第13話 気密性の弊害~福田禎一の街づくり


 福田の自宅は、障害者就労支援施設「うみどり福祉会」の敷地北側に建つ。施設は、ありていに言えば長男隼人のために設立したようなものだっただけに、隼人と、実質的な運営者の母君代が通いやすいようにという配慮だった。


 木造一部二階の、典型的な多世代向け住宅。ただ、海沿いの田舎街だけに土地代が安いことから住宅には金を掛けた。例えば、一般的な住宅の廊下は90センチ幅だが、120センチ幅で普請した。住宅は軒先が壁面より突き出ていればいるほど「お屋敷っぽさ」が出るものだが、これも通常の倍ほどの60センチとした。


 福田が何よりこだわったのが気密性だった。住宅の肝は気密性にあると、元から考えていた。


 生まれ育った家は寒かった。断熱材などが一般的でなかった時代ということもあって壁面から隙間風が入り込み、破れ障子も体から熱を奪った。極貧と言っていい生活が気密性よりも日々の食事に気を向かせ、住宅に気を遣う余裕などなかった。


 長じるにつれて友人宅に遊びに行くようになり、その違いに愕然とする。内外の温度差など感じないで育ってきたが、家の中とはこれほどまでに暖かいものかと建築の重要性を思い知らされた。大工だった父親の影響もあったが、建設業を志した原点と言っていいかもしれない。


 そうした生育環境が、初めての自宅造りにも反映された。ペアガラスなど気密性を高めるための工夫を随所に施し、うみどり福祉会の設立から2年後、自慢の邸宅が完成した。海から1キロちょっとというロケーションから海風が強い土地だったが、建設会社の社長というポジションが風はもちろん、海鳴りさえ聞こえない頑丈な造りを可能にした。


 これが裏目に出た。


 大地震は福田宅も揺さぶったが、堅固な構造はびくともしなかった。とはいえ、家のそばで働く君代は内部の確認に走った。もし、何かがあったら、懸命に働いてこの家を建ててくれた長男に申し訳がない。おそらく巨大地震のせいで社長業が忙しく、自宅を顧みる余裕はなかろうという配慮もあったとみられる。


 家の中も無事だった。棚に置いてあった頂き物のウイスキーやらオブジェなどが落下するなどの被害はあったが、構造物の亀裂や破談といった深刻な影響は見られなかった。君代が胸を撫でおろしたところに、福田が顔を出した。


 「母ちゃん、大丈夫が」


 「何ともね。あんだの会社は道路やら橋やら、この街を造ってんだがら。家さオラ見っがら、早ぐ会社さ戻りんさい。もっと大事なこどばやんねば」


 促され、福田が踵を返した十数分後、巨大な黒い水の壁が福田邸に迫った。普段は青く穏やかな海が何百年かに一度の牙をむき出し、自慢の二階家に打ち付けた。現代建築技術の粋を集めた住宅はその大波にも耐え、一階部分が水没しながらも家の中に一滴の水さえ入れなかった。


 家の中にいた君代は最初、何が起きたか分からなかった。I市の広報車が何台も巡回し、津波への警戒と避難を呼びかけていたものの、堅牢な家屋がその音を阻んだ。地震被害の確認に集中していたこともあったかもしれない。


 「ド、ドーン!バン!」


 一段落して君代が落ち着いたところ、東側の壁が爆発でもしたかのように音を立てた。君代が驚いて窓を見やると、半分ほどの高さまで墨汁のような液体に浸されていた。真っ黒な水は見る間に嵩を増し、一階は真夜中のように暗がりに沈んだ。


 生死を分かつカウントダウンが始まった。


(続)

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