第15話 分け合うのは時間と熱

 チャイムが鳴って昼休みがやってくる。俺は昨日の残り物の詰め合わせっで作った昼メシを持ってそそくさと教室を出た。理由は言わずもがな、バスケ以降の空気の変化だ。

 ぼっち飯といえば、階段の最上部かトイレかと相場が決まっている。しかし前者は年がら年中屋上を開放しているおかげで無理だし、後者は単純に衛生的じゃない。俺は使われてない空き教室に身を滑り込ませた。少々埃っぽい気もするけど耐えられなくはない、そんな場所は学校の喧騒からどこか取り残されているような雰囲気だった。

 俺はいそいそと弁当箱を開いて箸を持とうとする。その時つかつかと聞き慣れない足音が近づいてくるのを捉えた。

 こんな校舎の隅に何か用でもあるんだろうか。


「やっと見つけたわ。こんな所でお昼ご飯を食べていたのね」


 残念。用があったのは『俺に』だったようだ。


「悪いか」

「ええ、悪いわね。せっかく一緒に食べようと思っていたのに」


 立て付けの微妙に良くない扉を閉めて、桐ヶ谷は俺の隣に腰掛ける。俺はおかずを摘んだ箸をゆっくりと下ろした。


「教室でか?」

「いいでしょ?」

「正気か」


 箸を下ろして正解だったと思う。もしそのままだったら、平然と爆弾発言をかました桐ヶ谷に動揺しておかずを取り落としてしまっただろう。


「何か変なことでも言った?」

「俺の平穏な学校生活にこれ以上波風を立たせてもらっても困るんだが……」

「別に一緒にご飯を食べるくらいなんでもないわよ」

「いやいやいやいや、桐ヶ谷は何も分かってない」


 首を傾げる桐ヶ谷はどうやら自分が高嶺の花であるという自覚に乏しいようだった。そのくせ距離の詰め方が強引というか、かなり強気で混乱する。


「いいか? 桐ヶ谷みたいな美少女が今の俺に近づいて話すだけでも異常事態だ。派手な奴は派手な奴と、地味なのは地味同士っていうのが普通だろ?」

「私はそんなこと気にしないわよ」

「俺も気にはしないが、周囲のクラスメイトがどう思うかはまた別の話だ。それでこれ以上教室の空気が針のむしろになるのはごめんだってこと」

「ふーん、そう」


 理解したのか否か、桐ヶ谷は自分の弁当箱を開けて昼食の準備を始めてしまう。俺はため息を昼食を詰め込むことによって誤魔化した。肩と肩が触れ合うような至近距離にいるのに、ドキドキも何もない。

 無言でいるのも何だからと俺は適当に話を振る。


「桐ヶ谷も弁当なんだな」

「一通りの家事はできるわ。あまり人に迷惑をかけるのも好きじゃないもの」


 人、という表現にわずかな引っかかりがあった。そこは普通「親」とか「家族」なんじゃないだろうか。桐ヶ谷の、漆っぽい艶やかな弁当箱の隅を突くような、そんな些細な疑問だった。俺はその中で鮮やかな卵焼きに目が行く。


「じゃあ、おかずも自分で作ったのか」

「そうね。……食べてみる?」


 視線の先に気づいた桐ヶ谷が親切にもそう提案してくれる。

 どんな味なのかきになったから、素直にそれに乗ることにした。


「おう。卵焼きで」


 そうして箸を伸ばそうとしたらひょいと弁当箱をどかされてしまう。咎めようとして桐ヶ谷を見ると猫のような目が楽しげに細められていた。


「せっかく二人きりなんだから、いいわよね」

「なにが」

「はい、あーん」


 そう言って、桐ヶ谷は細い箸で卵焼きを摘んで俺の前に差し出してくる。体育の時じゃないが恋人っぽいことをやってドキドキさせようという魂胆なんだろう。

「ん」

 差し出されるままに俺は卵焼きを口に含んだ。出汁の効いた甘さ控えめの味は、俺が冬木から習った甘口のそれとはまた違った風味でとてもうまかった。


「美味いよ」

「嬉しいけれど嬉しくないわね……」


 勝負には勝って試合に負けた選手のような表情だ。そんな釈然としない雰囲気の桐ヶ谷に、俺はアスパラガスのベーコン巻きを持っていく。


「ほら、俺のもあげるよ」

「え、ええ……」


 桐ヶ谷は俺にくれた時とは違って、数秒迷ってからベーコン巻きを食べた。うって変わってその耳は赤い。やるのはいいがやられるのは照れる、ということなんだろう。

 ベーコン巻きを飲み込んだ桐ヶ谷はもっと悔しそうにする。


「なんだか私ばかり意識してないかしら」

「やりだしたのは桐ヶ谷なんだけどな」

「それは言わないで……」


 やめるか? とからかいの意味を多分に含んだ問いを投げかけてもそこで引かない当たり、桐ヶ谷はだいぶ強情だ。結局一人でさっさと食べる時間の倍以上を昼食に費やして、おかずの半分ほどを桐ヶ谷と交換した。

 弁当箱を仕舞いながら桐ヶ谷は呟く。


「これは確かに、二人きりの方がいいわね……」


 本来なら一緒に食べることそのものについて言及すべきだったが、アプローチのひとつだとすれば俺はもう何も言えない。なんだかんだで楽しかったからこれきりにするのもためらわれた、というのもある。

 先に言うが、さすがに教室で食べさせ合いはしない。


「そうだな」


 色々飲み込んで俺は肯定のみを返した。

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