一 唐人塚(一)

 わたしもね、きみたちと同じように海を眺める子どもだったんだよ。つばさくん、かけるくん。

 きみたちより少し小さい、十歳くらいのときのことだった。

 春先の急に暖かくなった日の午後、小雨混じりの風が吹く砂浜で、膝を抱えてただひたすらに海を見ていたんだ。浜には他に誰もいなかった。

 だんだんと目が疲れてきて、わたしはまぶたを閉じた。まぶたの裏にいままで眺めていた水平線が浮かんだ。

 わたしはふと思った。十年後、二十年後も、わたしはここで海を見ているのだろうかと。そしていまのわたしのことを思い出しているのだろうかと。

 わたしは大きく息を吸った。潮の香りが鼻の中をつついて少し痛かった。

「おい、おまえさん」

 驚いて振り向くと、そこには日に焼けて真っ黒な、痩せ細った旅の僧が立っていた。歳は五十くらい、ぼろぼろの僧服を身につけ、髭を生やし前歯が何本か無かったが、頭だけはきれいに剃ってあった。

 わたしはそのときはじめて僧というものを見たんだよ。髪を剃り落とし、男だけで集まって暮らしている人たちがいるというのは聞いたことがあったけどね。でも実際に僧のつるつるな頭を見て、わたしは恐ろしくなってすぐ目をそらした。だいたいわたしたちの時代、男も女もみな髪を伸ばして、めったなことで切らなかったんだ。それを全部剃り落とすなんて!

「おい、おまえさん、トウジンヅカを知っているかい?」

 旅の僧は首のあたりを掻きながらわたしに尋ねた。わたしは黙ってうなずいた。

 僧は笑みを浮かべて、

「ではそこへ案内してくれんかい?」

 わたしは砂浜から少し離れた草むらへと僧を連れて行った。そこはわたしの里の墓場で、わたしの父もここに葬られていた。

 わたしはひときわ土が高く盛り上がっているところを指差した。そこも草ぼうぼうだった。

「これかい。ふむ」

 僧はその場に正座すると、手を合わせて経を唱え始めた。

 わたしは経を聞くのももちろん初めてだったから、何か恐ろしい呪文のように思えて身動きできなかった。僧の後ろで突っ立ったまま、いつ終わるのだろう、早く終われと、ただそれだけを願っていた。

 やがて読経の声が止んだ。僧は立ち上がってわたしを振り返り、

「おまえさん、ここに埋められている者のことを知っているかい?」

 わたしは何と答えたらいいか分からなくて黙っていた。

 僧はわたしの顔を覗きこみ、

「何でトウジンヅカと呼ばれているのか知っているかい?」

 わたしは小さな声で答えた。

「トウジンの墓だから……」

「トウジンとは?」

「もろこしのひと……」

「もろこしとは?」

「海の向こうにある、遠い……大きな国」

「ふむ、よく知っているではないか」

 僧は歯を見せて笑い、視線をトウジンヅカの方に移した。わたしはほっとした。

「ではなぜ遠い海の向こうにあるもろこしの者が、ここ上総かずさの地に流れ着いたのか知っているかい?」

「ずいぶん前に……乗っていた船が嵐に遭って海に投げ出されたんだ……って里では言ってます」

「ふむ、それで?」

「それで溺れて死んで……ここまで流されて来たんだって」

「なるほど」

 僧はしゃがんで草を掻き分けると、トウジンヅカの土を撫で回しながら、

「しかしなあ、この者がもろこしびとだというあかしは無かったのだろう? 安房あわや伊豆の者だったかも知れぬではないか」

「それはこのひとが、死人が役人の服を着ていて、着ていたのに髭が無くて、それにあの……」

 わたしが口ごもると、僧は振り返り、にやと笑って自分の股ぐらを指差した。

「これも無かったのだな?」

 わたしはうなずいた。

 僧はあご髭をしごきながら、

「髭の無い去勢された役人、つまり宦官かんがんだと考えたんだな。宦官はこのニッポンにはいない、いるのはもろこし、唐だ。だから唐人塚とうじんづかか。ふむ、わしがここへ来るまでに諸処で聞いた話のままであるな。まあ実のところは船から落ちたのは安房あたりの役人で、流されているあいだに身が損なわれたのであろう。それに人々の唐への関心、憧れが結びついてこのような話ができたのであろうな。いやしかし、上総という遠国おんごくの農民まで唐についていろいろと知っているとは。驚いたなあ」

 僧の言葉はわたしには難しかったが、だいたいの意味は分かった。ただひとつ、気になった言葉があった。その言葉の意味を尋ねようか迷った。


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