第65話

龍彦が恥ずかしい旅立ちをした翌日、学校帰りの龍介は、空色と夕焼け色が入り混じり、ピンク色になった空を見ながら、ぼんやり歩いていた。


「どした。」


瑠璃と鸞を家まで送って、寅彦と3人になった途端、亀一が聞いた。


「ーへ?。」


「珍しくぼんやりしてるじゃねえか。先生から聞いた事か。」


「ーん!?。」


何故亀一が、一昨日龍介が竜朗から色々聞いたのを知っているのか、よく分からなくて、どう返事をしたらいいのかも分からず、驚いて聞き返すと、亀一はニヤリと笑った。


「俺さあ、夏休みに麗子ばばあんち行ったついでに、麗子ばばあんちのご先祖様の墓参り行ったんだよ。」


「ーまさか、高輪の…?。」


「そう。そんで卒塔婆見てたら、加納家、しずかちゃんの両親、京極家って、全員同じ日に亡くなってんじゃん。一緒に行ったお袋に聞きまくってたんだが、教えてくれねえ。

俺があんましつこいせいか、先生に電話して、暫く話してから、突然教えてくれたから、なんでだって聞いたら、龍も聞いたから、同じ範囲でってさ。」


「そうなのか…。」


寅彦は自分から聞く性格でも無いし、高輪の寺にも行った事がなかったので、ポカンとしている。


寅彦なら大丈夫だろうと、2人は教えて貰った事だけ話した。


「他の人のは具体的なのに、なんで加納先生のお父さんの話だけボカすんだろうな…。」


寅彦も同じ疑問を持った様で、そう言った。

だが、龍介は話を終わらせに入る。


「爺ちゃん、言いたくねえ感じした。多分、父さんと不仲の原因な気がする。

いくら爺ちゃんでも、過去の傷ほじくり返す様な真似は避けたい。

つー訳で、時期が来るまで、この件は置いとこう。」


珍しく亀一も納得するが、突然ニヤリと笑い出した。

目線は龍介。


「なんだよ。きいっちゃん。」


いつもの鋭い目で龍介が睨むが、亀一のニヤリ顔はそのままだ。


「いや〜。週末スポーツ大会だなと思ってさあ。また、おめえの親父がやらかすんじゃねえかとね。」


亀一は、小学校最後の運動会で、龍太郎が、恥ずかしい大きな旗を振り回し、保護者競技で柏木と死闘を繰り広げた事を言っているのだ。


「父さんには箝口令敷いてるから、大丈夫だよ!。これから6年間、あれを背負って生きてって溜まるかあ!。」




ところが…。


龍介は学校のグラウンドの生徒席の隅っこで、小さくなってうずくまっていた。


今日は秋のスポーツ大会である。


英学園には、体育祭というものは無い。

その代わり、秋に一度、スポーツ大会というものがある。

競技は3つしか無い。

男子のラグビー大会と、女子の剣道大会、そして部活対抗リレー。

それだけ。


それだけではあるのだが、龍彦は仕事をやり繰りしてわざわざ来てくれた。

それは嬉しい。

本当に心から。


だが、それを吹き飛ばして、龍介を深い悲しみのどん底に突き落としたのは、やはりこの男ー龍太郎だった。


お手製の大きな旗は、小学校の時の運動会よりもバージョンアップされ、大きさも横1.5メートル、縦1メートルとなり、金のモールで縁取られ、旗そのものは真っ赤。

そこに黒い文字に金の縁取りをして、龍介くん頑張って!父よりと書かれ、ピンクのでっかいハートが付いていて、目立ちまくりである。


しかも、事態を更に悪化させているのは、龍彦だった。


「てめえ!嫌がらせか、それ!龍介が可哀想だろうが!」


べっチーん!


「うるさい!俺の愛情表現にケチつけるなあ!」


べっチーン!


「何が愛情表現だあ!龍介見てみろお!あんな所ですんげえ小さくなってんじゃねえかよ!」


べっチーン!


当然、周りの人間、全員が龍介に注目。


亀一と寅彦が苦笑しながら声をかけた。


「もう居直るしかねえだろ、龍。」


そう言った亀一を涙目で見つめる。


「どうして父さんにばれたんだよ…。箝口令敷いといたのに…。」


寅彦がパッと目を逸らした。


「寅!?寅なのかよ!」


「ご、ごめん…。すげえパーツくれるって言われて、つい…。」


ガッと立ち上がり、寅彦の胸倉を掴み、叫びまくる龍介。

さっきよりも大注目。


「俺との友情はパーツよりも軽いのか!?ええ!?」


「ごめん…。ちょっとアキバじゃ手に入らねえCPUで、つい…。」


「酷えええ!酷えよ!寅あああ!」


「ごめん、ごめんな、龍。」


「うわあああ!もう嫌だああ!俺の6年間はこれで真っ暗闇だああ!もうイギリス行くうううー!」


「落ち着けって龍、余計目立ってるぞ。」


亀一の言葉にハッと振り返ると、生徒達のみならず、応援席の父兄まで笑いながら見ている。


「それに、あの親父のこったから、イギリス行ってもアレやるぜ?逃げられねえんだよ、お前はもう…。」


亀一の一言に、龍介は真っ青になって、目眩を起こして倒れてしまった。

かなりショックだったらしい。




一応、グラウンドで集合し、開会式をやった後は、先にやる女子の剣道大会を体育館に全員で観に行く。

フラフラの龍介を抱え、亀一はなんとか気を紛らわせさせようと言った。


「ほれ、お前の弟子の立合い、ちゃんと見とかないとだろ?」


実は、剣道の試合があるという事で、瑠璃はここ2週間ばかり、龍介に稽古をつけてもらいに来ていた。


鸞の入れ知恵らしいから、純粋に剣道大会で勝つつもりではなかった様だが、筋も悪くないので、龍介の方は勝たせる気で指導していた。


尤も、瑠璃が仮に強くなれたとしても、強敵が居るから、中等部優勝を狙うのは少々キツイかもしれない。


一応、女子剣道部もあるにはあるし。


しかし、多分、その女子剣道部の面々よりも、下手したら高等部の先輩方よりも、その強敵は強いかもしれない。


その強敵とは、鸞である。


京極仕込みの鸞の剣道は、小さな身体を生かした素早い動きと、キレの良さが強みの、しずかタイプの剣道だ。

美しい顔からは想像も付かないほど強い。


瑠璃も身体は小さいし、意外と素早い動きが出来るので、その路線を狙ったが、いかんせん2週間程度では高が知れている。


応援も虚しく、やはり一回戦で剣道部のでっかい女の子に負けてしまった。


しかし鸞は順調に勝ち抜いて行って、瑠璃を負かせたでっかい女の子にも勝ってしまい、中等部優勝を果たし、クラスも優勝させてしまった。


「うーん、勿体ねえな、鸞ちゃん。なんで剣道部にも入らず、プライベートでもやらねえんだ?」


唸る龍介師範に、寅彦が説明。


「筋肉ムキムキになりたくねえのと、集中し過ぎてくたびれちまうんだと。ほら…。ああ、大丈夫かな…。」


言ってる側から鸞は優勝旗を手に、クラスメートに賞賛されながら、体育館の床に横になって、動かなくなってしまった。


「体力ねえんだな…。京極さん譲り?」


「うん。あんま身体丈夫じゃねえから、気にしてやってくれって組長が言ってた。」


「京極家の人は美しく、病弱なのか…。本当、あの元局長は突然変異体だな。」


龍介の呟きに、亀一が思い出して苦笑している。




高等部の剣道大会も終わった。

何せ女子は少ない。

勝ち抜き戦も10組づつ位でやっても、1時間半位で終わってしまう。


そして再びグラウンドに移動し、男子のラグビー大会になる。


英学園はイギリスのケンブリッチをお手本にしているらしく、男子は質実剛健を教育目標に掲げ、体育も6割ラグビー、3割剣道、残り1割が走ったりする普通の体育と、かなり偏ったカリキュラムを組んでいる。

寄って、体育系の部活動もラグビー部と剣道部とテニス部、サッカー部しか無い。

内、テニス部とサッカー部は同好会であり、正規の部活動では無かったりするので、入学案内にはその旨書いてあり、その他の部活動がしたい人の入学はお勧め出来ませんとまで書いてある。


創始者も歴代の校長も、かなりのラグビー愛好者らしく、竜朗が入学した頃から、体操服はラグビーのユニフォームというこだわり様である。


女子なんかは、薙刀部と剣道部しか無いという有様だ。

授業も薙刀と剣道しかやらない。


文科系の部活動は同好会を含めるとかなりの数に上るのだが、運動系は敷地面積の関係もあってか、そんな感じになっている。


そういう訳で、剣道大会とラグビー大会というスポーツ大会になっているのだった。


男子はそこそこの人数が居るし、クラス対抗でもある為、少々時間がかかるので、準決勝戦からは、昼食を挟んで午後になるが、龍介達のクラスは今の所勝ち進んでいる。


龍介の唯一の救いは、昼食時間は親とはバラバラで、クラスで食べられる事だった。


去年の様に、応援旗を振り回す龍太郎に、でっかい声で呼ばれずに済む。


しかし、龍介が試合に出ている最中、凄まじい勢いで振られていたので、クラスメートの笑いを含んだ目が痛い。


ほとんど食べずに項垂れている龍介の唐揚げを摘みながら、亀一が笑った。


「そう気落ちすんなよ。ああ!しずかちゃんの唐揚げ最高!早く食わねえと、食っちまうぞー?」


言われて慌てて口に放り込み、ハムスターの様になってしまった。

あまりに可愛い顔になっているので、今度は寅彦と亀一に笑われる。


「まあ、そう気にすんなよ。うちの学校の奴ら、賢くて大人しいの多いから、変にからかってくる奴なんか居ねえよ。」


寅彦が言うと、亀一も頷いた。

小学校の時は、何人かの命知らずのバカがからかって来たが、言うまでも無く龍介の逆鱗に触れ、一生後悔するような恐ろしい目に遭った者続出だったが、確かに英学園にはそういうのは居そうにない。


しかし龍介の顔は晴れない。


「そういう問題だけでなく、今現在恥ずかしいんだっつーの。中学生にもなって、俺ピンポイントで、しかもあの嫌がらせの様な旗振り回して応援してる親っつーのが。」


「いいじゃねえかよ。許してやれよ。お前は親父の大事な息子なんだよ。」


優子から話を聞いて以来、すっかり龍太郎に優しくなった亀一が言った。


「んじゃきいっちゃん、もし長岡のおじさんがアレやったらどうなんだよ。」


「………。」


亀一は絶句した。

嫌なのは言わずもがなである。


「ああ…。絶対悪ノリする…。勝ちたくない…。」


とかブツブツ言ってる間に昼食時間も終わり、再びグラウンドへ。

勝ちたくないとか言いながら、ラグビー部の子のロングパスを受け取り、華麗に敵をやり過ごしながらトライを決めてしまい、結局クラスを中等部優勝に導いてしまった龍介。

更に振られる応援旗と、龍彦との大喧嘩の怒鳴り声。


「もう嫌、もう嫌、もう嫌!」


涙目の龍介には御構い無しに部活対抗リレーの時間なる。

すると、来て居なかったのかと思った夏目が、龍介の背後に立った。


「夏目さん…。いらしてたんですか。」


龍太郎を顎でしゃくりながら、不機嫌そうに言う。


「おう。アレに見つからねえ様に苦労しながら見てたぜ。」


「すみません…。てどうして俺が謝らないとならないんですかあ!」


もう八つ当たりの様に夏目にすがりついて、涙目で怒る龍介を見る夏目の目は、完全に面白がっている。


「お前も苦労するな。」


ちっとも労っていない。

だって完全に笑っている。

見兼ねて美雨が口を挟んでくれるが、その美雨も…。


「達也さん、龍可哀想じゃない。小学校だけで終わるかと思ったあの応援がこれから5年も続くのよ?あはははは!」


とうとう夏目まで声に出して笑い出してしまった。


「も、もういい…。」


いじけて向こうを向く龍介を夏目はニヤリと笑って、腕を掴んでこちらを向かせた。


「おい。次勝てよ。」


「は…。」


「部活対抗リレー、出んだろ。」


「アレ…。剣道部明らかに不利なんですが…。」


「勝て。元主将命令。」


夏目はこの英学園のOBだ。

剣道部の部室にも、しっかり写真と名前が飾られ、夏目達也という名前の前に鬼と誰かが落書きしている。

辛うじて知っている先輩の話だと、本当に人間じゃなくて鬼だと、目に涙をいっぱいに溜めて言っていた。

月に一度、稽古で必ず吹っ飛ばされている龍介からしてみると、納得してしまえるが。


「俺は勝ったぜ。」


「え?アレでですか。」


「おう。」


夏目の様になりたいと思う程敬愛しているのだから、それを聞いたら、俄然やる気が出た。


しかし、行ってみると、剣道部の先輩方は皆、震え上がってしまっている。


「夏目主将来てんじゃねえかよ。勝たなかったら、半殺しだぞ。」


「俺、アンカーやだ。」


そして、そう言った主将を始め、全員が龍介を見た。


「な、なんです…。」


「加納、お前やれよ、アンカー。」


「なんでです!?」


「夏目主将とは弟子仲間なんだろ?お前なら負けても、4分の1殺し位で済むんじゃないのか。」


「なんですか!?4分の1殺しってえ!」


「うん、そうしよう。」


と、勝手にアンカーにされてしまった。


実はこの部活対抗リレー、少々変わったリレーになっている。


それぞれの部活動のユニフォームを着て、それぞれのスポーツの特徴的な事をしながら走るのだ。


つまり、テニス部だったら、ラケットを振って素振りしながら。

サッカー部だったら、ドリブルしながら。

ラグビー部だと、20歩走ったらトライとか。


そして剣道部は、竹刀の素振りで摺り足で進むのだ。

本来、竹刀の素振りは進むものではないし、しかもグラウンドを裸足でである。

ラグビー部のトライというのも可哀想だが、剣道部の分もかなり悪い。


ようするに受け狙いのお笑い取りに近く、その証拠に女子はやらないのだが、夏目鬼主将ご観覧のお陰で、剣道部は優勝を狙わなければならなくなってしまった。


「あ、アンカーって、みんな部長とか主将がやってるじゃないですか…。」


龍介が必死に抗議すると、今の主将にギロリと睨まれた。


「去年まで夏目主将はいらっしゃらなかったんだよ。だから適当にやってりゃ良かったのに、お前が入学したから来ちまったんじゃないか。お前のせいなんだからな。」


「なっつー理不尽な…。」


本日、龍介は理不尽続きだが、こうなった以上仕方がない。

逃げるという三文字が無い辞書持つ龍介は、やるしかないとアンカーの位置に着いた。

亀一と寅彦まで剣道歴が長いとか、兄弟弟子だろうとか、若干訳の分からない事を言われて、龍介の前に入れられている。

3人は、人生初位の緊張下に居た。

その緊張の原因、夏目がじっと見ている。

腕組みをして、ニヤリと不敵に笑って…。

間違いなく迫力満点の脅しにしか思えない。




恐怖に打ち震える剣道部員達を除けば、観客も、やってる方も楽しそうにリレーが始まった。


やはり、テニス部とサッカー部が優勢だ。

ラグビー部は土だらけになって、可哀想な事にはなっているものの、剣道部よりは早い。

序盤を走る剣道部の先輩方は、恐怖のあまりか、足がもつれたりして、かなり出遅れている。


寅彦の番に来た時には、大きく離されてラグビー部の次、つまりビリだった。


「寅ああああ!死にたく無かったら、ラグビー部抜けええええ~!」


龍介と亀一の、悲痛な絶叫の様な応援を受け、足が痛いのも構う事なく、まさに死に物狂いで摺り足で竹刀を振り続け、なんとかラグビー部を追い抜いて、亀一にバトンタッチ。


亀一もインチキの様な素早い素振りとスピードで、如何にかサッカー部と僅差に持って行った。


アンカーの龍介は2周とはいえ、2人も抜かなければならない。しかも、テニス部は2位のサッカー部と校庭半周近く離れている。


しかし抜いて1位にならなければ、夏目に稽古と言う名のお仕置きをしこたまされる事になる。


それに、夏目が優勝したのに、自分が出来ないというのは悔しい。


だから龍介はひたすら何も考えず、怒涛の摺り足で追い上げた。


サッカー部の部長が転んだのは、背後から迫り来る龍介の切迫した迫力に気圧されたからに違いない。


そして2位に上り、2周目に突入。


場内は龍介の素晴らしい追い上げに盛り上がり、龍太郎の旗は更に振り回された。


テニス部の部長は、自分の背中に突き刺さる様な鋭い視線と、鬼か邪かという凄まじい気迫を感じ、思わず振り返った。


龍介が鬼の形相で、自分を見据えながら摺り足で竹刀を振って追って来る。


まだ中1のくせに、恐ろしいったらない。


捕まったら竹刀で気絶する程殴られそうである。


だから部長も必死にラケットを振りながら走った。

しかし、あまりの恐ろしさに足がもつれてしまった。

転んでしまったところを通り過ぎて行く龍介の目に、もう部長は入っていない。


ー凄え集中力…。にしてもあいつ怖えええ…。


龍介はそのままゴール。

ゴールして夏目を見ると、ニヤリと笑って頷いた。


ーああ、良かった…。


因みに、2位がテニス部。3位はサッカー部と競り合っていたラグビー部が、ジャンプの様なトライで僅差で入った。

結局、1番盛り上がった競技かもしれない。

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