第48話 暗躍する裏方

「一通りおさらいしたから、テストは大丈夫でしょう」

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」

「二人ともありがとな。見送れなくて悪いけど」


 玄関先で並び立った二人は口々に俺の言葉を否定して、仲良さげに廊下を歩いて行った。その背中が見えなくなるまで待ってから扉を閉める。

 桐ケ谷主催で行われた勉強会はまあまあ実のある物になったんじゃないかと思う。何より解けない問題を質問できる相手がすぐ側にいる、というのが大きかった。家や図書館で一人の時は数十分頭をひねることもある。

 その点、オールラウンドに全教科できる桐ケ谷はどれも分かりやすくかみ砕いて教えてくれるし、林も文系科目が強かったのが意外だった。

 ただ……約一名は部屋にこもりっきりだったが。


「おーい、二人とも帰ったぞ」


 ホコリが気になるから、という理由で自分の部屋なのにノックを強いられる理不尽を感じながら、それでも一応扉の前で声をかけると「入って」という短い返答。

 高坂は相変わらずデスクトップの前で何やら作業をしていた。


「高坂、勉強しに来たんじゃないのかよ」

「勉強会に行く、とは言ったけど『勉強する』とは一言も言ってないしー」

「お前なぁ……」


 とんだ暴論に俺は思わず空を仰いだ。俺は高坂の、男物っぽいボディバッグから覗いた工具類に目を留めながら出しっぱなしのスツールに腰を下ろす。高坂はその間もどこかの通販サイトをスクロールしていた。


「じゃあ何しに来たんだよ」

「林さんのお手伝い……もとい環境整備、かな」


 中間テストぐらい余裕だし、と高坂は不敵に笑って見せる。それはもちろん桐ケ谷の言う「余裕」とは別種の、「赤点は回避できる」の余裕なことは火を見るより明らかだったが、あえて突っ込むことはしなかった。


「環境整備?」

「そ。てか田崎んち、ナニモンなの? こーんなハイスペックどころか、これから市場に出回るレベルの機材持ってるなんてふつーじゃないよ? しかも一年ぐらい使ってるでしょ」

「まあ……親が特殊でさ」

「理由はなんでもいーんだけどさ」


 どう説明したものか困った時の決まり文句を繰り出すと、高坂はあっさりと追及の手を緩める。もっとも、高坂の言いたいことはそこにはなかったんだろう。


「林を手伝うからって機材チェックに来たんだよ、あたしは。スペックの問題はよゆーでクリアとしても、モノはいーけど組み方が雑、とはいかないまでも普通の組み方してるねー。業者は一般だったってことかな」

「……そこまで事情知ってたのか」


 繊細な絵を描くよね、と高坂は認めた。


「前に言ったじゃん? 可愛いは正義って」


 忘れるほど昔の話じゃない。

 ゴールデンウィーク明けの、定例会後の放課後のやり取りだ。


「ひたむきに頑張るのも正義、とも言ってたっけな」

「そ。あたしはね、自分が正しいと思ったことを貫きたいし、人の正しい行いを応援してあげたいと思うワケよ」


 最後に照れくさくなったのか、若干イントネーションを崩した高坂は頬をかく。

 それは誰にでもできることじゃない。俺はディスプレイの光に照らされた横顔を見ながら感心せざるを得なかった。高坂が持つ善悪を主観でばっさりと分けてしまう危うさや、好意的に捉えた相手にすぐに近づく距離感のなさは、きっとこういう芯を軸にしているんだろう。


「自分語りでつまんねーって思うかもだけど、だからあたしは林さんを応援するし田崎の背中をたたくつもりでもいる」


 桐ケ谷や林とはまた異なった眩しさを、高坂は臆面もなく主張する。

 そしてその矛は俺自身にも向けられた。


「田崎はさ、紺野のことをどー思ってるの?」

「それは」

「一回もマトモに立ち向かわないで逃げるのはナシでしょ」

「……そうだな」


 紺野のことは、紺野にフラれたことは、今でも棘のようにチクチクと傷口を刺激しては存在を主張してくる。それを無視したままにするのも、それはそれでアリなのかも知れない。時間が経って記憶が風化すれば気にならなくなるのかも知れない。

 高坂は俺が抱えたその弱さを、正確に射抜いていた。


「とりま、足りてないのと替えた方がいーののリスト作っといたから懐と、あと林さんと相談して買うなりなんなりして。取り付けはあたしがやってあげるから」


 高坂はボディバッグのジッパーを閉じ、それを肩にかけて迷いのない足取りで玄関戸を押し開ける。


「なんか色々、ありがとな」

「どーいたしまして。あ、そだ三者面談さ」


 思い返したように高坂は振り返った。

 そういえば三者面談の日はちょうど風邪をひいた日だ。


「テスト明けに回されてたよ。それだけ」

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