第50話 勝負と矜持と仲間と過去

 近藤のまとう敵意のようなものがピリピリと肌を刺す。それでもどこか違いを感じるのは相対した近藤に余裕のようなものがあるからか。


「またバスケ勝負しろとかそういうのですか」

「よく分かったな」

「分かりますよそのくらい。俺なんかに構ってるよりバスケの練習か、受験勉強した方がいいと思いますけどね」

「うるせえ」


 実際のところ近藤はこれから練習しに行くんだろう。すでにバスケ部のジャージを羽織って、下もスポーツウエアを着ている。俺の指摘を跳ね除けた近藤はびっと俺を指さした。


「フラれた軟弱野郎に馬鹿にされたままで済むかよ。それに、今日は絶対白黒つけてやるからな」

「はいはいそうで」

「全国大会出場辞退ってな」

「……どこで聞いたんですか、それ」


 じっとりと汗をかく俺とは裏腹に、近藤はますます気を良くした。


「簡単なことだろ? 怜王とかっつうバケモンの名前で探れば一発だったぜ。俺はもう高校行ってたから耳に入らなかったけどよ、俺より下の世代には知ってるやつがそこそこいたらしいな」


 行こうぜ、と近藤は身をひるがえす。下手な脅しと知ってなお俺は逆らえなかった。明かりのついていない廊下に二人分の足音が響く。


「バラまかれたくなかったら勝負しろってことですか」

「その通り。お前が勝ったら黙っといてやるよ」

「……先輩が勝ったら?」


 勝つことが当然だったのか、その返答には数秒の間があった。


「そうだな。俺が卒業するまでバスケ部の雑用係になってもらうか、くくっ」


 面倒なことになったな、と思いつつ高坂に『悪い、行けない』とラインを送る。既読がついたかどうかも見ずにスマホをしまった。ダムダムと球をつく音が響く体育館では、もうバスケ部の練習が始まっているようだ。


「優馬にお前の体操着とシューズを取ってこさせてる。ケガだけしねぇように準備体操ぐらいまでは待ってやるよ」

「……それはどうも」


 後輩たちに挨拶され、気を良くした近藤に背を向けて男子更衣室に入る。荷物が散乱し、汗とデオドラント剤の匂いが充満したそこには優馬が待っていた。

 優馬はバツが悪そうにぎこちない笑みを作る。


「バラしたのは俺じゃないけど、ごめんな~」

「大方俺の昔の仲間だろ。気にすんな」


 ジャージとシューズを受け取って確かめた。ワイシャツの下に黒のTシャツを着ているから上はそのままで、下はジャージの裾を膝までまくれば大丈夫だろう。

 腐れ縁も腐るとこまで腐れば、もう笑うしかない。


「体調は?」

「まずまず。去年みたいな一夜漬けしなくなった分だけマシだな」

「ほお~、桐ケ谷さんに教えてもらったとか?」

「そうだな」

「やるねえ~、やっぱ春人隅におけないやつだな~」


 俺が負けたら間接的に優馬の怪我のことも暴露されてしまう、ということが分かっているのかいないのか、優馬は肘で小突いてくる。反撃とばかりに俺は松島のことを聞いてみることにした。


「そういうお前こそ、松島先生とどうなんだよ」

「ん~、あと一歩ってとこだな~。なにせ相手はオトナのレディーだかんな~、余裕があるんだかないんだか分んねぇや」

「意外だな。もうとっくに押し切ってるもんだとばかり」


 なにせ優馬は一年もずっとアタックしている。優馬が止めないということはそれなりに脈ありなことは明白だったし、四ノ宮の発言ですでに付き合う前まではこぎつけているようだったが優馬は難しいと首をひねった。


「いや~押し切ってはいるよ? でもさ、向こうからがないんだよね。好きなら、こう~、なんかあるじゃん」


 要は松島からのアプローチがないゆえに、優馬も現状維持しかないという状況のようだ。これは俺にはどうしようもない。松島に期待するしかなかった。


「疲れないか?」

「ま~今更退けないでしょ。少なくとも相手からノーを突き付けられるまではさ~。俺だって軽い気持ちでずっと猛アタックしてる訳じゃないし。春人だって譲れないもんあるでしょ」


 ししし、と軽く笑い飛ばすような優馬の声音に俺は頷く。

 あの事件を、優馬の怪我を避ける方法はいくらでもあったのかもしれない。とはいえそれはやり直せない過去のこと。俺は明新に進学してあの事件から逃げた。

 とはいえ、それを脅しに勝負をかける近藤を許せるかといえばそうではない。


 いい加減向き合うべきなのかもな、と思った。

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