予知夢

 男の人生はごくごく平凡なもので、特別良いこともなければ、特別悪いこともない。平日は仕事をして、休日は趣味に時間を費やして、とルーチンワークのように過ぎていく日々だった。

 彼自身、そんな人生にこれといった不満はなかった。明日は何かがあるかも知れない。そう思えば気が楽になった為だ。実際には変わり映えのしない毎日であっても、今を生きる彼にとって明日は希望となりえた。


 ある朝、目を覚ました男は不思議な体験をしていた。


「妙にリアルな夢だったな……」


 彼が見た夢は普段通りの一日だった。朝食を食べて、会社に向かい、仕事をして、帰宅し、夕飯を食べて、寝る。そんな生活を夢の中で追体験した。

 似たような日々を送っているので、偶然夢で見てしまったに過ぎない。

 彼はそんな風に考えて頭の片隅に追いやってしまう。


 しかし、男はその日を過ごす内に気づくこととなる。自分が過ごす一日にべっとりと付き纏う既視感に。それは彼が見た夢とまったく同じだった。

 男は次の日も同様の夢を見た。その次の日も。更にその次の日も。

 彼は前日の夜に夢で見た一日を現実で過ごすようになっていた。

 そうして、確信する。これは予知夢だ、と。


「凄い力を手に入れてしまった」


 突如、自分の人生に与えられたギフトに彼は喜ぶ。

 未来を見ることが可能であれば、きっと素晴らしい人生となるに違いない。彼はそう考えた。

 しかし、実際は来る日も来る日も平凡な一日を予知夢で見るだけだった。未来を変えようが変えまいが変化の乏しい日々でしかなかった。

 それは彼に一つの絶望を突き付けてしまう。すなわち、自分の人生の平坦さに。


 むしろ、以前よりも状況は悪くなったと言えるかも知れない。

 なぜなら、何かが起きるかもしれない、と思いながら毎日を過ごすのと、何も起きない、と思いながら毎日を過ごすのでは天と地ほどの差がある為だ。

 男はこんな能力ならない方が良いと切に思い、病院の精神科にも通った。

 しかし、予知夢が消え去ることはない。毎晩、彼は次の日の些細な出来事を追体験させられた。

 逃れえない予知夢に耐えきれなくなった彼は、遂に一つの決断をしてしまう。


「こんなことなら、未来なんて見たくはなかった……」


 男はそう言い残して、自らその命を絶った。

 当然、彼は命を絶つ自分も既に予知夢で見ていた。

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