第64話
夏休み最終日、龍介は沈痛な面持ちで目を伏せていた。
ここは羽田空港、出発ロビー。
響き渡る竜朗渾身のべっチーンと、頭を抑えてうずくまる龍彦。
そして痛い程の周りの視線。
苺と蜜柑は学校行事で居ないのが救いだが、だからなのか、感極まったんだか、フランスの時よりも、もっと激しいちゅー!!!が始まってしまった。
当然の如く、龍彦の頭に飛ぶ、竜朗のべっチーン。
一緒に見送りに来ていた真行寺と寅彦、鸞は完全に他人のふりをしている。
ー恥ずかしい…。べっチーンが無ければ、まだこんなに見られずに済んだのに…。
「ほら!時間だよ、たっちゃん!」
「はい…。それじゃ龍介、冬休み、待ってるね。」
自分の頭を撫でながら、龍介の頭も撫で撫で…。
「うん。気をつけてね。無理しないでね。ちゃんと食えよ。」
「は、はいはい…。龍介もね。佐々木君にはくれぐれも気をつけるように。寅彦君と親父に頼んだけど、監視は怠らない様にね。」
「寅に何を頼んだんだよ…。」
「いいからいいから。じゃ、行ってきます。」
笑顔で手を振って、龍彦が消えてしまうと、しずかが泣き出した。
まるで蜜柑達の様に、子供の様にえーんと声を上げて泣いている。
こんなしずかは初めて見たので、固まってしまった龍介だったが、竜朗は慣れた風で、しずかの肩を抱いて、小さい子をあやす様に、ハンカチで涙を拭いてやりながら慰めた。
「だから一緒に行きなっつったのに。」
「だって苺と蜜柑があ…。」
「あれは最悪、龍太郎に括り付けて仕事行かせっからいいっつったろ?今から行くかい?」
首を横に振り、竜朗に抱きついて、なんとか落ち着いたので、竜朗は殆どしずかを抱っこしている状態で歩き始めつつ、龍介に説明した。
「しずかちゃんもさ、龍と同じ、大人な子供だったんだよ。龍もそうだろうけど、大人な子供ってのは苦労すんだろ?周りは全員ガキだから。」
「うん、そうだね…。でも、俺の周りには、そういう人が多いからまだマシだと思う。」
「うん。そうだな。
しずかちゃんなんかさ、優子ちゃんしか居なかったんだ。
今と違って、男と仲良くしてると、直ぐからかわれたから、龍太郎や和臣とつるむわけにも行かなかったしよ。
だからずっとしっかり者のまんまだったんだが、たっちゃんに会ってから子供っぽくなって、ちっちゃい頃の可愛いしずかちゃんに戻ったんだよ。」
「へえ…。なんか解放されたのか、母さん。」
「かも…。」
すると、真行寺が意地悪く笑った。
「その割にお前は龍彦との仲を反対してたじゃないか。」
「いや、だって顧問、あの頃のたっちゃんて、相当危なっかしかったですよ?
なんかあると、頭が猛スピードで回転してる感じで、何にも言わねえでバーっと走り出しちまって、何したいんだかなんて、恭彦しか分かんなかったじゃないですか。」
「まあ、そこは一人っ子なんで、許してやってくれ。」
「しずかちゃんも一人っ子ですよ。」
「殆ど一人っ子じゃないだろう?お宅には加納一佐という弟のようなモノが居たじゃないか。」
「まあそうですけども…。」
「お前は誰が相手だろうが、しずかちゃんに近付く男は気に入らないんだろう。」
「う…。」
珍しく言葉に詰まる竜朗を面白そうに見ている龍介に、竜朗は突然向き直って、話を強引に元に戻した。
「ツー訳で、しずかちゃんはたっちゃん関係は子供になっちまうのよ。」
「ふーん…。あ…。」
「どうした。」
「そういや瑠璃も変なんだよな。
突然しまりの無い顔でニヤニヤし始めたりさあ。
ぼーっとした目で俺の事見てたり。
大丈夫かな。
人間関係で疲れてたりすんのかな。」
その場にいた全員は苦笑するしかない。
偏差値96。
校内模試では不動の学年2位(1位は常に亀一)。
何があっても慌てず騒がず、常に正しい判断で動ける男、龍介は、この話の流れでも、まだ瑠璃が龍介に恋をしているというのは、分からないらしい。
「今度聞いてみよ…。」
聞かれた瑠璃はまた困るだろうなと、更に苦笑されているが、気付いていない。
その頃、苺と蜜柑は拓也に連れられて、長岡家に向かっていた。
今日は、学校で補習の様な物があった。
最近は何かにつけ、夏休みの終わり頃から学校があったりする。
昼には終わるのだが、龍彦の見送りとは時間が合わなかった為、このまま長岡家にお邪魔して、昼ご飯をご馳走になる事になっていた。
拓也が元気になってからというもの、優子は今まで亀一がしずかに世話になっていた義理を果たすかの様に、双子とポチを預かっている。
拓也にとっても、この小さな双子は可愛い妹の様な存在だ。
かなり竜朗を泣かせている様だが、他人にとっては素直で礼儀正しく、天真爛漫な天使である。
「どう?最近龍さんは。」
「どうってなあに?拓也にいに。」
下が居ない拓也にとって、にいにという響きも嬉しい。
聞いた蜜柑の頭を撫でて、本題に入る。
「そうだな。例えば、唐沢さんて子と会ったりとかしてない?」
「からちゃわしゃん…?ルリたんの事?」
「そうそう。」
「この間、デートしてたよね、苺。」
「ん。してた。」
「ー何!?」
拓也が突然鬼の形相になったので、ビビる双子。
大きなどんぐり眼をうるませて、拓也を見上げている。
慌てて笑顔を作り、優しく聞く。
「デートってなあに?どこ行ったの?」
「ルリたんの先生のハープのコンサートでちよ?」
「昼間?」
「夕方でち。お食事して帰って来たでち。遅かったでち。」
「何いいい~!!」
またビビる双子。
そしてやっぱり慌てる拓也。
「拓也にいに、どちたの?」
苺が聞くと、作り笑顔で唸るというおかしな事に。
ーなんでお兄ちゃんは教えてくれないんだ…。
龍さんがそんな大人みたいなデートってどういう事?うむむむ…。
これは聞き捨てならない…。
「な、なんか言ってた?龍さん…。」
「楽しかったって。また行く約束したって言ってたよね、蜜柑。」
「でちな。ラブラブでち。」
「ラ…ラブラブうう~!?あの龍さんがあああ~!?」
「そでち。あ!優子たんとポチだ!優子たーん!お昼ご飯なあに~!?」
食い意地の張った蜜柑が拓也の手を離し、長岡家の玄関前で待っている優子と、ポチのところへ走って行ってしまうと、苺も行ってしまった。
ーうう~ん…。これは由々しき事態だ…。
という訳で、帰宅早々亀一を問いただす。
「それはだな…。」
亀一は焦りながらも、ふと思った。
これで拓也に誤解させて、瑠璃と付き合っているまで行かなくても、いい雰囲気だという事にしてしまえば、拓也は諦めてくれるかもと。
「そうなんだ。かなりいい雰囲気で終わったらしい。お前、ショック受けるかと思って、言えなくてさ。」
本当は、あまりの認識のズレに、龍介の鈍感さと化石ぶりを再確認してしまい、言えなかっただけなのだが。
「そうなんだ…。龍さん、女の方がいいんだろうか…。」
「だと思う。諦めろ、拓也。」
「あーあ…。残念だな…。あんな理想にピッタリの人、他に居ないよ…。」
「そ、そうか…。」
兄の全身に立ち上がる鳥肌の存在を、弟は知らない。
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