第31話
自転車レースの前日の金曜日、朱雀が学校でこっそり亀一に言った。
「ね、ね、唐沢さん呼ぼうよ。」
亀一は目を輝かせて朱雀をバッと見た。
「いいな!そうしよう!」
という訳で、龍介の隙を狙って瑠璃に話しをしに行く。
「今度の日曜に、龍と佐々木が自転車レースすんだ。来ねえか?」
「え…。行っていいの?」
「だってレースは唐沢さんへの告白権を賭けてるんだもん!」
亀一が焦った様子で朱雀の口を塞いだが、瑠璃にはしっかり聞こえており、赤い顔で驚いてしまっている。
「な、何よ、きいっちゃん…。」
「ばかたれっ。龍の方はアホな誤解してるって話さなきゃなんなくなるだろうがよっ。」
「あっ…。」
朱雀も理解したがもう遅い。
瑠璃は両頬を手で抑えてモジモジしてしまっている。
「えー、嘘お…。加納君が私に告白したいだなんて…。信じられない…。夢じゃないのかしら…。そんなレースなんかしなくても、普通に言ってくれていいのに…。」
ニタニタニタ…。
例の可愛い顔台無しのにやけ顔で身をくねらせている。
「ど、どうしよ、きいっちゃん…。」
「どうしよって、全くもう…。これ以上誤解させんのは罪作りだから、はっきり言うしかねえだろ。」
「僕そんな死の宣告みたいな事できないよ…。きいっちゃん言ってよ…。」
「お前が口滑らしたんだろうがよっ。」
2人がコソコソ揉めている所に龍介が来てしまった。
どうしようかと思っていると、龍介は瑠璃を見つめて言った。
「今度の日曜暇だったら、自転車レース見に来ねえ?」
瑠璃は真っ赤な顔のうるうる目で龍介を見つめ返し、遠慮がちに言った。
「行っていいの…?」
「勿論。お前の為のレースだからな。」
「加納君…。」
瑠璃には変換されて、超絶に甘~い言葉に聞こえている。
うっとりと龍介を見つめて、顔は更に真っ赤。
良心が痛む亀一と朱雀。
そして龍介はカラッと笑って、瑠璃の肩に手を置いた。
「佐々木は変態だからな。みすみす大事な友達のお前を、変態の餌食にするわけには行かねえ。絶対勝つから見に来いよ。」
そして行ってしまった。
さっきまでのうっとり顔はどこへやら、呆然とした顔で、ゆっくりと亀一と朱雀を振り返る。
「ど、どういう事…。変態の餌食って何…?なんだか話が違うみたいなんだけど…。」
朱雀は亀一の影に隠れてしまい、仕方なく亀一は朱雀を一睨みしてから説明した。
「ごめんな…。朱雀の言ったのは少々語弊があって…。
お前が思った様な目的で、佐々木は龍に勝負を挑んだんだが、龍はその…。
好きってのが、俺たちに対するのと同じにしか考えられないガキなもんだから、佐々木が言う好きとか、付き合いたいとかが全く理解出来ず、佐々木の付き合いたいって言うのが、いやらしい事をしたいっていう風に聞こえてしまい、佐々木を変態と言い、レースは唐沢を変態の毒牙から守る為と…。」
「な…なぬ…?」
今度は一転して真っ白な顔になってしまった瑠璃は、頭を抱えて、泣いているかの様な声で言った。
「つまり、友達としては物凄く大事にされているけど、恋愛感情にはまるで至ってないというか、加納君自体にそういう感覚が全く無いって事なのね…。喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からないよおお~。」
それは言えている。
亀一達はひたすら謝ってその場を去ってしまった。
当日、瑠璃は複雑な表情ながらも、仲のいい女の子と一緒に自転車レースを見に来た。
他には、双子を連れた龍太郎と、悟の父と弟妹が来ている。
双子は、小さなお手製の旗を振っているのが可愛い。
悟の弟妹はデジタルカメラを持って来ているが、兄には向けず、ひたすら龍介を撮っている。
亀一がソソソと瑠璃の近くに行くと、瑠璃と仲のいい友人、風香がニヤリと笑った。
この子はいつもニヒルで、冷めた目をしている。
絵が物凄く上手くて、瑠璃を描いた作品は、県のコンテストで大人を破り、大賞を獲ったらしい。
中学からは、美術系に強い私立に通う様な事を聞いた。
「加納が大人になるまで待ちなって言ったんだ。まんざら脈無しって訳でもないんだろうし。違う?」
「その通り。龍はガキなだけ。苦労かけて悪いな、唐沢。」
「い、いいの…。待ってる、私…。」
「すいません…。」
ーて、何故俺が謝らねばならんのだあああー!
心の中で叫んでいると、瑠璃を見つけた龍介が手を振った。
「唐沢~!変態の魔の手は阻止するからなー!安心しとけー!」
瑠璃が引きつった笑みで手を振り返すと、悟が龍介を揺さぶった。
「どおしてあんたはそういう誤解を招く様な事言うんだよ!」
「何が誤解だ!てめえなんぞに唐沢は絶ってえ渡さねえからな!」
字面だけ見れば大変ロマンチックなセリフだが、龍介が言っている意味は全く違うので、一同苦笑いするしかない。
瑠璃は泣き笑いというおかしな事になっているが。
亀一は2人に確認の為、レースのルール説明をしに行った。
「レースは10周。最終的にゴールに先に着いた方が勝ち。但し、ぶつかるとかの妨害行為は危険なので禁止。やったら失格。ゴールには寅が居ます。」
寅彦が朱雀お手製のチェッカーフラッグを掲げた。
「じゃ、スタートは朱雀な。」
「はーい。」
いそいそとやってきて、へっぴり腰でクラッカーを構える。
「よーい。」
パン!とクラッカーの音がすると、朱雀自身が驚いてコケ、一瞬心配してしまった龍介が出遅れた。
悟の東発自動車幻の自転車は、なかなかの走りを見せている。
「いい自転車なのになあ。なんで発売しなかったんだ。」
龍太郎が悟の父に聞いた。
「外車に見習って我が社も作ろうとなって、こっちもノリノリで試作まで漕ぎ着けた所で社長交代。
次の社長は1カ月で変わったから良かったけど、愛社精神の欠片も無い男でさ。『プジョーやフェラーリならまだしも、東発の自転車なんて誰が喜んで買うのよ。売れないでしょ。中止。』って言いやがって。
でも結局社長がまた変わっても、『売れるかなあ…、今の子っていい自転車なんか乗る?』ってさあ…。
まあ、確かにそれも一理あるんだよね。最近の若い子って車にも興味無いし、とにかくお金使いたがらないからさ。
結構凝っちゃったから、値段設定も高かったしね。
熟年層相手ってのも考えたけど、あの人達、自転車よりランニングだしさ。」
「そうか。残念だな。」
「んな事言って。お宅は日本車一台も無いじゃないか。」
「そうね。車輪の付いてる物全部そうだな。龍の自転車はあの通りプジョーだし、大破してしまったが、蜜柑のペダルカーはルノーだったしな。」
「加納家の皆さんが乗りたくなってくれる車作りが夢ですよ。」
「ん。頑張りたまえ。」
ある程度走った3周目辺り、悟は龍介の後ろにピタリとついた。
「あ、風避けにされてんな、龍。」
亀一が呟くと、瑠璃が突然怒鳴った。
「人を風避けだなんて、汚いわよ!佐々木君!」
亀一は驚きの余り仰け反ってしまったが、暫くして寅彦達と一緒に笑い出した。
「唐沢、自転車レースってそういうもんなんだぜ?」
「だってえ!」
瑠璃、珍しく結構怒っている。
悟は困り顔。
一方、龍介も困っていた。
ー汚ねえって…。じゃあ俺も出来ねえって事?
2人は考えた結果、全く同じペースで並んで走る事にした。
「瑠璃ちゃんのお陰で変わったレースになって面白いなあ。」
龍太郎が言うと、瑠璃は恥ずかしそうに俯いた。
「そういう物とは露知らず…。失礼しました…。」
「いやいや。そうだよね。知らない人にはそう見えるかもしれないね。ツールドフランスなんかで優勝する人は、風避け隊を参加させてやってるんだよ。」
「えー?それってどうなんですか。」
「そこまで行くと俺もそう思うけどね。」
レースはそろそろ終盤に差し掛かった。
途端に抜きつ抜かれつの大接戦に、レース会場は盛り上がる。
そしてラスト一周。
龍介はギアを変えているが、特に何も起こらない。
亀一はギアに細工はしなかった様だ。
龍太郎は黙ったまま亀一の頭を撫でた。
「ふん。」
ちょっと不貞腐れた後、再び大バトルに注目。
2人共必死にペダルを漕ぐ。
しかし、恐ろしい程に鍛えられ続けている、加納家の男の身体能力に、遅刻大魔王故に、毎朝全速力で、学校まで走り続けているだけの男が敵う筈は無く、龍介が自転車1台分の差を付けてチェッカーフラッグを受けてゴールした。
「唐沢!変態から守ったぜ!?」
無邪気そのもので満足気に満面の笑みで言う龍介。
「あ、ありがとお!加納君!」
そう言うしか無い瑠璃が、ある意味不憫。
「だから違うんだって!唐沢さん!このお坊ちゃんはバカなんだよ!」
聞き捨てならないとばかりに、悟の首根っこを捕まえてこちらを向かせ怒鳴り返す龍介。
「だから何がバカだ、このチビ!お前が変態な事言うからだろう!」
「僕がいつ変態な事言ったって言うんだあ!」
瑠璃は風香を促してそっと立ち去った。
ーごめんなさい、佐々木君。今回ばかりはあなたがマトモだけど、私には加納君を説得出来る自信が無いの…。
今回はそういう事にして、変態から守って貰ったという事実だけを見て、幸せな気分でいる事にするから許してね…。
佐々木君は変態という事にしといて下さい…。
2人の口のバトルは大爆笑の中、瑠璃が立ち去った後も続いていた。
そろそろ帰ろうかという頃、加奈の赤いフィアット チンクエ アバルト595が空き地の前で急停車した。
一応断っておくと、これはイタリア製の見た目が物凄く可愛らしい車である。
「寅ちゃん!貴寅さんインフルエンザになっちゃった!ゆきちゃんと一緒に寅次郎おじさんのおうちに避難して!」
寅彦は父親がインフルエンザと驚く前にまず言った。
「寅次郎おじさんちはぜってえヤダ!」
加奈は泣き出しそうな顔で寅彦を見つめる。
「そんな事言わないで…。だって来週末は模試じゃないの…。移ったらどうするの…。私の方のお爺ちゃんちは東京だし…。」
寅次郎とは、父貴寅の弟だ。
独身だが、寅彦達の事は彼なりにとても可愛がってくれ、人は悪くないのだが、寅之と同種の人間で、尚且つそのまま大人になった様な人だ。
寄って、寅彦は出来たら近寄りたくないのである。
寅彦が嫌がるその訳を知っている龍介が言った。
「俺んち来りゃいいじゃん。」
「でもそんな。しずかちゃんにご迷惑だわ。」
「大丈夫だよ。寅なら。昔から泊まりに来てんじゃん。ちょっと待って。メールしてみるから。」
そう言って龍介がメールをすると、直ぐに、良いわよんとハートマークの付いた返事が来たので、そのまま寅彦を連れ帰った。
しかし、寅彦は直ぐには帰れなかった。
加来が治ったと思ったら、加奈に移ってしまったからだ。
結局金曜日になっても帰れないので、亀一もきてしまい、さながらお泊まり会のようになっていた、模試が終わった土曜の夜、3人で、寅彦の部屋になっている客間の窓から並んで星空を見ていると、変な光が見え始めた。
その青い光は、右に行ったり左に行ったりを結構な速度で繰り返した後、突然丹沢の方に落ちる様に消えた。
「UFOじゃねえか!?」
期待に満ちた目で即座に言う亀一に、龍介も寅彦も頷いた。
寅彦が早速パソコンを開く。
「見てみろ、この衛星画像!」
難なく衛星画像をハッキング出来てしまう所が凄いが、2人共今更驚かない。
寅彦が本気を出したら、子供が思いつく範囲の事なら全て調べられる。
例えば、龍介が昨日チェロの帰りに寄り道した所。
どこで何を幾らで買ったかまで分かる。
寅彦にかかれば、プライバシーなど無い。
さっきの光の画像を3人でマジマジと見つめる。
光は肉眼で見るよりももっと不自然な飛び方をした上、丹沢の山に落ちる様に消えた直後、煙が上がっていた。
「UFOが落ちた様に見えるな。」
亀一が期待を膨らませて言うと、龍介が2人を見つめた。
「明日、行ってみねえか…。」
珍しく龍介が言った。
「おっ、珍しいな。龍から行こうだなんて。」
嬉しそうな亀一に、龍介は微笑むだけで何も言わない。
亀一と寅彦は嬉しそうながらも不思議そうに首を捻った。
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