フラれてから始まるラブコメ【web版】
金木犀
第1話 フラれてから始まるラブコメ
「ねぇ、別れて」
俺こと、
控えめに言ってショックだったし、どうしてとも思う。
けれどそれらの感情は紺野の隣にいた、新しい彼氏を見て氷解した。
「千尋は俺のカノジョだかんな。近寄るんじゃねぇぞ」
ワイルド系の近藤は、バスケで鍛えた体で俺を威圧する。そんなことをされなくたって、近藤を見る紺野の目が、俺など眼中にないことを悟らせた。
同じ部活のキャプテンとマネージャー。二人とも美男美女でお揃いじゃないか。
ははっと乾いた笑い声が漏れる。
「なんだコイツ。気持ち悪ぃ」
近藤が怪訝な顔をするのもお構いなしに俺は体を折った。
付き合っていた数ヶ月はなんだったんだろう。
二人で過ごした時間は。
共有した多くの出来事は。
好きだと言ったその感情は。
「……」
一体なんだったんだろう?
紺野から受け取ったものが途端に薄っぺらいものであったように感じられて、俺が今まで渡していた先が実は虚空だったと気付かされたようで、心にヒビが入る。
「いいよもう。言うこと言ったし、いこ」
紺野がそう言い放ち、近藤はこちらを振り返りながら屋上を後にした。
恋愛の敗者。これで雨でも降っていればマシだったのに、こんな時に限って麗らかに空は晴れ渡っている。フラれても涙はでないもんだな、と心のどこかで思った。
言うなれば俺はさしずめ近藤を落とすまでの『キープくん』ということだったんだろう。
フラフラと、覚えてない道を辿って家に帰った俺はふさぎこんだ。幸いにも世は春休み。課題なんかは適当に終わらせて、あとは食って寝て風呂に入ってゲーム。しょっちゅうつるんでいた奴らから遊びのラインが飛んできもしたが、俺は何かと理由をつけてそれらを断り、時に無視した。
一年生の頃のグループには紺野もいたからだ。
もしかしたら近藤とよろしくやっていてグループから抜けたかもしれない。遊びのラインは建前で、俺のガス抜きという本音を隠し持っているのかもしれない。だけど紺野と鉢合わせてしまう危険性を俺は無視できなかった。
そうして三週間も経ち、久し振りに鏡を見た俺は笑う。
明新高校は進学校の割には校則が緩い。要は成果さえ出せば他は好きにしろという、放任の一種なのだろう。文化祭などもその傾向が顕著で四日近くお祭り騒ぎをする。準備と片付けを含めれば一週間超だ。
話が逸れたが、俺は髪を明るく染めていた。所謂高校デビューってやつだ。痛かったが我慢してピアスも開けた。適度に制服を着崩してイケてる奴らとワイワイ騒ぐ。もう古いかもしれないが、有体に言ってパリピだった。
それがどうだ。鏡に映る俺は髪がプリンでボサボサ。目の下にはクマができて不健康そう。伸びっぱなしの前髪の奥にある瞳は控えめに言って死んだ魚のそれ。
どこからどう見ても陰キャがそこにはいた。
「はは……っ」
何を背伸びしていたんだ、と鏡に映る俺が言った気がする。
俺は久し振りに外に出て髪を黒く染め直した。伸びっぱなしの髪は襟足だけ整えてそのまま。千円カットのお姉さんは俺の変な注文を疑問に思ったが「失恋したんです」と正直に言ったら黙った。「いいことあるよ」なんて安いお世辞はいらない。
よくつるんでいたグループから退会して、紺野は友達のリストから外す。制服はクリーニングに出して、ワイシャツはしっかりとアイロンをかける。無茶な付け方をして形が崩れていたネクタイはこの際にと新調した。
続けていたコンタクトはやめて、中学の時につけていた重たいメガネをかける。アマゾンで二年生の学習範囲をさらった問題集を購入し、早めに勉強をスタートさせておく。高校の人間関係は捨てて、やり直すなら大学に入ってからだろう。
俺はかつての俺がバカにしていた、「進学校らしい真面目くん」になった。
そうして春休みが明けた日。
『放課後、屋上に来てください』
そう、俺の下駄箱に手紙が入っていたんだ。
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