いほうじん

 僕は先輩と一緒に学校の屋上へとやって来ていた。

 時間は二十時。こんな時間に学校にいたことなどないので、少しドキドキする。

 さて、その目的はと言うと、逢引き……などということはなく。


 僕と先輩は地面にブルーシートを引いて座っている。屋上には電灯がなく、互いの顔もろくに見えないような状態で、しばらく他愛もない話をしていた。

 上を見ることだけ禁じられていたので、僕の視線は斜め下を向いている。薄ぼんやりとした視界の中、先輩のスカートの裾から僅かに覗く太ももに目が行ってしまっているのは内緒だ。

 ピピピ、とスマホのアラームが小さく鳴った。三十分経過の合図だ。


「よし、これで準備オッケーだ。暗順応って言ってね、先に目を慣らしてるかし慣らしてないかで見え方が全然違うんだよ。まあ、普段は暗い場所で星を見ながら慣らしていけばいいんだけど、今日はぜひとも完了してから見て欲しいと思ってさ。それじゃ、天体観望スター・ウォッチングを始めようか」


 僕は先輩と共に横たわり、そして、頭上に広がる夜空を見た。

 瞬間、僕の目に飛び込んできたのは、柔らかな光の嵐。無数の星が放つ大小様々な光に圧倒された。


「どう? 凄くない?」

「凄い、です……」

「意外と知られていないことだけど、こんな町中でも綺麗な星空を見ることは出来るんだよ」

「こんなにも星が見えたのは初めてです……」

「これでもほんの一部さ。場所によってはもっとたくさん見えるし、肉眼じゃ見えない星だっていくらでもある」


 僕はやっと星空に心惹かれる人の気持ちが理解できたかも知れない。これまで僕が見ていた星空なんて、何枚ものヴェールを重ねた状態で見ていたようなものだったのだ。

 こうして、ありのままに眺める星空は、どこまでも雄大で、清々しくて、美しかった。


「北斗七星は知ってる?」

「一応は」

「ほら、あそこ。ひしゃくみたいな形の」

「あ、ありました」

「で、その柄の部分から伸ばしていった先にあるうしかい座の一等星アルクトゥールス、そのまま伸ばした先にもう一つ見えるおとめ座の一等星スピカ。この並びを春の大曲線って言うんだ」


 僕は先輩が指さす先を見ながら、どれもこうして見るよりもずっと大きなはずの星が作る綺麗な並びに、感慨を抱く。


「更に今言ったアルクトゥールスとスピカともう一つ、向こうにあるしし座の二等星デネボラで春の大三角形!」

「……本当に星が好きなんですね」


 ウキウキとした口調で語る先輩に、僕はふと呟く。こうして、話しているだけでも実に楽しそうだと思えた。


「星っていうか宇宙が全般的に好きなんだよねー。とにかく大きくてさ、人の手にはとても負えない、って感じがたまらない」

「なるほど……」

「あとあれだ。私、宇宙人に会いたいの」


「宇宙人?」

「そ。銀河は途方もなく広いんだから、必ずいると思う。だから、この手で見つけてやりたい。それが私の夢なんだ」

「見つかるといいですね。楽しみにしてます」

「任せといて!」


 先輩は力強く宣言すると、起き上がった。


「さて、次はもう一つお待ちかねの天体望遠鏡を……」


 そう言って、脇に置いていた天体望遠鏡を触り始める。

 と、その時だった。

 突然、屋上の扉がガチャリと音を立てて開いたのは。


「まさか宇宙人か!?」


 先輩はそんな発言と共にそちらを向く。


「私が宇宙人なら、あなた達は違法人よ」


 そこにいたのは、天文部の顧問だった。


「なるほど、違法と異邦を掛けてるんですねー、あはははっ、ではでは」

「待ちなさい、何事もなかったように逃げようとするんじゃないの」

「うぐっ」


 サラリと僕の手を引いて逃げようとした先輩は、首根っこを引っ掴まれて呻き声を上げた。


「前にも言ったけど、天文部は部員が五人揃うまで活動禁止。当然、屋上に入るのも天体望遠鏡を出すのも駄目」

「そんなご無体なー! 勧誘してる間も新人を楽しませる、立派なことでしょう!?」

「ルールを守った範疇で楽しませなさい」

「実際の星を見れずに何をしろと!?」

「それを考えるのが部長の仕事よ」


 天文部、現在は二年生である部長と新入生である僕の二人だけ。部の存続が危ぶまれている状況だった。


「さ、早く帰りなさい。次はないわよ」


 屋上を追い出された僕と先輩はトボトボとした足取りで学校を出る。

 少し歩いたところで、僕は先輩の背に告げる。


「……でも、僕は嬉しかったです。今日ので星を見るのが好きになりました」

「そっか。それなら良かった」


 こちらを振り返った先輩ははにかんでいた。

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