危ない眼鏡
街中を歩いていたラフな格好の男に、露天商が声を掛ける。
「ちょいとそこのお兄さん、良かったら見ていきません?」
露天商は若々しくも年老いても見える、不思議な雰囲気の人物だった。
特に急いでもいなかった様子の男は、立ち止まって売り物を眺め始めた。
シートの上には様々な物が乱雑に並んでいたが、その内の一つに視線が惹きつけられたようだった。
「これは、普通の眼鏡か?」
「お目が高い。それは『危ない眼鏡』というものです」
「危ない? 危険ということか?」
「どう危ないかは着けてみると分かりますよ」
着けてすぐ何かが起きるということもないだろう。
男はそう判断したようで、眼鏡を装着してみた。
何の変哲もない眼鏡に思えた。度も入っていない様子だ。
しかし、男は周囲に視線を向けたことで変化に気が付く。
周囲を歩き行く人々の頭の上に、数字と特定の一文字、が見えるようになっていた。
『1,000,000円』『5,000,000円』『100,000,000円』という感じだ。具体的にはもっとバラバラな数字だったが。
男はそれらを見て、もしかして、と思う。
年収にしては時折あまりに大きな数字があった。ならば、それが表しているのは総資産額なのではないか。あくまで推測に過ぎないが、確かめてみる価値はあるだろう。
「なるほど、これは危ない眼鏡だ」
「でしょう? お安くしておきますよ」
「分かった、頂こう」
それは明らかに眼鏡に対して払う金額ではなかったが、男は躊躇うことはなかった。
「毎度。その眼鏡を上手に使ってくれることを期待していますよ」
しばらくして、変わらず同じ場所で商売をしていた露天商は、近くのビルに設置された巨大モニターに次のようなニュースが流れているのを見る。
『……今朝方、山中で男性の死体が発見されました。男性は以前から詐欺師として警察にマークされていましたが、立件には至っていませんでした。警察は今回の事件について、暴力団関係者に詐欺を働き報復に遭った、と見ているようです』
そこに映っているのは紛れもなく『危ない眼鏡』を購入した男だった。
「詐欺師か。なら、彼に見えていたのは他者の所持金、いや総資産額といったところかな。これまでは十分に調べて気を付けていただろうに、金に目が眩んで手を出してはいけない相手に手を出してしまったんだろうね」
露天商は手元で『危ない眼鏡』を弄びながら、誰に言うでもなく呟く。
「この眼鏡は着用者の欲望を可視化する。未だ自らの欲望に目が眩んで破滅しなかった者を私は知らない。いつか見てみたいものだ、そんな素晴らしい人間を」
やがて、露天商は『危ない眼鏡』を元の位置に戻すと、歩き行く人々に目を向けた。いつものように面白そうな人物に対象を見定めて声を掛ける。
「ちょいとそこのお姉さん。良かったら見ていきません?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます