第18話 懐古主義な蔦の店
目指していた喫茶店『ベルエポック』は中層の建物との合間に挟まった、表向き狭そうな外観の建物だった。レンガ壁にツタが生い茂り古風な雰囲気を醸し出しているのが印象的だ。小さめに作られた窓からは内部が伺えなかったが、扉にかけられた「OPEN」のプレートが開店していることを告げていた。
扉を引き開けるとカランカランと乾いたベルの音が鳴り響く。
「いらっしゃい。二名様ですか」
出迎えたのは線の細い三十代前半の男性。神経質そうな一重の目と、キチッと着こなしたシャツとベストがより神経質さを際立たせる。
「……そうです」
俺は一瞬後ろの林を振り返り、大丈夫そうかと踏んでそう答えた。「お好きな席にどうぞ」と店主が言葉少なげに促すので林に席を選んでもらうことにする。
「すみません。冬木マスターのお裾分けです」
「君が例の居候君か。話は聞いている」
「はあ……」
一体冬木はこの店主に何を話したんだろうか。変なことじゃないといいが。
「私は
店主、幹宏はどこか感慨深げにそう頷いた。それは冬木の言っていた喫茶店連盟よりもよほど長い年数を感じさせる。
ちなみに真佐とは冬木の下の名前だ。
「では幹宏さんで。名前は田崎春人です」
「知っている。君の両親もな」
もしや両親との繋がりもあるとは思いもよらなかった。
「そうでしたか」
世間は狭い物だと感心していると幹宏はフッと嫌味なく笑う。
「ゆっくりしていくといい」
そう言って仕事に戻る幹宏に背を向け、隅の方に席を取った林の向かいに腰掛けた。こんな奥まった場所ではランチの混雑もなさそうで、昼を少し回った今の時間帯でも半分ほどの席は空いている。BGMの流れない店内は外と比べ物にならないほど静かで、厚いレンガの壁が音を吸い込んでいるようだった。
冬木の店が若者やアパートの居住者でも利用しやすい開けた作りに対し、幹宏の店はしっとりと落ち着いた時間を売りにしているようだ。
俺が向かいに座ったのに気づいたのか、林がいそいそと動かしていた手を止めてスケッチブックを片付け始める。
「ごめん。幹宏さんと喋って遅くなった」
「いえいえ、大丈夫です。……お知り合いなんですか?」
「知り合いの知り合いって感じだな。今日初対面だよ」
「その割には親しげに話されていましたね……?」
「大したことは話してないよ」
俺はちょっと大げさに手を振ってからメニューを手に取る。幹宏一人で切り盛りしている店らしく、ぱっと見た感じあらかじめ作り置きや調理工程を踏んでおける料理が多い。席数も二十程度でバイトの経験からこれが最善手なんだろうなと思った。
「林は何にする?」
「わたしはオムライスとアメリカンにします」
「俺はサンドウィッチとポテトフライかな。飲み物は何にしよう」
オーダーは客の手書き制というのもワンオペらしいといえばらしい。俺は林の細い字の下にカツサンドとミックスサンド、ポテトフライを書き込む。改めてメニューを見直そうと顔を上げると、おずおずと林が挙手していた。
「ここのコーヒーは美味しいと評判ですので、コーヒーを頼むのが良いかな。と」
「ああ、そうなんだ?」
紙袋に入っていた物から薄々察していたがやはりそうらしい。というかそもそも大のコーヒー好きである冬木がコーヒー豆を贈る相手、の時点で分かる。
「何回か来たことあるの?」
「いえ……雑誌で取り上げているのを読みました」
「へー」
図書館の妖精は雑誌も読むらしい。それにしても林はコーヒー党か。
なるほど雑誌で情報収集をしてここに初来店と。
「ところで趣味は……」
「それ、分かって言ってますね?」
誘導尋問はあえなく失敗してしまった。「ばれたか」と俺がおどけてみせると、林もクスクスと口元に手を当てて小さく笑う。
「カフェ巡りが趣味なら、是非ウチの『デ・ローザ』にも来てみたら?」
「噂には聞いていたんですけど一回も辿り着けた事がないんです」
「変なとこにあるからなあ」
さすがに通学路の近くの喫茶店の情報は押さえていたようだ。残念がる林に今度連れて行く約束をして、俺は伝票を持って立ち上がる。
「オーダーいいですか」
「ただ今」
俺が声をかけるよりも早く幹宏は程なくして片付けを終えた。その幹宏にオーダー用紙を差し出しながら聞く。
「コーヒー、何かオススメってあります?」
「ふむ」
幹宏はやや考えるそぶりを見せ、わずかに顔を背けて紙袋に視線を向けた。
「今回は『特別』だぞ」
「?」
「気になるなら友人にでも尋ねてみるといい」
サラサラと幹宏がオーダー用紙の最後に『コピ・ルアク』と綴り斜線を引く。
「コーヒーは食前、食後どちらにするか?」
「食……後? 食後で」
林に確認を取って食後になった。
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