第51話 1on1 前

 お互いにストレッチまで済ませて一番端のバスケコートを貸切る。今日はテスト期間明けだからか軽いメニューのようで、他の部員たちから文句も出なかった。

 もっとも、練習に参加している人数が少ないというのもあるかもしれない。


「で、先輩と俺の一対一1on1ってことでいいんですよね」


 俺が隣のコートで練習に励む部員たちに視線を向けつつそう言うと、近藤は鼻を鳴らして答えた。


「そうじゃなきゃ、勝負の意味がねぇだろ」

「……ルールはオーソドックスですか?」


 バスケットボールは五人制が基本的なチーム編成ではあるものの、三人制やストリートバスケなどローカルに至るまで編成や独自ルールが多いスポーツでもある。

 それだけバリエーションに富んだ試合ができるのが魅力でもあり、中でも一対一の試合形式はプレイヤーの純粋な力比べ。オフェンスはドリブルとシュートが、ディフェンスにはスクリーンとカットが特に必要とされる。


「ああ。反則とか時間も大会ルール、ハーフコートの攻守交替制でやる。それとシュート五本決めた方の勝ちってとこだな」

「五本先取じゃなくてシュート五本ですか」


 俺は長めに作られた勝利条件に眉を寄せた。一対一でよく使われるのは、三得点で勝利の五本先取か、細かく得点が決められていて一定ラインまで達した方の勝ちというものだ。強いて言えば九本先取とも言うべきルールは、一対一にしては長い。


「簡単に決着して恨みが残っても嫌だからな」


 徹底的にやろうぜ、と近藤は不敵に笑った。

 俺はブランク分落ちた体力が気になりながらもそれに同意する。雑用する気もさらさらないし、ましてや捏造された過去のことをばらまかれたくもない。

 ただ、ひとつだけルールを追加することにした。


「じゃあ、ボールをディフェンス側が奪ってもシュートを外すか、反則取られるまで仕切り直しはなしっていうのはどうですか」


 近藤が俺のスタミナ切れを狙っているかどうかは分からないが、試合を短くするに越したことはない。その分俺もボールを奪われるリスクを承知の提案だった。近藤はいっそ乗り気とも取れる追加ルールに獰猛そうな笑みを浮かべる。


「いいぜ。そっちのが面白そうだ」


 そうこうしているうちに、コート脇にタイマーが用意されて時間設定を行う電子音が体育館に響く。入ったばかりの一年生なのか、マネージャーらしい女子の操作はどこかおぼつかない。


「……紺野には、見せつけなくていいんですか? 元カレをボコボコにするところ」

「……千尋は用事があるとかで今日は来ねぇらしい。まぁ、この勝負は俺の自己満足みてぇなもんだからな。いねぇ方が都合がいい」


 近藤の言葉に、どうにも噛み合わない何かが俺の中で引っかかっていた。

 紺野は俺の目の前にいる近藤の全国大会出場のためにと言って、俺をバスケ部に勧誘してきた。しかし近藤はそんな紺野の行動に少なくない不満を抱き、俺の入部に反発している。近藤を見れば紺野のしていることはまるで空回りでしかない。

 紺野元カノ近藤その彼氏を客観的に見れるようになってきた思考が、ずっとかかっていたもやを晴らそうとしている。

 俺が考え込んだことで作られた沈黙は、ひと際大きい電子音によって遮られた。タイマーの設定完了の合図だ。ワンバウンドして投げ渡されたボールを反射的に捉えると、じんとしびれる手のひらと共に思考は霧散していった。


「先攻は譲ってやるよ」

「どうも」

「それともドリブル練からやるか?」


 調子を見るためにボールを歩くスピードでゆっくりと衝いた俺を近藤がからかう。俺はそれに「悪くないかもですね」とそっけなく返した。

 力を加えて下に押すその加減。

 ダムと反発するざらついたボール表面の感触。

 手のひら全体で受け止め、手首、肘、肩まで柔らかく力を分散。

 歩調と異なるリズムを刻んでまた押し出す。

 センターサークルに向かうその十数歩でざっくりと感覚を思い出していた。

 それは中学の頃、そう、怜王に決め球をことに専念していたあの頃の感覚。


「やるか」

「ですね」


 振り返ると近藤はスリーポイントラインの内側、ちょうどフリースローのあたりで腰を落として待ち構えていた。ボールを一回持って試合開始を待つ。


『ピッ』


 聞き飽きるほど聞いた電子音と共に攻撃時間の二十四秒のカウントダウンが始まった。俺は開始前に見せた、ゆったりとした速度のドリブルのまま近藤に近づく。

 すぐさま近藤はボールを奪いに来なかった。あくまでスリーポイントラインの内側、もっと言ってしまえばゴール付近で戦うつもりらしい。それはまず間違いなくフィジカルに対する自信の表れだった。

 高身長に肩の張ったガタイの良さ。そこに筋肉を着込んだパワーファイターの近藤は、県大会でもゴール下を守るセンターの役割を担っていた。一番体のぶつかり合いが激しいポジションでボールをいかに自分のものにするかが肝になる位置。


「やる気あんのか?」

「もちろんです」


 バスケはチームスポーツだ。

 五人制は特に、五人がそれぞれの得意分野を生かしてチームを機能させることで無類の強さを発揮することができるスポーツでもある。時間制限をつけられた中で激しく攻防を繰り返すために、チームとしての機能を高めていったとも言える。

 大まかに役割を分けるなら五種類。ボールを運んで試合を組み立てるポイントガード、中盤力とスリーポイントを求められるシューティングガード、切り込んでいく突破力と得点力の高いスモールフォワード、ゴールに近い位置で戦うパワーフォワード、屈強な体でゴール下を守るセンター。

 どれもやらされたが、強いて言うなら俺はだ。

 俺は体格では近藤に負ける。パワーも敵わないだろう。ブランク一年と現役のレギュラーじゃ基礎体力も大きく違う。

 視界の端でカウントが十五を切った。スプリントしてシュートを決めるまでの最短が五秒とすれば、まだ余裕のある時間だ。

 近藤が手を伸ばせば俺に触れられる間合いに近づく。


「じゃあ、行きますよ」


 言い終わるが早いか、アイコンタクトしていた近藤の瞳孔が開かれるのを僅かに捉えた。びりっと高まったプレッシャーよりも速く、俺は身を沈め鋭いカットインで躱す。近藤は完全に出遅れた。

 激しいドリブルのエネルギーのまま飛び上がって、右手を主軸に、左手を添えて首のスナップだけで放物線を描く。試合で使うことはあまりなかったがバスケの定石、レイアップシュートは狂うこともなくゴールに吸い込まれていった。


『1―0』

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