第77話
寅彦は行く道で龍介から、漸く詳しい説明を聞いた。
「分かったけど、本当に危ねえじゃねえかよ…。」
「だから寅は鍵開けるだけでいい。」
「なっ…、何言ってんだよ!俺も行く!」
「防護服は2着。つまり、俺と瑠璃の分しか無い。寅は安全な所で待機。」
「おい!」
「んじゃ、お手並み拝見。宜しくお願いします。」
寅彦は龍介を睨み付けると、電子ロックを難なく開けてしまった。
龍介がニヤリと笑った。
「流石寅。」
しかし、寅彦はいつもの様に得意気にはならない。
「龍…。マジで…。」
「マジで来ねえ様に。来たら落とすぞ。」
笑って冗談めかしてはいるが、目は本気だった。
「ー分かったよ…。」
龍介は直ぐに行こうとする。
「おい。防護服は。」
「アレ着たら動きづれえし、音が出る。瑠璃見つけたら着るよ。」
「本当に着ろよ!?」
「分かってる。本当に有難う。何があるか分かんねえから風上の遠くに居てくれ。な?」
「ーああ…。」
ダウンも音が出ると言って、着ていたダウンも脱ぎ、残される不満と龍介への心配で一杯の寅彦を残し、龍介は謎の建物に入って行った。
建物の中は、なんとなく明るかった。
ところどころ電球は切れている様だが、明かりはあるにはあるという感じだ。
相当長い間掃除をしていない様子で、天井の隅の至る所に蜘蛛の巣が張り、大きな埃が廊下の隅に相当量溜まっていた。
扉の前には長い廊下が続いていた。
直ぐ右手に階段があるが、埃の様子や物置きにされている事から、人が通ったとは思いにくいので、廊下をそのまま進んだ。
左手に上部がガラスになっているドアがあった。
そっと覗いてみたが、よく分からない研究機材にカバーが被せられ、蜘蛛の巣も張っている様で、一見して使われていない事が分かる。
人の気配もしないが、瑠璃が監禁されている可能性もあるので、ドアの鍵を道具を使って開け、懐中電灯を咥えて這って捜索したが、ここに瑠璃は居ない様だ。
そっと出て、また歩き出す。
一部屋が相当大きいらしく、暫く行った隣の部屋とその前の部屋で、この階の部屋は終わりの様だ。
隣の部屋にも、その真ん前の部屋にも明かりが点いているので、龍介は慎重にガラス窓から中を覗いた。
隣の部屋には、ざっと見たところ、人影は無い。
一方、真ん前の部屋は厨房と食堂らしく、男が動いているのが見える。
龍介はサッと身を隠し、隣の部屋の方の鍵をさっきと同様に道具を使って開け、男が向こうを向いている間にそっと入り、先程同様、匍匐前進で進んだ。
この部屋は研究室であり、又、居室としても使われている様で、研究機材の他、薬品棚にベットまで置いてあった。
しかもどうやったらここまで出来るんだと思う程の乱雑ぶりだ。
それでも、何かは作っているのか、研究機材は稼働している音がしている。
龍介は焦りながらも必死に瑠璃を探した。
そしてやっと奥の方の柱に括り付けられている瑠璃を見つけた。
「瑠璃っ。」
短く低い声で呼ぶと、瑠璃が振り返った。
猿轡をされている。
今度はしゃがんだまま猛スピードで近付き、猿轡や手足を縛っているロープを外した。
「ごめんな…。怖かったろ…。」
「私こそごめんなさい。家で待ってろって言われたのに、出てたから…。」
龍介は微笑んで首を横に振り、瑠璃を心配そうに見つめた。
「何もされてない?大丈夫か?」
「うん。ここに縛られただけ。セイラは?セイラは居た?迷子になってない?」
「俺を待っててくれたよ。瑠璃が連れ去られたのも教えてくれた。家で待ってるよ。」
「良かった…。」
「じゃあ、念のため、これ着てから出よう。」
龍介は瑠璃に防護服を着せた。
普通こんな物は、見る事も着る事も無いのだから、着方が分からないのは当たり前なので、着せてやり、自分も着ようとしたが、着る事は出来なかった。
「またお前か!」
男がカレーの様な皿を2つ載せたトレーを手に、部屋に入って来てしまったからだ。
龍介は静かに立ち上がり、パタパタ竹刀をガチャリと言わせて開いた。
その頃、居ても立っても居られなかった寅彦は、風上にある、元同級生のマンションの屋上に居た。
ここからなら、肉眼で元細菌兵器工場の瑠璃のマンション側の龍介が入った植え込みが見えるからだ。
その上で、何か出来ないかと必死にパソコンで探っていた。
「図書館管轄って事は、監視カメラ位あるよな…。」
ところが、建物から監視カメラが何処かに送られている形跡はどう探しても見つからない。
「設置してねえって事は無えよな…。中で気付いて切ったのか…。」
仕方が無いので、建物の外側を探す。
あるにはあったが、防護壁が半端じゃない。
「なんだこの防護壁…。まあ、そりゃそうか、図書館だもんな…。
ん…?て事は親父がやってんだよな…。
あの人の癖…。ほら、あった!」
防護壁を作るにも、その人の癖の様な物が出る。
従って、それを知っていれば、解けるには解けるのだが…。
「うえええ…。これじゃ最短でも6時間はかかるぜ…。やってくれんなあ、親父…。」
「当たり前じゃないか。」
突然した加来の声に、寅彦は尻から飛び上がってしまった。
「うわあ!なんで親父!?」
「龍介君が乗り込んだって聞いたから、お前もサポートで来てるかなと思ってさ。
やっぱり、龍介君は入れてくんなかったか。」
「そうなんだよ。いっつも1人でひっ被る。」
「男のメンツなんじゃないのか。今回のは特に。」
「メンツ?」
「そう。龍介君、不安がってた瑠璃ちゃんに、お前は俺が必ず守るって言ったんだってさ。
守ってやれなかったっていうのが、自分で許せないんじゃないのかな。
だから1人で助けたいんじゃないの?」
「はああ…。なるほど…。ところで、大丈夫なんだろうな?龍と唐沢は。」
「ーま、大丈夫でしょ。」
不審気に加来を見つつ、寅彦は監視カメラの疑問をぶつけた。
「中の監視カメラは?」
「アレ、奴が壊しちゃったんだよ。」
「つーか、奴って何者?龍が捕まえて、先生が連れてったんじゃねえの?」
「アイツはこの元細菌兵器工場の所長だった男なんだ。
顧問がもう好きにさせとくのはまずいだろって言うんで、風呂入れて、薬打って、大人しくさせて、ベットに縛り付けて置いた筈なんだけどさあ…。
奴、薬のプロみたいなもんだし、自分の身体で実験してたらしいからさ…。
耐性が出来てて、本当は全然効いてなかったらしいんだな。
どうしてもトイレ行きたいって言うし、大人しくなってるし、ボーっとなって、どう見ても薬効いてる状態で1ヶ月も経ってるから大丈夫だろうって、見張りも思っちゃったらしくてね。
トイレ連れてったらそのまま脱走。
で、すぐ瑠璃ちゃんを誘拐したらしい。」
「なんでそんなに唐沢に固執してんの?凄え執念じゃん。1ヶ月も薬が効いたフリして機会を伺ってたって事だろ?」
「ーどこまで狂ってるんだか分かんないんだけどさ…。
瑠璃ちゃんは、アイツの死んじゃった奥さんに似てるんだよ。昔はマトモな男だったから、奥さんもちゃんと居たんだ。」
「へえ…。」
「でも、研究に没頭してる間に逃げられちゃった。
でも、逃げられたとは思いたくないからなのか、もうおかしくなり始めてたのか、奥さんは誰かに連れ去られたって思い込んでた。
だから瑠璃ちゃん見た時、奥さんを見つけたって感じだったのかもな。」
「えー?だって、年が随分違うんだろ?」
「56。顧問と同い年。奥さんだってそれ位。でももう常人には分からない世界に入っちゃってる狂った奴だから、疑問には思わないんだろう。」
「ーそれじゃあ…、そいつにとって、唐沢は自分の奥さんなんだとしたら、龍は…。」
「愛妻を奪おうとする超超超~っ、憎い敵だろうなあ。」
寅彦は真っ青になって、のほほんと軽く言い放つ加来を揺さぶった。
「やべえじゃねえかよ!んな、のほほんとしてる場合か!親父!」
「はっはっはっ。」
「笑ってる場合じゃねえだろお!?」
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