第75話
それから暫くして、悟と朱雀が、この間助けて貰った礼をしたいと言うので、瑠璃と鸞も一緒に、とうとう基地にご招待の運びとなった。
「はああ!なるほど!ここに集まってたのね!」
誰の家にも居ない様なのに、集まって何かをしている様なので、ずっと不思議に思っていた瑠璃がそう言う横で、鸞はキョロキョロと基地の中を見回している。
「凄いわね。よく出来てるわ。あったかいなと思ったら、エアコンまで付いてるし、見た目も凄く可愛いし。」
何も言えず、目を逸らす亀一。
「でも、隣のボロ屋はなあに?前からあったの?」
素直な感想が、亀一の胸をグリグリとえぐる。
「どうしたの?きいっちゃん。さっきから顔色が悪いわ。」
とうとう堪り兼ねて龍介達が笑い出し、寅彦が説明を始めた。
「実は、俺達が作ったのは、隣のボロ屋の方なんだ。
こっちは、加納先生がポチの為に作ったけど、ポチが入らねえって言うから貰った。
だから、エアコンの取り付け金具まで付いてたと。」
「あ…あああ…。ご、ごめんね、きいっちゃん…。」
亀一は涙目で鸞を見つめた。
「鸞ちゃん!」
「は、はい!」
「俺は本当はこういうの作りたかったんだよ!
だから、設計図だってちゃんと描いたし、材料リストだって事細かく書き出したのに、全て、この平成ズボラ男の龍が、台無しにしてくれたんだあ!」
「な、なるほどね…。」
「分かってるう!?」
「わ、分かってますわよ…。そ、そうなんだ…。えー、なんて言えばいいのかしら…。大変だったわね…。」
龍介が笑いながら2人のレディーを座らせ、軽く言った。
「まあいいじゃん、きいっちゃん。昔の話だ。」
「昔にすんなあ!ほんの一年半前だあ!」
「いいだろ?物置として機能してんだから。」
すると朱雀まで、
「そうそう。そんな昔の事をいつまでもグチグチと言う男は嫌われるよ?
じゃ、みんな食べてね。
鸞ちゃんは日本食、あんまり知らないって聞いたから、今日は和菓子のお店のフルコース。」
と言い、悟も香ばしくいい匂いの包みを出し、その話は終わりにしてしまった。
「と、焼き鳥。」
「ええー?いいのかしら?私、何もしてないのに?」
「いいんだよ。つがいの寅がしてくれたんだから。」
「つがいってなあに?コレ?」
と、戸棚の蝶番を指差す。
悟が笑いながら首を横に振った。
「それはチョウツガイ。朱雀が言ってるつがいは、お付き合いしてる仲良しさんて事。」
「ああ!なるほどね!では遠慮なく。」
茶道部に入っているらしい朱雀が抹茶までたててくれ、美しい和菓子にお腹に溜まるどら焼きから、お赤飯、そして焼き鳥を食べ始め、鸞は出される度に京極に写メっている。
「鸞、組長全部知ってると思うけどなあ…。大学まで日本に住んでたんだから…。」
「でも、うちのお父さんが焼き鳥かじってるの、想像出来る?」
一応、全員京極の顔は知っているので、全員で必死に想像してみたが、確かに想像出来ず、一斉に首を捻った。
「ね?きっと知らないのよ。こんな美味しい物を。私にも食べさせてくれなかったし。」
「鸞ちゃんは何を食べて生きて来たの…?」
朱雀が聞くと、予想通りの答えだった。
「メイドさんが作ってくれるフランスの家庭料理よ。
日本にも中学入る時に初めて来たの。
だから日本語は話せるけど、日本食の事は殆ど知らないわ。
お寿司もその時、初めて食べたのよ。」
やはり異世界の人だった。
「ところで、この間の事って、聞いてもいい?」
鸞が悟と朱雀に聞くと、一瞬にして青い顔になってしまった寅彦以外の全員が頷いた。
それを見て、悟と朱雀は頷き合い、朱雀が話し始めた。
「なんか帰りにさ、浦島さんと佐藤さんが2人であの祠に行こうって言ってるの聞こえたから、噂もあったし、気になって悟と尾けて行ったんだ。
で、やっぱり祠に入ろうとするから、何する気?って聞いたら、いきなり、唐沢さんの事殺して下さい!って叫んだから、僕達頭来ちゃって、何してんだよって引っ捕まえたら、祠の裏から、そうだな…。
2メートルは超えてたかな?
それぐらいの大きさの蓑っていうの?
ワラのマントみたいなの被った、変なのが出てきたんだ。
顔は正直見えなかったんだか、無かったんだか、分からない。
そいつが『見所がある奴だ。特別に願いを叶えてやるから来い。』って言ってさぁ。
あいつら付いて行こうとするから、悟とガミガミ怒って止めたんだけど、聞かない。
で、悟が言ったんだ。
『ほっとけよ、どうせ騙されてるんだ。あんな悪そうな奴が、願い事なんか叶える筈無い。』って。
でも、そうなると、あの子達が命取られるんじゃないかって、僕思ってさ。」
瑠璃が頷いた。
「だと思うわ。佐々木君も柏木君もよく分かってると思う。」
「ほんと?それでね、僕が手を離さなかったら、一緒に、なんかこの世界なんだけど違う、変な所に入っちゃって、悟も僕が消えそうになったから、急いで僕の制服掴んで一緒に来てくれたんだ。」
「そうしてお化けの世界に入ったのね。私の為に…。ごめんなさい…。それで?」
「いいんだってば。
そしたら誘い込んだ変なのが、ここで待ってろって祠の前の道路を指差すから暫く居たら、向こうから妖怪だの、さっきの奴みたいなのが、大勢で来るんだ。
『今日は人間が4人も食えるぞ』なんて言ってる。
見つかったら食べられちゃうと思って、彼女達引っ張って、息を殺して祠の陰に隠れたんだ。
行列は空が明るくなるまで終わらなくて、本当に怖くて、もう生きて帰れないかと思ったよ。
だから、3人共、本当に有難う。
それに唐沢さんのママさんも。」
「そんなうちの母なんて。何も出来なかったって、未だに申し訳ないって言ってるわ。」
「ううん。だって、ママさんが教えてくれなかったら、いくら龍でもって話だもん。」
「その通り。どうしようもなかったぜ。下手したら、夜中に祠に突っ込んで、共倒れになってたかも知れねえ。」
「でしょう?」
「でも、あの日、わざわざお礼に寄ってくれたんだから、もういいのよ。
母も言ってたけど、それもこれも私の為だったんだから、こちらこそお礼をしなきゃなのに。」
似合わない焼き鳥をモグモグしながら、鸞があっけらかんと言った。
「それじゃ、お互い様って事でいいんじゃなあい?ところでこれ、美味しい。私、焼き鳥の中では、このミートボールが一番好き。」
「鸞、そのミートボールはつくねという。」
「つくねね。あら、どうしたの、寅。さっきから顔色は悪いし、食べないし。お腹でも痛いの?」
「に、苦手なんだ。」
「何が?焼き鳥?じゃあ私が食べてあげる。取り敢えずつくねから頂戴。」
どう考えても違うので、龍介が笑った。
「寅、お化け系の話、好きじゃねえんだよな。」
「そうなんだよ…。」
「あら。どうして?怖いの?
怖くないのよ、あんなの。
生きてる人間の方がよっぽど怖いぜって、お父さんに笑われちゃうわよ?」
「は⁈組長見える人なの⁈」
「いいえ、全く。
ただ、一度、お城の見学に行って、一緒に回ってた人がお化け見たって騒ぎだした時に、『うるせえ!今は生きてる人間の時間なんだよ!てめえらもガタガタ騒ぐな!生きてる人間の方が強えんだあ!』って、怒鳴りつけたら、見えてた人が居なくなったって言ってたわ。
だから、お父さんの言う事、間違ってないのかなと思って。」
皆、呆然としてしまったが、龍介と瑠璃だけは笑っている。
「流石京極さんて感じだな。確かにそんな気がする。お化けには実体は無えけど、人間にはあるもん。」
「ほんとね。うちのお母さんがよく言ってる事よ、それ。」
「じゃあ、間違ってなかったのね。良かったわ。」
お気に入りジャパニーズミートボールをモヒモヒと食べながら平然と言う鸞も、かなり肝が座っている。
流石京極組長の娘といったところか。
「鸞ちゃんて、ものすんごく綺麗な子だけど、ズバズバ言うし、自由人だし、結構変わってるよねえ。加来はどんなところが好きになったのかね…。」
寅彦が鸞を送る為、逆方向へ行ってしまうと、悟が言った。
「知らねえ。」
間髪を容れずにそう言う龍介を、ため息混じりに見る。
「あんたに聞く訳ないでしょうよ。」
確かに言えてるとばかりに頷きながら、亀一が答えた。
「俺も聞いてみた事がある。」
「へえ。なんだって?」
「なんかピンと来たんだと。コレだあ!って。
それこそ龍じゃねえけど、アキバで掘り出し物に巡り会えた時の様な感覚だったんだってさ。
それから中身知っても、がっくりする事も無く、面白いとか可愛いなと思えるらしいから、まあ、運命の出会いだったんじゃねえの?。」
「へえー。そうなんだ…。羨ましいなあ、この年で運命の出会いに巡り会えるなんて。」
龍介が瑠璃を隠す様にして、悟を横目でじっと見つめた。
「お前…。瑠璃諦めて、他に好きな子が出来たとか言ってなかったか…。」
「気になる位で、好きってほどじゃ…って、ちょっとお!唐沢さん隠さなくたって大丈夫だよ!もう諦めました!」
「ならいいが…。」
まだ不審気に見ている。
「加納さ、例えばどうなのよ。」
「は?」
「例えば唐沢さんが、他の男を好きになって、そいつと付き合う様になって、加納とはもう会わなくなったら。」
龍介はわざわざ立ち止まった。
立ち止まってまで考え込むのはかなり珍しい事なので、皆、一緒に立ち止まって固唾を飲んで答えを待った。
「ーそれは嫌だ。」
遂に滝で洗い流した煩悩が復活したのかと、誰もが期待して続きを待った。
龍介は瑠璃を見つめた。
真剣ではあるが、なんだか捨てられた子犬の様な悲しげな目をしているのが、亀一には引っかからなくもなかったが、黙って見守る。
「もうちょっと一緒に遊んでたいから、そういうのは、先にしてもらえないだろうか…。」
ーやっぱり分かってないんだあ〜!
亀一と悟は頭を抱え、朱雀は泣き叫び、瑠璃はめまいを起こした。
期待した分、瑠璃の衝撃は計り知れない。
龍介は何事かと瑠璃を支えて、抱きかかえた。
「大丈夫か!?どうした!?」
ーどうしたもこうしたも無いわああ〜!
全員の心の叫びは、やはり龍介には届かず、優しい瑠璃は、今日もまた龍介に合わせた。
「うん。ずっと龍と遊んでる…。」
龍介は嬉しそうに笑った。
「良かった!だからお前大好き!」
目をぎゅっと閉じて、涙を浮かべながら、それでも微笑んで頷く瑠璃が痛々しい。
「ー本当にその男でいいのか…。唐沢よ…。」
亀一の呟きに激しく頷く2人の前で、道端でほぼ抱き合って、どう見ても表面上は恋人同士にしか見えないのが、余計切ない。
「長岡…。これはなんとかしてやろうよ。あまりに唐沢さんが可哀想だよ。」
「そうは言っても、失った煩悩なんて、どうやって回復させりゃいいんだよ…。」
「ーあのさ、加納は煩悩を失っちゃった訳?疎いとか鈍いってだけでなく?」
「そう。いやらしい事にも全く興味が無え。女の裸なんて見向きもしねえし、映画とかで裸なんか映ったら飛ばすんだぜ?話に関係無えだろとか言って。」
「嘘…。思春期の男なのか、本当に…。」
「だから超難問だっつってんの。」
「うーん…。でもあれじゃあ唐沢さんが…。」
「それは俺も思う…。この原因を作った先生も交えて、なんか分かりそうな気もする唐沢のお袋さんも巻き込んで、プロジェクトを立ち上げよう…。」
冬の夕暮れの道端で、3人は円陣を組んで、小さな声で誓い合うのだった。
最近月に1度は必ず行っているチェロのコンサートの帰り道の事だった。
瑠璃を送って行った龍介は、人の気配に振り返った。
振り返った時には誰も居なかったが、サッと隠れた感じがした。
龍介は瑠璃からそっと離れ、人の気配がした電柱からの死角に入ると、音も無く移動し、電柱の陰に潜んでいた男の腕を掴んだ。
「離せえ!何をするんだあ!」
男は異臭といってもいいぐらい臭かった。
そして、ボロボロの白衣を着ていて、眼鏡は曇り、その眼鏡の奥の目は血走って、とても正気とは思えない。
「それはこっちのセリフだ!あんたこそこんなところからコソコソ覗いて何してやがる!」
「うるさい!お前なんかに関係無い!」
「名前は!?住所は!?瑠璃!爺ちゃんに警察呼んで貰ってくれ!」
男は龍介を振り払い、必死に逃げようともがいているが、男自身が龍介位の背丈しか無い上、酷く貧相な身体付きをしているせいもあり、龍介の力には到底太刀打ち出来ないようで、組み敷かれたまま、動けず、只管騒いでいる。
瑠璃の知らせで直ぐに竜朗が駆け付けた。
ところが竜朗は、男を見ると、参ったなとでもいう様な顔をして、頭を掻いた。
「何やってんだよ、こんなところで…。下界には出て来ねえんじゃなかったのかよ…。」
「爺ちゃん、知り合いなの?」
「知り合いとは言いたかねえが、そんなもんだ…。龍、こいつ落としてくれ。警察じゃちとマズイ。」
竜朗はそう言うと、図書館に電話し、車から出してきたビニールシートで龍介が落とした男を包むと、担ぎ上げ、トランクに入れた。
「コレ、内緒なー?」
そう言って、男を乗せたまま何処へかと走り去って行ってしまった。
「なんだ…。一体…。」
「本当ね…。狂っちゃってる人みたいだったね…。」
「ああ。あの目は正気じゃねえな…。あそこまで臭う程風呂にも入らずに居られんのだけでも異常な気がするが。」
「そうね…。」
「でもアイツ、多分お前の事見てた。爺ちゃんが連れてったから、多分大丈夫とは思うけど、万が一って事もある。絶対1人で歩くなよ?出掛ける時は俺呼べ。」
「そんなの申し訳ないわ。」
「いいから。絶対呼べよ。」
「うん…。」
頼もしい龍介の親切は、いつもなら踊り出してしまいそうになる程嬉しいだけなのに、今日はあの狂気の目を見たせいか、不安で堪らず、とても喜んでいる気分にはなれなかった。
龍介が瑠璃を心配そうに見て、頭を撫でた。
「怖いか?」
「ーうん…。ごめんなさい…。」
龍介は瑠璃に笑い掛けて、いつもの様に言った。
「お前は俺が必ず守る。絶対に。」
龍介の笑顔は、何故か安心出来てしまうから不思議だ。
瑠璃は微笑むと頷いた。
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