【第16話:オークの魔王 その6】

 魔王ドリアクの死を以って『暴壊魔王軍』は瓦解した。


 魔王ドリアクの眷属として得ていた力を失い、圧倒的な力によって支配されていた末端のオークたちに至っては、その統制も失って、身勝手な行動をし始めている。


「ヴィオが魔王倒しちゃったから、オークキング弱体化して凄い雑魚だったにゃ!」


「せっかくゼロにあぴろうとしてたのに、だいなしにゃ!」


「お、お前らなぁ……。思ったより魔王ドリアク強かったから、ちょっと頑張ったんだぞ? ……まぁいいや。それより、さっさと掃討戦に移るぞ!」


 この周りにいた高位のオークたちは既に逃げ腰だ。

 魔王ドリアクは死に絶え、さらに残された側近のオークキングたちも、ネネネとトトトの二人によって、すぐにその後を追う事になった。

 オークたちからすれば、それを成した化け物3人を前にして、逃げる以外の選択肢などないだろう。


 だが、ここでオークたちを逃がしてしまうと、ヘクシーの街はもちろん、この近隣の村や街に大きな被害が出てしまうだろう。


 そして、そんな事はステルヴィオたちが許すはずがなかった。


「ネネネ、トトト。許可するから『弔いの雨』を使って、こいつら掃討しろ」


「「了解にゃ!」」


 二人はステルヴィオの命令に元気よくこたえると、その表情を幼いながらも真剣なものへと変え、集中を高めていく。


 すると、こちらの様子を窺って動けなかった周りのオークたちが、尋常じゃない武威を発する獣人の幼女二人に気付いて、我先にと今頃になって逃げ始めた。


 しかし、それは無意味な行動だった。


「ネネネは剣にゃ!」


「じゃぁ、トトトは矢にゃ!」


「「『弔いの雨』!」」


 二人の声が重なって発せられたその時、突然、辺り一帯に影が差す。

 不思議に思い、何事かと見上げたオークたちの目に映ったのは、数えきれない数の剣と、その剣の隙間を埋めるような無数の矢だった。


 二人のスキル『弔いの雨』は、任意の範囲の中空に、指定した武器を出現させ、雨のように武器を降らせて攻撃するスキルだ。


 降らせる武器に『次元刀』のような特殊なものは指定できないが、基本的にギフト『兵装つわものよそおい』で出現させる事ができる通常種の武器なら、どんな武器でも指定できた。


 だから、生き残った大型のオークに向けて……、


「次はランスにゃ! 『弔いの雨』!」


「じゃぁネネネはバトルアックスにゃ! 『弔いの雨』!」


 攻撃力の高い武器を降らせる事も可能だった。


 オークたちに等しく訪れる死の雨が降り続くこと数分。


「「終わったにゃ!」」


 双子らしく綺麗にハモるネネネとトトトの視線の先には、様々な種類の武器に貫かれ、物言わぬ躯となったオークどもの姿があった。

 武器そのものはスキルを解除した事で消え去っていたが、その光景は凄惨な戦場の後そのものだった。


 こうしてこの辺りにいたオークたちは、わずかな時間で全滅したのだった。


 ~


 サグレアの森の中、疑問の声をあげている者がいた。


「な、なんだろう? 何かが起こったとしかわからないが……」


 その声をあげたのは勇者レックス。


 オークとの連戦につぐ連戦で、少しずつ劣勢に立たされてしまっていた勇者レックスたちだったが、突然、オークが弱くなった事に、そして統制が全く取られなくなったことを、不思議に思っていた。


「しかし、助かりました。私ももう魔力がほとんど残っていませんでしたから」


 魔法使いのソリアがそう言ってほっと息を吐きだす。


「そうだね。でも、数はむしろ増えているような気がするから、まだ油断しないようにしよう」


「は、はい。すみません。つい……」


 オークはかなり動きが鈍くなり、弱くなったのは確かだが、レックスの言う通り、その数は減るどころか、少し増えていた。


「しかしこれは……襲ってきていると言うより、何かから逃げてるように感じ……うわっ!?」


 オークの行動に疑問を感じ、口にした時だった。


「お? ちゃんと無事だったな」


 突然、ステルヴィオが目の前に現れた。


「ステルヴィオ? それ、ちょっとわざとやっていないかい?」


 ジト目を向けるレックスに、ステルヴィオはそっと目を逸らしつつ、話を始める。


「一応、ちょっと状況を知らせておこうかと思ってな」


 その言葉を聞いて、その場にいた勇者レックスと従者たちも息を呑んだ。

 誰もが終わりのない戦いを続けながら、ずっと気になっていた事だったから。


「やっぱり……魔王が、魔王軍が現れたのかい?」


 緊張の面持ちでそう尋ねるレックスに、


「あぁ、現れたぜ」


 まるで何でもない事のようにステルヴィオが答えた。


 魔王出現の報告に、覚悟を決めたような表情になる勇者レックスと、


「「「「っ!?」」」」


 言葉にならない驚きの言葉を発する従者たち。


 だが、本当に驚くのは次の言葉だった。


「まぁ、もう倒したがな」


 あまりにも呆気なく発せられたステルヴィオのその言葉に、意味を飲み込めないレックスたちを残して、ステルヴィオは話を続けていく。


「もう掃討戦も終わって、外に出ていた1万ほどのオークもだいたいは倒したんだけど、細かいの倒し切れてなくてな。それで、そっちは一旦レックスたちに任せたいんだけど良いか? そしたら、オレたちは門の中で控えている残りの30万ほどのオークの殲滅に向かえるし」


 しかし勇者レックスの面々は、話を聞けば聞くほどに混乱を深めていく。


「ちょ!? ちょっと待ってくれ!! 本当に待ってくれ!? り、理解が全然追い付かないよ!」


 右手の平をステルヴィオに向けて、頭を振るレックス。


「そ、そうよ!? 自分の言っている事がわかってるのですか!?」


「あ、ありえないぞ……魔王を、魔王軍をこの短時間で……あの人数で……」


 魔法使いのソリアと弓使いのザーダを始め、皆、口々に混乱の言葉を発するが、ステルヴィオは、いつものように聞いていなかった。


「ん? 何も難しい事言ってないぞ? 要は一言で言えば、魔界門通じてこっちに来ていた魔王と魔王軍は壊滅させたって事だぜ?」


「だ、だからそれが! ……いや、ちょっと待ってくれ! 頭を整理させたくれ!」


「まぁ良くわかんねぇけど、とりあえずそう言う事だから後を頼むわ。また終わったらみんな連れてくる!」


 そして、伝えたい事だけ伝えて……。


「なっ!? だから、ちょっと待てってぇぇぇ!!」


 勇者レックスの叫び声が森に木霊する時には、既にステルヴィオの姿は掻き消えていたのだった。

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