第7話 若頭、秘儀を発動す
魔王のおかげで、無事だった花子入りの金魚鉢を腕に抱える俺に「寝る所無いなら、泊まって行く?」と言う魔王の言葉に甘えれば、部屋用意してくれた。
部屋までの案内役にと骨を呼んだ魔王に礼を伝え、粗品だがと付け加えポケットに入っていた飴を渡した。
骨に案内され部屋へと向った。
かなり奥の方にある、魔王の間よりも大きな扉の前で骨は止まると「カタカタカタ」と歯を鳴らし、カコンと首の骨を鳴らして元の道を戻って行った。
「ここか」
骨の言葉は理解できないが、なんとなくここなのだと言われた気がして扉を開ける。
開いた扉から視界に映る景色に違和感を覚えるも、貸してくれたのだからとありがたく室内へ入った。
床の中央には赤い絨毯が敷かれ、それを辿り見れば……。
二本の角を持つヤギの顔に似た、人間っぽい顔がふたつ付いた豪華な椅子が鎮座している。
壁際へ視線を向ければ、椅子と同じような蝋燭立てが柱三本に一個の割合でつけられていた。
「うすきみわりーとこだなーおい」
室内をある程度見回し、そう独り言を呟き布団を探すが……どうみてもその部屋に布団やベットと言った
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ガチャガチャと金属が擦れるような音と誰かの話し声が聞こえる。
「……こ……が、魔王……しら?」
「……な……は、どうでも……い! まぞ……は、倒す……だ!」
ん~。誰だようっせーなぁー!
「おれは……マゾじゃねぇ……うーん」
「――っ! こいつ……!」
「あら、まぞ……じゃ……ドなの……ら?」
寝返りをうち、惰眠をむさぼろうとする俺の側で、耳障りな会話が続きそれに不快感を感じ、薄くまぶたを開いてみれば……見たことのない人間がそれぞれ武器を手に四人立っていた。
「う~~~~ん」
手足を伸ばし固まった身体をほぐしつつ、首を左右に振り頭を覚醒させた。
「動き出したぞっ! 皆気をつけろ! どんな攻撃してくるかわからないからなっ!」
「「「はいっ!」」」
なんだ、こいつら……つか、イケメンにマブ女三人か……世の中不公平だな。いけすかねー野郎だ……。
「貴様が魔王だな! 俺たちが相手だいざ、尋常に――「あ"ん? まずは、名乗るのが礼儀だろうがっ!」」
ここは一つ、軽く脅しでもかけてみるか。とヤクザらしい声音を意識して、名乗りを上げろとやつの話をぶったぎってみた。
「ひぃ! 何! キモイ」
「あら……素敵」
「ちょっとあんた、男なら誰でもいいわけ?」
「……」
ショートカットの短剣を持つ絶壁が、キモイといい。杖を持った巨乳が素敵だと言う。そして……中ぐらいの乳をした気が強そうな顔の女が、巨乳へと突っ込みを入れた。その後もギャーギャーと言いあう女たちを余所に、俺は男だけを見つめる。男と視線がかち合うものの……奴は無言を貫いている。
「皆、落ち着け!」
漸く言葉を口にしたと思えば、女達をなだめるための言葉だった。それを効いた女達が沈黙すると剣を構えたままゆっくりと息を吐き出した男は俺へ名乗りをあげた。
「俺の名は、ユーウウシャー! キャラリン様より魔王を討伐すべく神託を受けた勇者だ!」
「あたしは、ユーウウシャーの妻になる予定の盗賊。ハレンチよ!」
「わたくしは、いずれ玉の輿にのりたいと夢見る聖女。タマミリンよ!」
「最後は私、ユーウウシャーの婚約者兼幼馴染の女剣士。モジョリーナよ!」
なるほどな……勇者がユーウウシャーつぅ名前で……絶壁なのにハレンチか。居乳がタマミリン……調味料みてーな名前で、気の強そうなのがモジョリーナか……。
「そうかい。じゃぁ俺も名乗るとしようかねぇ」
そう言うと、椅子から立ち上がり両膝を曲げ左手を太ももに置く、右掌を上に向け相手に差しだす。
大きく息を吸い込み、親父直伝の口上をはじめた。
「車道連合会所属、城ヶ島組の会長補佐兼若頭をしております。
姓は斉藤。
名は竜馬と申します。どうぞ皆様、以後お見知りおきを!」
ふぅ~。決まったぜ。やっぱり親父直伝はすげーなぁ! 顎が外れんばかりに口を開いていかすこの口上に驚いてやがる。
「さて、お前たち魔王を打ち倒し、キャラリン様を女神にするぞ!」
そんな事を考えているうちに、勇者と名乗った男が女たちを振り返りキャラリンを女神にするとのたまった。こいつらはキャラリン推しか……キャラリンを見たこたーねぇが、メルディス(俺の嫁)の敵ってことだけは、はっきり判ったぜ。さっさと倒すに限る。
メルディスを悲しませるような奴らには天誅を下す必要がある。そうだよな、親父?
高い天井を見上げ、親父を思い浮かべれば薄いグラサンをかけ、片手にワイングラスを持ち、縦にラインの入ったいかすスーツを着た親父が、ブラインドをひと指し指で少しだけずらし頷くと俺のほうに視線を向け、大きく頷いた。
親父が頷いたってことは、倒していいってことだな! わかったぜ。そうだな……折角だ、未だ使ったことのない……秘儀を使って倒そう!
そう決断するとさっそくモーションを起すべくふー。大きく息を吐き出し数回深呼吸を繰り返す。
気合を入れて腕を伸ばし右手人さし指を天へと向けた。そこから時計回りに二回転させ、左足のかかとを立て突き出すようにして、右手を前に突き出し親指を立てる。
「秘儀☆見参」
と唱えた。すると、俺の左後ろにあった金魚鉢から、黄金色の光がぶわーーーと立ち上がる。
入っていたはずの花子が心配になり、金魚鉢へと近づこうとした刹那、金魚鉢からバシャーンと花子が飛び出すと、徐々に巨大化をはじめた。
「うぉぉぉぉ! ハナコォォォ!」
余の事に、花子を心配する叫び声を上げた俺を余所に花子が俺の10倍ほどの大きさになるとその口を開いた。
「兄貴! 助っ人にきやしだぜ!」
「どいつを倒せばいいんすか?」
「兄貴のためならなんでもしやすぜ。長ドスも用意してますぜ!」
花子の口から現れたのは……なんと50人は居るだろう舎弟たちだった。
それぞれの手には、木製バットや木刀、お玉なんやつもいりゃー、ボクシングクラブを手にはめたやつも居る。
ありがてぇ~。舎弟たちとの再会を喜びつつ、秘儀に感謝する。それと同時に
「おう! てめーら良く来てくれた。俺の女のために、この四人を倒すの手伝ってくれや!」
「「「「「「「ヘイ!」」」」」」」
そこからは早かった。一気に勇者たち四人を取り囲んだ舎弟たちが、呆然としていた勇者たちを簀巻きにして転がしていく。
「兄貴。こいつら東京湾に沈めますかい?」
舎弟の中でも一番ヤンチャなダイゴロウが聞いてきた。
さて、どうするか……まずは、迷惑料を支払わせねーとな……それからキャラリン推しからメルディス推しに変えさせねーと……うーん。こういう場合どうすればいいだ?
そこで、舎弟の中で一番のアイドルヲタである。みっちゃんに協力を仰ぐことを思いついた
「みっちゃん。頼みがあるんだがよー?」
「兄貴、俺にできることならなんでもしやすぜ!」
「おう。ありがとうな。実はなこいつら俺のメルディス(女)じゃねーキャラリンってやつを推してやがんだよ。それでな俺の女を推すようにしてーんだが、どうしたらいいと思う?」
「なるほど……それでしたらいい案がありますぜ!」
そう言うとみっちゃんは、ジョナサンを呼び内緒話をはじめた。ジョナサンが、親指を立て頷くと簀巻きにされ転がされた勇者たちの近くにしゃがみこむと、5円玉を紐に括りつけた物を取り出しそれを揺らしはじめた。
「あなたは、段々ねむくな~~~る。次に目覚めた時にはメルディス推しにな~~~る」そう繰り返し言うこと10分。勇者たちはゴーゴーと寝息をあげ眠りはじめ、ひも付きの5円玉をポケットに直したジョナサンが、拍手を打つと同時に勇者たちが目覚めた。
それを確認したジョナサンが勇者たちにこう聞いた。
「おめーさんがたは、キャラリン推しか? それともメルディス推しか?」
迷うことなく勇者たちは「メルディス様推しです!」と答えた。それとほぼ同時に勇者たちの着ていた防具やら武器やらが消える。ただの村人となった勇者たちは、まるで記憶をなくたかのように立ち上がると簀巻きにされたまま部屋を出て行ってしまった。
「うぉぉぉぉ!」と一人の舎弟が叫び声をあげる。何が起こったのかと視線を向ければ周囲にいた舎弟たちが金色の光につつまれ、次々叫び声を上げはじめた。
「兄貴~! どうやら別れの時のようです。どうぞ、どうぞお達者で! いつでも――」
側にいたみっちゃんが、中途半端に言葉を残し消えると他の舎弟たちも次々と消えてしまう。
あれだけいた舎弟たちが消え、勇者が去った室内には……普通サイズに戻った花子がピチピチ水を求め跳ねていた。
花子を金魚鉢に戻し、椅子へ座り侘しさを感じ黄昏ていた俺耳にメルディスの声が聞こえた。聞こえた方へ視線を動かせば天井から、初めて会ったときの姿をしたメルディスがゆっくりと降りてきた。
あぁ、やっぱこいつはマブだなぁ~。そう思いつつメルディスの側へと移動する。
『うふふっ。竜馬さん。ありがとうございます』
「おぉ! メルディス! おめーに会いたいと思ってたんだ」
『竜馬さんが勇者を倒してくださいましたおかげで……この世界の女神になることができました』
「そうか、そいつは良かったな!」
『えぇ。それで……私と竜馬さんの結婚についてですが……私が女神じゃなくなるまで保留と言うことでよろしいですよね?』
「はっ?」
『あら、お約束しましたわよね? 女神でなくなったらと……』
「あぁ、確かにそんな話だったな」
『うふふ。やっぱり竜馬さんのことは好きですわ。
私が女神でなくなるその日まで待っていてくださいますか?』
「おう。男に二言はねぇ~」
『ありがとうございます。では、仕事に戻りますね』
「おう。きばってこい」
そう言ってメルディスを見送り、ある女の言葉を思い出した。
いい女つーのはそうそう自分を差し出したりしねーって、六本木クラブ、ハゲマンティスのママが言ってたが本当にその通りなんだな……。
約束しちまったもんは仕方ねーな。
結局、許してしまう自分に呆れつつ竜馬はガシガシと頭を掻いた。
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