第42話
豚を置いて一晩経ったが、豚は無傷だし、巣穴や豚の付近に設置した監視カメラにも虫は一匹も映っていなかった。
「じゃあ、カメラ撤収して、終わりでいいですか。グランパ。」
「うん。結構だ。」
亀一達はそのまま龍介の家に送って貰い、真行寺も虫を届けてから行くと言っていたが、直ぐに戻って来た。
「ああいうの研究する施設も相模原にあるって事か。」
亀一の呟きに真行寺の地獄耳が反応。
「きいっちゃん?これ以上の詮索はまだ早いなあ。バイト代あげないよ?」
「う…。す、すみません…。詮索しませんから、欲しい実験器具があるので、ください…。」
「フフフ…。」
含み笑いをして、3人にアルバイト代をくれた。
「うおおおお…。」
3人とも驚きの声を上げるので、竜朗が覗き込み、確認すると、目を剥いた。
「顧問!これは子供には多いですよ!?もうちょっと下げて下さい!」
「そうかあ?」
封筒には5万づつ入っている。
「ダメダメ!若い内から楽して稼ぐの覚えさせちゃ!」
そして3人の封筒から素早く4万づつ抜き取ってしまった。
「いいとここんなもん!これでも多過ぎ!」
「あああ…。」
3人がガックリと肩を落とし、幻となった4万円に未練を残しつつ、封筒を見ていると、呼び鈴が鳴った。
「京極かな?」
龍彦が言いながら立ち上がると、しずかも立ちながら微笑んだ。
「そうね。きいっちゃん達も会っていってあげてくれる?今年、英に入る事になる子も来るから。」
玄関に先に行った龍彦と京極は、ニヤリと笑うと、お互いの肩をバシンバシン叩き合うという、とても痛そうで、ちょっと訳の分からない挨拶を始めた。
しずかは見慣れている様子で、別段驚いた様子も無く、京極が連れている女の子に『いつもの事なのよ。』などと言っている。
「生きてたとはな!真行寺!」
「ああ!お陰様で!相変わらず美しいな!」
「お前も見る影もなくなってるなんて事になってなくてホッとしたぜ!」
バシンバシン…。
やっとバシンバシンが終わると、2人は肩を抑えていた。
なんの為の挨拶なのかさっぱり分からない。
「真行寺、鸞(らん)だ。」
「初めまして。」
龍彦がかがんで目の高さを合わせて挨拶すると、緊張しながらも微笑んで頭を下げた。
「こんにちは…。」
綺麗な声だった。
「丁度、今年英に入る子が来てるから。」
龍彦に促され、京極と鸞がリビングに入って来た。
「私の従兄の京極恭彦さんと、娘の鸞ちゃん。3月生まれで、4月生まれのきいっちゃんや寅ちゃんとはほぼ1歳違いみたいなものだけど、英に今年から同級生として通う事になったから宜しくね。
やっちゃんの赴任先のフランスに、ずっと居たから、分からない事も多いと思うので。」
京極は噂通り、人間じゃないみたいに美しく、年齢不詳だし、娘の鸞は、京極によく似ており、物凄い美人だ。
そして、この中でだけだが、亀一は、鸞がパラレルワールドで見た寅彦の妹だという事に気付いていた。
ーやっぱ、京極さんと加奈ちゃんて、なんかあんだな、こりゃ…。
「宜しくお願いします。」
「こちらこそ…。どこ住むんですか。」
龍介が聞くと、京極が答えた。
「クソジジイが住んでる、あの屋敷。京極って表札がかかった古い家。知ってる?」
「はい。じゃあ、電車とか慣れるまで迎えに行きましょうか。」
京極が答える前に、亀一が言った。
「俺たちより、女同士の方がいいんじゃねえのか?唐沢に紹介してやれよ。」
「ああ、そっか。そうだな。」
「んじゃ龍が唐沢に連絡取れ。」
「ーきいっちゃん…。なんで俺は唐沢担当みてえな事になってんの?みんなの友達だろ?」
「いいんだよ!お前は唐沢担当で!早くしろ!」
「へいへい…。」
メールを打ち終わり、龍介は京極を見ていた。
確かに物凄く綺麗な男性だ。
大きな目で黒目がちというのは龍彦や真行寺、そして自分と同じ傾向だが、3人に共通してある、目のキツさというものが、京極には不思議なほど無い。
だから少女漫画の王子様の様な感じがするのかもしれないが、その目が違うもう一つの理由は、その悲しさにある。
何があったのか想像もつかないが、京極の目は、見ているこっちが泣き出したくなる様な、悲しい目をしていた。
寂しくて、不安になってしまう様な目だ。
だから尚更美しく感じるのかもしれない。
その一方で、鸞の目にはその寂しさや悲しさは全く無い。
大事に大事に愛情深く育てられたのが見て取れる様に、幸せそうで、無邪気な感じだ。
随分大人しい感じだが、大人達に何か聞かれてする受け答えを聞いている分には、分別あるいい子の様だった。
ー何があったんだろう…。うちのお父さんみたいな悲しい事でもあったんだろうか…。
そんな事を考えながら、龍介は隣の寅彦から立ち昇る、ただならぬ熱気の様な、異様な空気を感じた。
寅彦は寅彦で、鸞から目が離せなくなっていたのだった。
ー綺麗だな…。こんな綺麗な子、実際に見たのって初めてだな…。
そして目が合うと、鸞は寅彦に微笑んでくれた。
もう、それだけで胸が高鳴り、息苦しくなり、羽が生えてどこかに飛んで行ってしまいそうな気分になる。
でも苦しい。
そして、ちょっと首を傾げる仕草や、京極を見上げる目の動きが、とてつもなく可愛らしく見えてしまう。
ーこの子なんだよ…。そうなんだよ。俺の理想系は…。
龍介は寅彦を見た。
顔は真っ赤で、鸞を穴が開く程見つめており、目が完全に…。
ー行っちゃってねえ!?どうしちまったんだ、寅あ!
反対側に座る亀一を見ると、寅彦を見て笑っている。
「ー何笑ってんだ、きいっちゃん!笑いごっちゃねえだろう!?あの寅の目が行っちまってるなんて、アキバで掘り出し物見つけた時くれえだろうがよ!」
小声で亀一の耳元に怒鳴ると、亀一は笑いながら、龍介の耳に囁き返した。
「いいんだよ。ほっといてやれ。」
「ほっとけねえだろお!?なんなの、あんた1人分かってるような顔しちゃって。説明しろよ。」
その途端、物凄く嫌そうな顔をして龍介を横目で見た。
「そんな事説明してたら、夜が明けちまう上に、お前は分からないで、こっちの身が持たねえよ。」
「なんだそれえ!言えよ!」
「言ったって分かんねえだろうから、嫌だっつーの。」
龍介は不貞腐れつつ、寅彦の視線の先を見た。
ー鸞ちゃんを見てんの?
それで、どうしてそんな掘り出し物見つけたみてえな目になってんの…?
掘り出し物…?
そういや、好きな人なんか当分出来ない、可愛い子なんか居ない学校だろうからという様な事を言ってたな…。
しかし鸞ちゃんは美人で英に入ると…。
ああ!つまり!
龍介は亀一が分かりっこないと言った事が分かった喜びで、思わず寅彦の肩を叩いて、満面の笑みで言った。
「良かったなあ!寅あ!掘り出し物見つけたのかあ!」
寅彦の様子から、龍介以外の全員が、寅彦が鸞に一目惚れしたと気付いていたので、龍介のその一言で、リビングは爆笑の坩堝と化してしまった。
しかし、真っ青な顔になって、龍介を目をかっぴらいて見る寅彦。
「りゅ…龍のアホンダラあ!」
「へ?寅、何怒って…。」
「もう帰る!お邪魔しました!」
寅彦は残像しか見えない様な素早い動きで、本当に帰って行ってしまった。
「なんで怒ってるんだろ…。」
亀一が頭を抱えながら、情けなさそうに苦笑して、龍介を見ている。
「ばーか。だから言ったって分かんねえって言ったんだ。」
龍介はやっぱり訳が分からない顔で首を傾げているので、大人達の笑いは止まらない。
「面白えな、龍介君て。じゃあ、帰ろうか、鸞。」
京極が立ち上がろうとするので、龍介が慌てて止めた。
「あ、もしお時間平気でしたら、もう少しいらしてくださいませんか。
唐沢って同学年の女の子、ここに呼んじゃったんで、そろそろ来ると思いますから。」
「いや、別に時間は平気なんだ。真行寺が大人しくしてるから、ひょっとして邪魔なのかなと思ってさ。」
「お父さんが大人しいって…?」
焦った様子で、龍彦が京極の口を塞いだ。
「い、いいから!」
「何隠してんだよ。この18禁男。」
「誰が18禁だっ。いいから黙ってろ。りゅ、龍介!」
「何?」
「瑠璃ちゃん、迎えに行ってやんなさい!」
「え?なんで?」
「女の子、1人で歩かせちゃ駄目なんだよ!」
立て続けの笑いの種の出現で、ヒーヒー言って笑っていた竜朗も、笑い過ぎて出た涙を拭きながら言った。
「確かにそうだな。行ってきな、龍。」
「はい。」
龍介は首を捻りながら席を立った。
龍彦のハレンチぶりも、真行寺の私生活も、龍介は今の所全く知らない。
途中の道で瑠璃と出会えた龍介は、寅彦を怒らせた事を、思わず相談してしまった。
「そ、それは怒るんじゃないのかな…。」
「そ、そうなの!?」
「だって恥ずかしいじゃない?好きになった人の前で、好きになったんだね!みたいな事言われたら…。」
「ーそうなんだ…。」
瑠璃は泣きたい衝動に駆られた。
ー加納くーん!お願いだから恋心の欠片位分かってえええー!
「じゃあ、謝ろう…。」
「そうね…。私も、仲良くなったら、加来君の事どう思ってるかとか聞いてみるね。」
「有難う。」
「それ、仲直りに使って?私に色々聞かせるからって。」
「ー唐沢、なんでそんな親切にしてくれんの?」
瑠璃が絶句してしまった。
ーどうしよう。言うべき?今言うチャンスなの?これ!
瑠璃が決死の覚悟で立ち止まり、龍介を見上げると、龍介は微笑んで瑠璃の頭をくしゃっと撫でた。
瑠璃の目には龍介のバックに薔薇が飛び散って見える。
ーはああ!加納くーん!!!私、あなたの事がああー!
「有難う。持つべき物は友達ってやつだな。」
ーちっがあああ~う!!!!そうでなくてえええー!!!
瑠璃の心の叫びは届かない。
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