第57話

「でも親父はぜってー許さねえ!」


寅彦はすっかり元気になり、鸞とも仲直りしたが、そう言って、やはり家には帰らないと言う。


家賃出世払いとか言いつつも、癖なのか、しずかの家事はよく手伝う。


雨が降りそうなったら、洗濯物は取り込んでくれるし。


「寅ちゃん有難う。助かるけど、そんなに気を遣ってくれなくていいのよ?」


行きがかり上、洗濯物を畳むのまで手伝ってくれている寅彦に言うと、ボソッと言った。


「癖なんだよ…。」


仕方がないので、一緒に手伝っている亀一と龍介にまで笑われる。


「でも、加奈ちゃんて人は、物すんごく手際のいい人なのよ。本当は。」


「そうかあ?」


「そうよ。考えてもご覧なさいな。

あの5LDKのマンション、いつも綺麗に掃除して、おやつまで作っておいて、その上、おうちでもお仕事もしてるのよ。

手際よくパパッとこなさなきゃできません。」


「じゃ、なんであんな、 すっとぼけてんの?」


「まあ、キャラというのはあるけれど、前に言ってたよ。

すっとぼけてると、寅ちゃんが助けてくれるのが嬉しいんだって。

寅ちゃんはユキちゃんと違って、表立って甘えて来ないけど、何か仕事残しておくと、~してやったぜってわざわざ言いに来るから、ご褒美として無理矢理甘えさせてみると、嬉しそうにしてるから、ご褒美としてなら、プライドが保たれるのかなって。」


「う…。」


赤くなって恥ずかしそうな寅彦を亀一達がニヤニヤと見ているので、寅彦は必死に話題を変えた。


「あのさ、しずかちゃん、この間、加奈ちゃんは幸せだって言ってたって言ったよな?」


「うん。」


「でも、俺さ、あれから暫く考えて、幼稚園位の頃、加奈ちゃんが描いてくれた絵本の事思い出したんだ。」


「絵本?」


「うん。今思うと、漫画っぽい可愛い絵だったけど、王子様は組長そっくりだった。

お姫様ってのが多分加奈ちゃんなんだ。

森の中で道に迷ったのを、王子様に助けて貰って、大人になってから、王子様を探しに外国まで行ったけど、王子様は怒ってばっかで、お姫様の事も覚えてない。

もう帰ると言ったら、王子様が、もしかしてあの時のお姫様では?って気が付いて、2人は結婚して、いつまでも冒険して幸せに暮らしましたっていう…。

しずかちゃんが教えてくれた2人の話、そのまんまじゃん?

加奈ちゃん、やっぱ組長と結婚したかったんじゃねえかな?」


「ーまあ…。あなた達若い子にはピンと来ないだろうけど、長く生きていれば、今は幸せでも、あの時こうなってたら、どうだっただろう…っていうのを、考えない人は居ないかもしれないね。

私も、龍彦さんが生きてたら、龍がリレーで一等賞獲ったり、模試の成績が良かったりしたの、どんなに喜んだだろうって思ったもの。

まあ、実際は生きてて、お義父様経由で全部知ってたり、実際見てたりしてたけどさ。」


「うん…。」


「こうなってれば良かったと考えるわけでは無いのよ。」


「そっか…。でも、今でも好きなんじゃ?だって、運命の人だろ?」


「そうかもしれないけど、加奈ちゃんは、今目の前にある幸せを選んだのよ。」


「ふーん…。」


「寅ちゃんが気にする事じゃないっつーの。」


「うん…。」


寅彦は意外としばらく引っ張って、ネチネチ悩むタイプである。

しずかは寅彦の頭を撫で、洗濯物を抱えてしまいに行った。


「寅、気晴らしすっか。」


龍介がそう言った途端、龍介の携帯にメールが来た。


「お、グランパだ。」


ー龍介、仕事だ。1時間後に迎えに行くから、寅ときいっちゃん集合させて待っててくれ。


タイミング良く気晴らしの種ができた。




龍介達が仕事に行っている頃、京極は無理矢理日本行きの飛行機に乗せられ、目の下を真っ黒にしていた。


寅彦と仲直りした鸞が、今すぐ日本に帰りたいと言い張り、「送ってくれないなら、1人で帰る。」とまで言い出したので、不眠不休で仕事を片付け、漸く飛行機に乗った所だった。


「全く…。なんで俺がこんな無理しなきゃなんねえんだよ。」


「だって。元々はお父さんのせいじゃない。」


「なんで俺のせいなんだよ。」


「寅彦君のお母さんのお話、もっとちゃんと聞いてあげれば良かったのよ。」


「しずかちゃんにもそう言われたけど、それでどうなるっつーんだよ。

加奈はいざ結婚てなったら、危なっかしい俺より、オッさんみてえに落ち着き払った加来の方が良くなっただけだろ。」


「だから、そこがどう考えても違うんじゃないかって言ってんの。

私には細かい事はよく分からないけど、元彼がすんごく落ち込んでて、迫って来たら、嫌でも断れなかったんじゃないの?

もう。どうして一番大事な人の事、もうちょっと考えてあげないのよ。

お父さんが好きになった寅彦君のお母さんは、そんな簡単に心変わりして、浮気して平然としていられる人だと本気で思ってるの?」


京極は必死に考えた。

だが、どうも頭がよく回らない。

仕事なら、フル回転で回る頭が停止してしまっている。


どうも昔から加奈関係は、思考が停止し、自分でも嘘だろと思う程バカになってしまう。


でも、それともなんだか違う様な…。


ボーっとしている内に咳込み始めたので、鸞が顔色を変える。


「大丈夫?お父さん。気管支炎出たんじゃない?お熱は?」


額に手を当て、驚く鸞。


「あるじゃない!もう!無理するから!」


「お前がさせたんだろうがよ。」


完全無欠の京極だが、実は身体が弱かったりする。


鸞がスチュワーデスを呼び、ブランケットと氷枕を頼み、薬を飲ませた。


「ー鸞…。」


「なあに?ごめんね、お父さん…。」


「そうじゃなくて…。

加奈はもしかして、父親は違うけど、産みたい、でも俺とも別れたくないんだが、どうしたらいいだろうかと言いたかったのかな…。」


「じゃないのかな。でも、とっても言いづらい事だろうし、その上お父さんが誤解して怒りだしちゃうから…。」


「ー確かにちゃんと聞くべきだったな…。」


「ほらあ。」


「まあ、今更遅えだろ。向こうは幸せにやってんだろうし、俺の事なんか、もうどうでも良くなってるぜ。」


「そうかなあ…。

だって、お花屋さんの前で、1時間位話しただけなのに、ずっとお父さんの事覚えてて、一生懸命勉強して外務省まで入って、お父さんを探して、更に過酷な試験まで受けて入って来たんだよ?。

どうでもよくなる事なんて無いと思うけどな。」


「……。」




京極は日本に到着すると、かなり熱も高いままなので、運転は危ないだろうと、珍しく自重し、空港からタクシーに乗り、京極家に行くと、例に寄って、父親とは一言も口を聞かず、休めと止める鸞を仕事があると振り切って、京極家を出てしまった。


出たところで、タクシーも呼んで居ない事に気付き、フラフラと駅まで歩いていると、バッタリ加奈に出くわした。


買い物帰りの様で、スーパーの袋を提げている。


加奈の事は、鸞に言われてからずっと考えてはいた。

しかし、いきなり会ってしまうと、どうしたらいいのか分からない。


どうしようもなくなって、非常にわざとらしい作り笑いをしてしまった。


「よお。変わってねえな。元気?」


本当に変わっていなかった。

可愛い高校生の様なままだ。


「恭彦さん…。あの…、ごめんなさい…。鸞ちゃんと寅ちゃんの事…。」


そう言って、頭を下げながら、加奈は京極の尋常でない顔色に気が付いた。


「恭彦さん、あなた熱があるんじゃ…。」


「平気。」


と言いながら、嫌な咳をして、呼吸も苦しそうになっている。


「気管支炎が出たんでしょう?病院行きましょう。直ぐそこにいいお医者さんがあるから。」


京極の背中を心配そうにさする加奈の目を、京極はじっと見つめた。


「加奈…。あん時、ちゃんと話聞かなくてごめん…。本当はお前、どうしたかったんだ…。」


「……。」


「本当は俺と結婚して、寅達育てたかったのか…?」


加奈は頷いた後、目に涙をいっぱい溜めて、首を横に振った。


「そんな図々しい事言えない…。だって拒否出来なかったのは、私だもの…。」


京極は笑い出すと、加奈を抱き締めた。


「バーカ。俺はそんな小せえ男じゃねえ。とんだ回り道だぜ。まあ、俺のせいだけどな。」


そして加奈を離すとニヤリと笑い、加奈のバックから携帯を取り出すと、思いっきり足で踏みつけた。


「恭彦さん…?」


「仕切り直しだ。」


「へ…。」


京極はそのまま加奈の手を引き、タクシーに乗ってしまった。





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