃうと、どうしてもこういう風に一緒にいられる時間も減っちゃうし」

「だよねー」



 ●



 063,352,800/126,230,400


 僕と彼女は大学のラウンジでだらだらと雑談する。


「三回生ともなれば、そろそろ卒論の方向性を決めていかないとねー」

「去年やったことの延長でいいんじゃない?」

「やっぱりそう? まあ、それが楽だよね」

「卒論に熱意があるならまた別だろうけど」

「ない!」

「さいですか……」



 ●



 086,886,000/126,230,400


 僕と彼女は初詣に来ていた。


「私達の就活が上手くいくようにお願いしとかなきゃ……」

「大丈夫大丈夫。上手くいくって。ははは」

「楽観的!? なぜそんな風に笑ってられる!?」



 ●



 101,152,800/126,230,400


「二人とも無事に内定を得たことを祝いまして、かんぱ~い!」

「乾杯」


 僕と彼女は酒の入ったグラスを軽く触れ合わせる。場所はダイニングバーだ。


「いやぁ、ひとまず安心だね。教えてくれた場所がバチっと通ってさ。予知能力でもあるの」

「それは良かった。偶然だよ、偶然」

「ま、これで気兼ねなく遊べるね。今からなら卒業旅行を何回も出来るよ」

「それは卒業旅行なのか……?」

「気にしない気にしない、いぇーい!」


 内定が出たことにアルコールも加わり、彼女のテンションは異様に高かった。



 ●



 126,205,200/126,230,400


『明日から仕事だし、そろそろ寝るねー。おやすみー』

『おやすみ』


 彼女とのスマホでのやり取りを終える。

 その後、僕は睡眠薬を服用してからベッドに入った。

 万が一にも朝まで目覚めることがないように。

 彼女が言うような明日は訪れない。

 この四年間も楽しく過ごすことが出来たと思う。

 次の四年間もそうであるように願い、僕は瞼を閉じた。


 126,230,400/126,230,400



 ●



 000,000,001/126,230,400


 目を覚ました僕は枕元のスマホを取る。

 直後に彼女からメッセージが届くのを知っている為だ。

 適当に返信した後、出発の用意をして、駅前で彼女と合流する。


「おはよっ!」

「おはよう。上機嫌だね」

「そりゃ今日から花の大学生ですからね! テンションアゲアゲも仕方なし」

「財布忘れてたらそこらへんで膝をついてたろうに」

「……そいつは言っちゃあなりません」


 言葉を変えたらまた違った返事も来るが、今日は良く使うパターンにしておいた。



 ●



 010,569,600/126,230,400


 僕と彼女は期末のテストも終わり、夏休みの初日はカフェに来ていた。


「いよいよ夏休みなわけだけど、どこか旅行行こうよ、旅行!」

「どこ行きたい?」

「うーん、どこでもいいけど……札幌とか?」

「あ、ごめん。前行ったことある」


「出来れば二人とも行ったことがない場所がいいよね。なら、福岡!」

「福岡も前に。九州の他の県にしない?」

「それじゃ鹿児島!」

「うん、そうしよう」



 ●



 047,757,600/126,230,400


 僕と彼女は大学祭には行かず、家で映画を見て過ごした。

 彼女が好きそうな映画を選んだので、楽しそうに見ていた。



 ●



 086,842,800/126,230,400


 この日は彼女が好きなアーティストの年越しライブに行った。

 彼女が喜んでいて良かった。

 そのままホテルに泊まり、昼まで寝ていたので、初詣は違う日に行くことにした。



 ●



 126,205,200/126,230,400


 僕はいつものように睡眠薬を服用してベッドに入った。

 この四年間も楽しく過ごすことが出来たと思う。

 次の四年間もそうであるように願い、僕は瞼を閉じた。


 126,230,400/126,230,400



 ●



 000,000,001/126,230,400


 目を覚ました僕は枕元のスマホを取る。メッセージに返信する。



 ●



 僕は彼女と過ごす四年間を何度も何度も数えきれない程に繰り返す。

 なるべく異なる場所や体験が出来るようにする。色々な楽しい時間を共に過ごせればいい。

 例え彼女の記憶には残らなくても、たくさんの思い出が降り積もるように。

 それはきっと、彼女が切に願ったことだろうから。



 ●



 126,198,000/126,230,400


 既に何百と繰り返したやり直しの日。今日が終われば、また新しい四年間が始まる。

 しかし、そんな今日に彼女は家に来たいと言い出した。

 それはこれまでに一度もないことだったので、背筋に冷たいものを感じずにはいられなかった。

 僕達は夕飯を食べ終え、ゆったりした時間を送る。


「そろそろ帰って明日の準備をした方が良くない?」

「…………」

「どうかした?」

「……明日、か。私は……行けないよ。もう、終わりにしなきゃ」

「えっ……?」


 僕は彼女の言葉の意味が分からなかった。理解したくはなかった。すぐに次の四年間が始まると思いたかった。


「前から違和感があったんだ。頭の中に薄ぼんやりとした記憶の欠片みたいなのがたくさんあって、それらはどれも違った情景を映し出しているのに、日時は同じだったりして。四年間なんかじゃ足りない、もっともっと数えきれないくらいの時間、あなたと一緒に過ごす楽しい日々がそこにはあった」


 彼女は過去を思い出すようにして頬を緩めた後、首を緩やかに横に振った。


「だけど、本当は私にこんな記憶、あるはずない」


 僕は彼女を止めようとする。

 それを言ってはいけない。気づいてはいけない。

 けれど、彼女はその言葉を口にする。


「だって、私は――入学直前に膵臓癌が見つかって、大学には一度も行けなかったから」

「……っ」


 そう、それが真実。本当の彼女は一度も大学には行けなかった。彼女の四年間は闘病生活に消えた。

 そんな努力も虚しく彼女は次第に弱っていき、遂には意識も保っていられなくなり、そして。

 僕は今にも命の灯が絶えてしまうであろう彼女の手を、夜通し握り続けていた。

 すると、気がつけば僕はこの世界にいた。彼女が失われた四年間の大学生活を繰り返す、この世界に。

 それはきっと奇跡だった。神様が与えてくれた、夢のような時間だった。


「これ、は……?」


 僕は周囲に生じ始めている異変に気がついた。

 世界が光の粒となって消えていく。

 夢が終わるのだ。現実に戻らなければならない。あの残酷な現実へと。


「嫌だ……僕は君がいない世界に戻りたくなんてないっ! ずっとここで一緒に過ごしていられれば、それでいいっ!」


 みっともなく泣きじゃくる僕を、彼女は優しく抱きしめてくれた。


「ありがとう、たくさんの温かな思い出をくれて、こんなにも愛してくれて」


 彼女は満足げに笑った。


「もう、十分だよ。あなたはあなたの時間を生きて」


 そうして、僕の身体をそっと押し出す。すると、不可思議な力に身体が引っ張られていく。

 必死に手を伸ばす。けれど、僕を引き寄せていく力は強大で、逃れられなくて。

 あっという間に意識を刈り取られた。


 126,230,400/126,230,400



 ●



 126,230,401/126,230,400


 僕はとても長い夢を見ていた気がする。何だか周囲が慌ただしかった。

 目を開けた僕の前にあったのは、闘病生活ですっかり痩せ細った彼女の姿と、横に伸びた線がピクリとも動かない心電図だった。

 彼女は微かに笑みを浮かべているように見えた。


 ベッドの向こう側、窓の外では桜の花が宙を舞っている。

 もうそんな季節か、と思う。無情にも季節は巡っていく。

 また新しい春が来る。彼女がいなくなってから、初めての春が。

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