第32話
翌日の日曜日、しずかに弁当を作って貰い、例に寄って3人共装備を整え、丹沢までバスに乗って行った。
寅彦が衛星画像から割り出した場所まで道案内をしてくれ、そこまで歩く。
「そろそろだと思うんだけど…。」
寅彦がそう言った時、亀一と龍介は、その物体を見つけた。
それは思ったよりも小さかった。
ヌメッとした質感や、周囲全てを映し出す事で、肉眼でも見えづらくしている効果は、龍太郎が南国の孤島に迎えに来てくれた時に乗っていた変な乗り物そっくりだ。
扉や窓もどこにあるのか分からない。
「やっぱUFOだ。」
ニンマリする亀一の横で、龍介が寅彦の肩を叩いた。
「寅、お手柄。きいっちゃん、裏回ってみよっか…。」
亀一はもう既に行っている。
寅彦と苦笑して2人も裏に回ると、亀一が叫んだ。
「人が倒れてる!」
亀一が抱き起こすと、その人は青白い程の白い肌をした、金髪の男性だった。
龍介が脈を取る。
「脈はあるな。」
今度は胸に耳を当てる。
「呼吸も正常だな…。気絶してるだけかな…。」
亀一が軽く揺すりながら、英語で声を掛けた。
「大丈夫ですか。分かります?」
男性はゆっくりと目を開けた。
「#%$&¥@…。」
「!?」
3人の耳にはピコピコとしか聞こえない言語だった。
「何語だ、今の…。」
亀一の呟きに2人共首を捻った。
3人は英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語の他、中国語、韓国語、アラビア語も習わされているのだが、全く知らない言葉だった。
3人の困った顔を見ると、男性は起き上がって、腕時計の様な物を操作し、3人に微笑みかけた。
「すみません。これでもう大丈夫です。」
今度は日本語だった。
どうもその腕時計の様な物が、自動翻訳機になっている様だが、音声は男性から発せられているし、どんなメカニズムなのか、亀一をもってしてもサッパリ分からない。
呆然としていた3人だったが、やはり龍介がすぐ平静を取り戻した。
「大丈夫ですか。お怪我は…。」
「ありがとうございます。大丈夫な様です。落下の衝撃で気を失っていただけの様です。」
「でも、一応病院に行かれますか。今救急車を…。」
「ああ、いや、本当に結構です。私の身体に異常があれば、この機械が教えてくれます。」
そう言って、先ほどの腕時計の様な物を指差した。
男性も無事な様なので、亀一がいよいよ本題に入った。
「あの…。どちらから…。」
「ええっと…。そうですね…。地球で言う冥王星のその何万光年も先の惑星です。多分ご存知無いと思います。」
「宇宙人!?」
「まあ地球の方から見ればそうですね。私達から見ると、あなた方の方が宇宙人なんですが。」
そりゃそうである。
日本人が外国へ行ったら、そこで外人と呼ばれるのと同じ事だ。
龍介がここへ来た目的の核心に触れようとした時、気配も無く、いきなり人が現れた。
パッと見、日本人離れしたかなりのイケメンのその中年男性は、背丈は180近くあり、グレーのパーカーにジーンズ、アーミータイプの肩掛けカバンを斜め掛けにしと、まるでジャック・バウアーの様ないでたちで龍介達の前に現れた。
その男性は龍介を見ると、驚いた顔で立ち止まり、何故か嬉しそうに笑った後、慌てた感じで無表情になった。
なんだか引っかかる反応である。
「困るな。なんでここに君たちが居るんだ。どうやって来たのかな…。」
寅彦のパソコンを見て苦笑する。
「噂に違わないな。加来寅彦君。」
「え!?俺の名前!?。」
「知ってるよ。いかにも頭が良さそうで、長岡の子供時代にそっくりの君は長岡亀一君。そして君は加納龍介君。」
そして、その人は呆気に取られている3人から、宇宙人に目を移す。
「珍しい。生きてるのか…。怪我は無い?」
「はい…。あなたは…。」
「私は真行寺龍之介。こういった表沙汰に出来ない不可思議事件を政府直轄で調査、処理して居る者だ。」
亀一は男性の名前を聞いて、1人考えていた。
ー真行寺…?龍の本当の親父と同じ名字か…。親戚とか…?
亀一が男性を観察し始めた横で、龍介が心配そうに真行寺と名乗った男性に聞いた。
「この人、どうするんですか。」
「ーん?」
男性は優しい目で龍介を見つめ返している。
「話に聞く実験とかして虐めたりとか…。」
男性は笑い出した。
「しないよ、そんな事。彼らは我々と身体の作りは同じだし、仮に違ってても生きてるものを生体実験なんて。それより彼らの技術力が欲しい。大事に保護するから、安心しなさい。」
龍介がほっとすると、宇宙人に向き直った。
「そういうわけで、その宇宙船直すの手伝ってあげるから、代わりにその宇宙船を研究させてやって欲しい。宇宙船が直って、君が自分の星に帰りたければ帰ればいいし。どうかな?」
「ーそれでいいのでしたら、お願いします。」
「じゃあ迎えを呼ぶからちょっと待ってて。」
男性はタバコに火を点けながら電話をかけ始めた。
かなりかっこいいし、若く見えるので、中年位かと思ったが、よくよく見ると白髪も多いし、手にもそこそこ皺がある。60は越えているのかもしれない。
ーあのでっかい目といい…。パラレルワールドで見た龍の本当の親父に似てるな…。ちょっと外人ぽいけど…。
亀一が観察している間に電話が繋がった様だ。
「真行寺だけど、長岡君は居るかね…。ああ、まあ君でもいいんだが、俺は君があんまり好きじゃねえんだよ。」
亀一がコソコソと話し出した。
「やっぱ親父達のところに持ってくんだな。」
龍介も頷く。
「過去にもあったみてえだし、落ちてたの研究してアレ作ったんだな。」
しかし寅彦の興味は別のところにある様だ。
「しかし、真行寺さんの仕事内容って凄くねえ?Xファイルだろ?要するに。」
龍介が微笑んだ。
「確かに。ちょっと面白そうだよな。」
ふと真行寺の方を見ると、電話をしている真行寺の顔は徐々に不機嫌そうに眉間の皺が濃くなって行く。
「だからあ!長岡出せって言ってんだよ!竜朗けしかけるぞ!この野郎!」
「爺ちゃんを名前で呼んでる…。」
「だな。そして先生が脅しになるって事は、電話の相手は龍の親父さんだな。」
寅彦が言うと、龍介は情けなさそうに目を伏せた。
未だに何があったのかは知らないが、龍太郎は子供時代に相当問題を起こしたそうで、死ぬしかないと思う程怒られたとか、脳みそが出ると思う程稽古つけられたとか…。
本人曰く、そのトラウマで未だに竜朗に怒られると、生きた心地がしないとかなんとか…。
未だに親が怖いとは情けない。
龍介は気分を変える様に、宇宙人を見た。
ガタガタと震えている。
「どうしました?怖い?寒い?」
「寒いんです…。私の星は一年中一日中温度管理がされていて、人間が一番快適だ感じる温度になっているので、外気の寒さというのは初めてで…。」
龍介達が急いでリュックの中からウィンドブレーカーを出して着せていると、やっと和臣に代わって貰えた様で、普通の口調に戻って話を付けた真行寺が振り返った。
「どした。寒いって?」
「そうらしいです。温度管理がされている星に住んでいるから外気の寒さは経験した事が無いそうです。」
龍介が答えると、真行寺は宇宙人の顔色を見た。
「うーん、顔色も悪いな…。よし、じゃあ待ってる間、温泉に入ろう。君たちも来なさい。取り敢えず、宇宙船はその辺の木とかで隠すから、君たちも手伝ってくれ。」
龍介達を手伝わせ、宇宙船を隠すと、真行寺は自分の車に案内した。
車はポルシェのカイエン。
「お金持ちなのかな。」
などと小声で話していると、真行寺が笑った。
「単なる独身貴族だよ。」
そして隣の宇宙人に話しかける。
「さっきの話なんだが、て事はあなた方は人工の星に住んでるのか?」
「はい。元々の星はもう300年以上前に住めない星になりました。地球と同じです。文明の発達と共に温暖化し、オゾン層が破壊され…。
ですから地球に来たのは、星の維持をどの様にしているのか、又、滅んでいく過程を調査する事で、回復させる道はないかという調査に来たのです。」
「駄目になった星にまた住もうって計画でもあるのかな?」
「はい。人間が全く住まなくなったら、少し回復してきたものですから…。まあ、300年もかかってですけど…。」
「そう…。あなたを保護する所はその研究も一応やってる。」
「そうですか。私も何かお役に立てる事があればいいのですが。」
ずっと黙っていた亀一が不審気に聞いた。
「あのー、本人の前で言うのもなんですけど、会ったばっかなのに、そんなに信用しちゃって大丈夫なんですか。」
真行寺はクスッと笑って、ルームミラー越しに亀一を見た。
「宇宙船にも、この人にも、武器らしい武器は一つも無い。まだそこまで見てなかったかい?」
「あ…。」
そこまで見ていなかったのは勿論、真行寺がそういう事を見ていたのすら気が付かなかった。
そう言えば、電話をしながら宇宙船の中や宇宙人を触りながら見ていた。
「それにね、何回か宇宙船と宇宙人がこういう風に落ちた所を発見して、調査したけど、銃や宇宙船に取り付けるであろう機銃は勿論、ナイフ1つさえ持って来てないんだ。
見知らぬ地球にやって来るっていうのにだぜ?
友好的な星の人なんだなと思ってはいたけど、やはり彼も彼の宇宙船にも武器らしい物は何も無い。
残念ながら今まで落ちた人達はみんな、お亡くなりになっていたけど、でもやっぱり武器の類いは持っていなかった。」
「すげえ…。悪い人が居ない星なんですか。」
龍介が聞くと、みんな笑った。
「悪かったな、バカっぽくて。」
「いやいや、素直で結構だ。私もそれは聞きたいな。えー…。あなた名前は?」
「@2*+#€と申します。」
やはりピコピコとしか聞こえない。
真行寺の耳にもそうとしか聞こえなかった様で、ブツブツ言っている。
「ピコペコとしか聞こえねえな…。うーん、じゃあさ、ジョーンズでいい?」
「は…。」
「宇宙人と言えばジョーンズ。ね?地球ではジョーンズ。どう?」
「はい。結構です。」
亀一達は顔を見合わせた。
宇宙人ジョーンズ、それは缶コーヒーのCM…。
真行寺、顔に似合わずなかなか適当で、お茶目なおじいさんらしい。
「それで?今龍介君がした質問の答えは?」
「はい。居ません。疑う事もしませんので、襲われる危険があるなんて事も考えないんです。
ですから武器も持ちませんし、作りません。
星から人口の星に移る際、戦争が起き、沢山の人間が死にました。
人口も困る程減り、人口受精で増やすしか無くなった時、政府は犯罪を侵す者の特徴を排除した遺伝子を作りました。
そして育て方、親の資質も絶対的な管理下に置いた。
親だけではありません。
犯罪者になりそうな兆候がほんの少しでも検出されると、指導や治療が入ります。
私達は気温だけでなく、全てを管理されています。
ですから犯罪も戦争も起きません。」
「犯罪者になりそうな兆候ってなんですか。」
龍介が聞くと、ジョーンズにされてしまった宇宙人は丁寧に答えた。
「例えば幼稚園でみんな並んで順番を待っているのに、横入りしてズルをしようとした子が居たとします。
そうすると、幼稚園の監視カメラで見ていた政府の人間が来て、その子と親を連行します。
からかいや虐めなどもその対象です。
電車の車内で酔っ払って絡むなどの行為や、痴漢行為も勿論そうです。
ともかく、他者を不快にしたら、誰も告げ口しなくてもどこからかちゃんと見ていて連行されるのです。」
「連行されて、その人達はどうなるんですか。」
龍介の質問に、ジョーンズは少し躊躇ってからこたえた。
「処分されます…。」
「しょ…処分て!?殺されるって事ですか!?」
「ーはい…。」
「痴漢は犯罪だし、人虐めたりすんのは良くねえけど…。だけど、いきなり殺しちまうって…。学習させたり、直す様な事はしないんですか…。」
「はい。しません。私達の星では駄目なんです。他者に配慮出来ない、イコール戦争や犯罪を起こす可能性ありになってしまうのです。」
真行寺も難しい顔になって言った。
「まあ、残念ながら、矯正不能な犯罪者的、暴力的な人間というのは居るには居るから、ある意味間違っては居ないとも言えるが…。全ての行いをどこかで見られて、管理され、しかも、人の生き死にをたった1回の過ちで、判断して殺してしまうとはな…。俺達からすると、逆に恐ろしい世界だな…。」
「そうでしょうね…。私も地球の調査に来てもう3年経ちますが、段々自分の星が息苦しく、おかしな世界の様に思えて来ています。」
高級旅館の温泉に行くと、ジョーンズは目を輝かせた。
「温泉…。一度入ってみたかったんです…。」
そして浸かると気持ち良さそうに目を閉じる。
「はあああー。なんて気持ちいい…。もう私、自分の星には帰りません。ずっとこちらでお手伝いします。」
「ええ!?」
真行寺が驚きながら笑っている。
「まあ、そこはゆっくり考えなさい。こっちの技術じゃ、アレ直すにも時間はかかる。」
「はい。」
龍介達まで温泉に浸からせて貰い、その後、豪華な懐石料理までジョーンズと一緒にご馳走になってしまった。
「あの…。うちの爺ちゃんとはお知り合いですか。」
「竜朗?そうだよ。大学の後輩でね。」
「ああ…。でもなんで俺達の事…。」
「それより龍介君は何故UFO探しになんか来たんだい?竜朗から聞いてる龍介君だと、しなさそうなんだが。」
龍介は何故か恥ずかしそうに俯いた。
「ん?」
真行寺に優しく促され、珍しく口ごもりながらボソッと言った。
「父さんの…役に立つんじゃないかと思って…。」
真行寺はにっこり笑うと、龍介の頭を撫でた。
「父さん思いなんだなあ!しかし君みたいないい子に、そこまで思われる程いい奴ではない気がするけどなあ!」
笑っているが、目が怖い。
もしかしたら、この人も龍太郎の尻拭いをさせられ、柏木達同様、殺したい程嫌いなのだろうか。
聞きかけた所で、和臣が迎えに来た。
「亀一…。龍介君達まで…。どうして来ちゃうんだかなあ。ほんとに神出鬼没だなあ、もう…。」
「親父、タイミング悪過ぎ。」
「なんだそりゃ。まあいいから。君たちも送ってくから、こっちの車に乗りなさい。真行寺さん、すみません。余計なお手間とらせました。
」
「いや、構わない。楽しかったよ。私はもう少しこの近辺調べて帰る。」
「はい。宜しくお願いします。じゃ、ほら、君たちも用意して。」
謎を残したまま真行寺に礼を言い、別れた。
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