第2話日々、楽しかったんです。
母と俺は二人暮らしです。
弟は県外で家庭をもっています。
母は80歳手前。俺は50手前。
俺は、ダブルワーカー、実質トリプルワーカーですが、経済的に困窮しつつも回していける程度の仕事をしています。いつまでそれが続けられるか分からないので、何か一つに収束できないかと模索していた最中でした。
母は、週一度、看護師としての仕事をしていました。
日々、楽しかったんです。
40年前、父が倒れました。脳溢血です。左半身を失いました。リハビリでも自由は戻らず、それでも自動車の運転ができたり自分での移動に多くの問題を持たなかったので、仕事を続けました。続けたといっても、それまで勤めていた会社は退職。色々な職を探し探し、最終的に運送会社の事務に収まりました。
感情失禁甚だしい父は、家庭を地獄に変えました。土日、祝日は飲酒の影響もあり、暴れ放題。ガラスが割れ、ビール瓶が飛び、味噌汁がぶちまかれました。
母も大声を張り上げ、泣き、弟もいたたまれなく、暴れ、俺はウロウロと、事態を収めきれず。
そんな日々が続き、弟が家を出ました。誰にも告げずに出て行ったので、心配した母が、日々、探して回りました。たまさかその車に同乗した俺は、運転がとても不安定だったことを知り、一緒に探すことにしました。
それが、母と俺の生活となりました。
自動車にお盆を用意し、割引弁当や割引のお寿司を食べながら、弟を探す。弟の所在がはっきりした後は、義理事や父の問題などを相談する。色々な愚痴をこぼし合う。そんな日々でしたが、俺はとても楽しかったんです。
けれども、母は常に家のことが頭にあり、人生を楽しむということでできていませんでした。漫画を読んだり、レンタルビデオを借りてみたり、観劇したり。色々と一緒に試しましたが、どこかで家の諸々が抜けずに暗欝としていました。
ある朝、「すごいものをみた」と興奮気味の母がいました。
深夜にTVで、とあるスポーツを観たとのこと。話を聞くうちに、近々近所で観戦できることを突き止めたので、一緒に、行きました。
その帰り、感動にとらわれた母は「観ている間、一度も家のことを思い出さなかった!」と満面の笑顔。俺は、とても幸福でした。
それから、母と俺の、そのスポーツ観戦の歴史がはじまりました。
そういった感じで、母と俺は、べったりな日々を送り始めたのです。
気持ちが悪いと思う方も多いでしょうが、気になりません。
俺自身、バンド・演劇・恋人・友人、色々とあって、もうしばらくは人間関係の渦に身を置きたくないと思っており、家庭の事情を共有できない人との邂逅はとてもしんどく、何より母との会話が楽しいので、これはこれでよかったんです。
弁明しておきますが、友人や恋人がいなかったわけではなく、コミュニケーション能力がないわけでもありません。最優先が母であった、ということです。
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