第41話

龍彦も幸せそうに卒業式に列席し、春休みになった。


「なんだかお忙しそうだったので、遅くなっちゃったけど、合格祝いのパーティやるから来てねっ!」


朱雀に言われ、約束の時間に基地に行くと、盛大にクラッカーで出迎えられた。


「おめでとお!」


照れ臭そうに礼を言い、中に入ると、更に腕を上げた朱雀の料理と、綺麗なデコレーションケーキがテーブルの上に並んでいた。


「今回のケーキは唐沢さんに教わって作ったからね!」


「へえー。凄えな。」


話しながら食べ始めた所で、龍介の隣を陣取っていた拓也が龍介を見つめ、可愛い笑顔でまさしく唐突に言った。


「龍さん、大好きです。」


一同顔面蒼白。

特に兄の亀一の蒼白ぶりったら無い。

死人のようになっている。

ところが龍介は照れ臭そうに笑って言った。


「なんだよ、改まって。俺も拓也は大好きだよ。」


拓也うっとり。

亀一は倒れそうになっているので、寅彦が支えた。

拓也は嬉しそうに龍介にぴったりとくっ付いている。


「なんだ…。なんなんだ…。つまりうちの弟は…。」


もう、4人は龍介と拓也から、最大限に離れられるだけ離れて、震えている。


寅彦が亀一の背中をさすりながら言った。


「なんとかしねえとな…。っていうか、龍はなんで気が付かねえんだよ。」


悟が身震いしながら答える。


「んな事当たり前でしょうよ。あの坊ちゃんは男女間の恋愛ですら分かんない人なんだよ?男が男にマジでラブなんて、気が付くはずないじゃないか。」


「あああ~!」


頭を抱え、泣き出さんばかりの亀一。


「しかも龍のあの受け答え!あれじゃ益々勘違いしちまうじゃねえかよお。ちゃんと振ってやってくれよおお!。」




パーティは衝撃を残したままお開きとなった。

亀一は龍介に事情を説明して、拓也本人にきちんと、そういう気は無いと言ってくれと言おうかと思ったが、あの龍介の事である。

また奇想天外な勘違いをされたら、かえって話がややこしくなってしまう。


という結論に至った亀一は帰り道、拓也に話し始めた。


「あのな、拓也…。別にお兄ちゃんは男が男を好きになる事が悪いとか言ってるんじゃないんだ。」


「うん。好みの問題だからね。」


「う、うん…。だけどな、さっきの龍の返事は、あれは幼馴染として大好きだっていう意味であってさ…。

龍はさ、男女間の恋愛すら分かんねえ男だからさ、男同士の恋愛…。」


そこまで言って、鳥肌が立ち、言葉に詰まる。


「お兄ちゃん?大丈夫?顔色悪いよ?」


「う、うん…。大丈夫だ…。だから、それはもっと難し過ぎて、分かんねえんだと思うんだ…。」


「うん。分かってるよ。だって、佐々木さんの事、変態扱いしたくらいだもん。」


「ああ…。」


少しほっとしたのも束の間、亀一はこの後、更なる衝撃を受ける事になる。


拓也は例の邪悪な笑みを浮かべて言った。


「だからね、なんだか分からない純真無垢な龍さんをこっちの世界に引きずり込むなら今なんだよ、お兄ちゃん…。

女を好きになる前に僕を好きにさせれば、こっちのもんだから…。フフフ…。」


ー拓也ー!!!頼む!戻って来てくれー!あの可愛いだけだった拓也にいいいー!


亀一の心の叫びは虚しく頭の中を響き渡り、亀一は道端にうずくまって、立てなくなってしまった。


「お兄ちゃん!?大丈夫!?お腹でも痛いの!?朱雀さんの料理が当たったのかな!?お母さん呼ぶね!」


亀一はそれから3日も寝込んでしまったらしい。




「きいっちゃん、大丈夫か?朱雀の料理に当たったんだって?拓也がメールで随分心配してたぜ?あの丈夫なお兄ちゃんが寝込むなんてって…。」


亀一が寝込んで復活した翌日は、真行寺の仕事のお手伝い初日だった。

心配そうに車の中で聞くと、亀一だけでなく、寅彦まで顔色が悪くなっている。


「い、いや…。朱雀の料理でなく…。」


「無く?」


「少々ショッキングな事がだな…。」


今度は龍介が一気に青ざめた。


「ー母さんの事かっ!?」


「い、いや…。まあそれも多少はあるが、今回はそっちじゃない…。」


「どしたんだよ…。で、なんで寅までんな顔色してんだ…。」


「い、いいから…。真行寺さん、今回のお仕事はなんですか…。」


真行寺は笑いながら、助手席の龍介に書類ファイルを渡した。


「これ。龍介が読み上げて。きいっちゃん達も写真に目を通しておいて。」


という訳で、龍介が読み上げる。


「3月2日、埋葬の儀式の為、一昼夜山に置いておいた98キロの男性の死体が骨だけを残して跡形も無く消えた。ん?儀式?」


真行寺が注釈を入れてくれた。


「そこの辺りの地方は大昔は風葬だったんだ。

死体をそのまま置いておくっていう埋葬の仕方ね。

でも流石に現代社会でそれはできないという事で、一昼夜置いて、回収して普通に荼毘にふすという形にしていたらしい。」


「なるほど…。で、その骨の写真ね。」


2人に写真を渡して続ける。


「骨には小さな削り取った様な傷はあるものの、なんの傷かは不明。

その後も同様の事件が2件立て続けにあり、警察と猟友会が付近を調べたが、食べてしまいそうな動物の類いは発見出来ず。

念のため、入山は禁止し、死体を置くのも止めた所、山の麓の養豚場の豚2頭が、養豚場の主が朝起きて確認した所、先述の死体同様に、骨になっているのが発見され、住民がパニックになってる…って、グランパ、これはオカルト?管轄が違くねえ?」


「オカルトだろうがなんだろうが、一晩で豚や人間を骨だけに出来るってのは、軍事用に回したら便利だろう?公にしたら、そういう転用も出来なくなる。という訳で俺が行くんだよ。」


「そうなのか…。」


「じゃあ、龍介、どう当たりを付けて、調査する?」


「俺え?」


「そう。龍介が指揮を取れ。」


「んん…。そうだな…。これで行くと、犯人は動物性の肉を食べるんだから…。

どっかでデッカい肉買って、死体が置いてあった場所に防護服着て入って、肉置いて、監視カメラで様子見る…とかでどうですか…?グランパ…。」


「いいね。そうしよう。」


そういう訳で、被害に遭った養豚場に行き、真行寺が事情を説明して、病気で死んだから処分するしか無いという豚を貰って来て、一応全身を防護服で覆い、豚の死体を引きずって山に入った。


山はなんだか変な感じがした。


生き物の気配が丸で無いのだ。


「虫一匹居ねえな…。」


亀一の呟きに全員頷く。


亀一の言う通り、鳥のさえずりも聞こえないし、春なのに、虫一匹居ない。

亀一と寅彦が監視カメラを設置している間、龍介と真行寺が豚を置いていると、どこからともなく、甲虫の様な重く、大きな音の羽音がして来た。

それも数匹の音では無い。

耳を覆いたくなる程の音量だから、相当数居るはずだ。


「龍介。どうする。」


真行寺は本当に龍介に全ての指揮をさせる気らしい。


「ええっと、きいっちゃん、済んだか!?」


「ああ!終わった!」


「じゃあ、一回、安全な所まで退避!」


いそいで4人で山の外れに行き、寅彦のパソコン画面に映る監視カメラの映像を食い入る様に見つめた。


甲虫はやはり100を越える大群だった。

豚の死体に集り、バリバリと音を立てて食べ始めている。


「でけえな…。」


全員で呟く。

体の大きさは10センチ位はありそうだ。

甲虫に似てなくも無いが、カナブンのようでもあるし、見た事も無い形をしている。

大体、肉を食らうという時点で未知の生物だろう。


真行寺が龍介をニヤニヤしながら見ている。

早く指示を出せという意味もあるのだろうし、龍介の采配を楽しみにしているような感じだ。


「食い終わって立ち去るようなら、追跡して巣から潰さねえと…ですかね?グランパ。」


「そんな自信無さそうにしなくていい。それで合ってるよ。こんな危険な生物、生かして置いちゃまずい。養豚場の人にも退治に来たって言ったしな。

ただ、一応サンプルは欲しい。出来たら生け捕りが望ましいが、危険があるようなら、無理しなくていい。」


「はい。山火事の恐れがあるから、火は使えねえか?いや、でも、あの硬そうなガタイじゃ殺虫剤なんか効かねえよな…。焼き殺してく先から消火してくしかねえか…。グランパ、火炎放射器みてえなのは持って来てる?」


「2丁あるよ。消火器も2つある。」


「流石。」


「ただ、消火器は少々足りんかもしれんな。」


「そりゃそうだな。きいっちゃん、この虫、全部食うのに、どん位時間かかるだろう。」


「今、大体5分の1位食って、経過時間が20分。全部食うのに、100分てとこだから、1時間40分だな。つまり後1時間20分後の午後3時30分には食い終わる。」


「じゃあ、グランパときいっちゃんで消火器仕入れて来てくれる?俺と寅は引き続きここで監視してる。」


「了解。しかし、龍介、無茶するな?危なくなったら、撤退。いいな?」


「はい。」




真行寺と亀一が行ってしまうと、寅彦は龍介を見て笑った。


「何?」


「いや、随分仲良くなってるなと思ってさ。真行寺さんと。」


「きいっちゃんが寝込んでる間に、お父さんと3人で旅行行ったりしたからかなあ。」


「楽しかった?」


「うん。凄え楽しかった。」


「良かったねえ。しかし、真行寺さんは龍を鍛えてるとしか思えねえな。」


「何にしようと鍛えられてんだろうか…?」


「指揮官だろう。軍隊の。」


「軍隊の?一体俺の保護者達は俺を何にしたいんだろうか…。」


「さあ…。親父がちょっと言ってたけど、親父達の稼業はどうしても秘密組織だから、世襲制になりやすいんだってさ。

だから、いずれは、先生みてえな顧問とかさ。だって考えてみたら、爺ちゃん2人共顧問とやらなんだぜ?サラブレッドなんだよ、龍は。」


「はあ、そういう事になるのか…。」


「それに、お前の親父さん。加奈ちゃんの話だと、凄腕スパイなんだってさ。CIAも辞めるって話、かなりごねられちゃって、龍の大叔父さんが凄え大変だったんだってよ。」


「ーそうなんだ…。うちにいると、母さんの金魚の糞というか、苺と蜜柑の人間椅子っつーか、俺と同じレベルまで下がって遊んでくれちゃうし、甘~くて、面白い、子供っぽい人だけどな。」


「それを言ったら、しずかちゃんだってそうだろう?大の男3人も、1人で無傷で倒しちまったんだぜ?しかも一撃必殺じゃん。

煎餅袋に手え突っ込んだまま、昼寝してる姿からは想像もつかねえじゃん。」


「まあねえ…。」


「そういう意味でもサラブレッドなんですよ。両親まで凄腕スパイなんだから。でも、龍は将来、なりてえもんであんの?」


「いやあ、特にこれってのは無かったけど、警察とか検事とかはいいかなあとは思ってた。」


「へえ。そうだったんだ。」


「うん。寅は?」


「俺はハッキングできりゃなんでもいいです。」


ーハ…ハッキングが法的に許される仕事って…!?


つまりは竜朗の組織なのかもしれない。


話していると、20分足らずで真行寺達が戻って来た。


亀一の計算通り、謎の虫は、豚を一頭1時間40分かけて食べ終えたが、様子がおかしい。

グルグルと骨だけになった豚の周りを飛んでいたかと思ったら、急に方向転換して、今度は一斉に龍介達の方目掛けて飛んできた。


「逃げろ!」


龍介が言うと、子供達は全員その場から走り出したが、真行寺はお爺さんとは思えない力で、豚をもう一頭、虫に向かって投げた。

虫達は龍介達を追うのをやめ、新しい豚を食べ始めた。


「グランパ…。すみません…。」


「龍介、なんでこうなったか分かるかい?」


「ーはい…。調査書には、人間は90キロを超す巨漢が食べられたし、豚2頭食べたという事が書かれてました…。て事は、あいつらが腹が一杯になるのは、豚2頭分だ…。すみません…。」


真行寺はこれを予期して豚をもう一頭用意してくれておいたようだ。


「いいんだよ。調査書は情報がギッシリ詰まってる。一文もおろそかにしない事。それが分かれば上等だ。」


「でもグランパが用意してくれてなかったら、きいっちゃん達を危険な目に遭わせる所だった…。」


真行寺は龍介を抱きかかえて笑った。


「その為に私がいるんだよ。いくら龍介だからって、初っ端から完璧にやられたら、私が居る必要なんか無いじゃないか。そんなに気にしないの。」


「はい…。」



虫達は、また1時間40分かけて食べると、今度は龍介達の方では無く、山の奥の方に向かって一斉に飛び立った。

防護服ではかなり走り辛いが、4人で必死に追いかけると、朽ちた木の洞に巣食っている様子で、そこに入って行った。


「龍介、指示を。」


さっきのですっかり自信を無くしている龍介に真行寺は笑顔で促す。


「はい…。じゃ、俺とグランパで燃やすから、きいっちゃんと寅で他に燃え移らない様に消してって。」


「了解。」


という訳で、真行寺と2人で、巣穴目掛けて火炎放射。

逃げて行く虫も片っぱしから燃やしていく。


「楽しいなぁ、龍介!」


真行寺につられ、さっきの事も忘れられる程楽しくなって来た。


「ほんとだね!」


余程楽しいらしく、2人共夢中になってやっている。


残り数匹になった所で、亀一が叫んだ。


「龍!サンプル!」


「ああ!いけね!」


つい楽しくて忘れる所だったが、本来の目的はサンプル取りだ。

龍介は火炎放射を亀一に任せ、捕獲網でどうにか1匹捉え、ステンレスの箱に入れた。


無事、そこに居るのは全て退治できた様だ。


「さて、次はどうする。龍介。」


「一応目視でこの辺一帯を確認して、念のため、また肉を置いて、一晩監視しようかと思います。生き残りがいるとすれば、警戒しているかもしれないので、ここや、さっきの場所は避けます。」


「うん。それでいい。」


周辺を見て回り、その後、帰り道も注意深く見て回ったが、一応虫は見当たらないので、また死んだ豚を貰って来て、こんどは巣穴とも、最初の場所とも違う所に置き、監視カメラを設置して、夜になってから宿に戻った。


「しかし気味悪い虫だな。突然変異かな?」


食事の席で寅彦が言うと、真行寺が頷いた。


「恐らくな。最近徐々に増え始めてるよ。地球温暖化の影響かもしれないな。」


「そうなんだ…。しかし、母さんが居たら、即死だな、あれは。」


龍介が言うと、真行寺が思い出し笑いを始めた。


「そうだ。しずかちゃんは虫が本当に駄目だったな。

ゴキブリなんか出ると、どっから出るんだっていう叫び声上げて、龍彦が飛び上がって走ってったよ。」


「そうなんですよね。相模原、都会じゃないのに、よく今まで生きてたなと。」


すると亀一が若干にやけながら言った。


「可愛いじゃん。いやあ!とか言って、抱きついてくんだぜ?」


すると、龍介が呆れた様な顔で言った。


「きいっちゃん、あんた、ゴキブリ出た時の母さん知らねえから、んな事言ってられんだよ。

きいっちゃんが居る時なんて、精々ハエとか、ハチだろ?

ゴキブリが出たら、ゴキブリ退治するまで、ゴキブリと2人きりにされて、そこから出して貰えねえんだぜ?」


「そうだったね。私もらやられたよ。」


「ね?アレ、辛いよね。」


「確かになぁ。」


「いいんだよ!可愛いんだから!」


寅彦が苦笑しながら亀一を見つめた。


「きいっちゃん、まだしずかちゃんに未練があんのかよ。」


言われた亀一は、八つ当たりの様に寅彦を睨みつける。


「寅!お前は恋ってもんを知らねえから、そういう事が言えんだあ!いっぺんドツボに嵌ってみろお!」


「俺は当分無いと思うぜ?大体英なんて、女子はみんな頭はいいけど、顔は不自由って人ばっかだっていうし。」


そんな事を言っている寅彦だったが、この直後亀一を笑ってなどいられない事態に直面する事になる。


















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