二十八 庶くば(四)

 気がついて目を開けたとき、あたりは真っ白な光に包まれていた。

 音の無かった世界に、何かが聞こえた。「ナンダーレ!」……。

 わたしは眩しさに耐えられず、一度固く目をつむった。つん、と潮の匂いがした。

 また何かが耳に届いた。わたしの息づかい、男たちの呻き声、ぎぎ、と船がきしむ音、風の音、波の音。

 だんだんと世界は音を取り戻していった。

 わたしは目をゆっくりと開けた。さっきの眩しい光はいつの間にか消えて、薄暗がりが広がっていた。

 遣唐使船の中だ!

 わたしは腹の縄を解き、手探りで船上へと続く階段を探して上って行った。

 そのときまた別の音が聞こえた。

「フネダ! カケル、フネダ!」

 人の声だった。

 わたしは船倉の入り口の蓋をはねのけて外へと飛び出した。

 雲ひとつ無い青空と、湿った生暖かい浜風がわたしを迎えた。

 船首へと駆けた。目の前に松林が見えた。

 その手前に白い砂浜が広がっていた。

 砂浜には一人の男と二人の少年が立っていた。三人はわたしの姿を見てびっくりしているようだった。

 わたしもびっくりしていた。なぜなら彼らの顔はわたしや唐人とあまり変わりはなかったが、彼らがしている格好は、いままでわたしが見たこともないような奇妙なものだったからだ。

 三人とも髪は短く切ってあり、大人の男には髭がなく、彼と少年の一人は細いしろがねのようなもので目の周りを縁取っていた。

 また彼らが身につけている服は頭を出すところをくり抜いた、すっぽりと被って着る形のものだった。その服は袖がとても短く肘が丸見えだった。

 大人の男の服は白で、黒いの中に衣の裾を入れていた。少年たちの服はとても鮮やかな色をしていて、一人は青一色、もう一人は黄色で胸のあたりに模様が入っていた。二人も黒っぽい袴を穿いていたが、大人の男とは違って服の裾は中に入れず、外にだらりと出しっぱなしだった。この袴も膝頭が見えるほど短いものだった。

 わたしは船がとんでもなく遠い南国まで流されてしまったのだと茫然とした。

 三人はわたしを指差して何か言い合っていた。

 わたしは全身の力を振り絞って、唐語で叫んだ。

「我らは日本国遣唐使、この船は日本国より唐国へと遣わされた遣唐使船である。唐より日本へ戻る途中、嵐に遭い流された。問う、ここは何という国か」

 三人は顔を見合わせてひそひそと何か言っていた。大人の男が首をひねった。

 わたしは挫けそうになったが、言葉が難しかったのかもしれないと思うことにして、もう一度唐語でゆっくりと、

「我は、日本人、である! ここは、どこか?」

 彼らはまた顔を見合ったが、大人の男は今度はうんうんとうなずいていた。

 わたしはたまらず日本語で叫んだ。

「教えてくれ! ここはどこなんだ!」

 大人の男が波打ち際まで駆けてきた。

 わたしはふと彼の顔が若い頃の真備に似ていると思った。

 男は叫んだ。

「ここは日本の千葉県、古くは上総国かずさのくにといった土地です! あなたは遣唐使の方ですか!?」

 ?

 男はまた叫んだ。

「失礼しました! まずわたしの方から名乗ります。わたしは巻菱備まきびしそなえと申しまして、近くで学習塾の講師をしている者です。この二人の少年はわたしの教え子で、名はつばさかけるです。わたしたちはあなたと同じ日本人です!」

 ??

「お聞きします、あなたが乗っているその船は、天平の遣唐使船の第四船ですか!? あなたは判官はんがん田口養年富たぐちのやねふさんですか!?」

 ???

 少年二人も駆けてきて叫んだ。

「日本ですよ、日本! 帰って来たんですよ!」

「いったい千三百年間もどこに行ってたんですか! まさか本当に竜宮城に行ってたんですか!?」

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