第20話
全員、無事にスイートなベリーの香りになったところで、風が急激に強くなりだした。
空もかなり曇り始めている。
「台風かな…。南国の離島だと凄えんだろうな。」
亀一が言うと、龍介が立ち上がりながら言った。
「だからあの板、窓に全部打ち付けてあったんだ。全部元通りに打ち直そう。寅は引き続きそこで宜しく。」
一緒に立ち上がっている瑠璃にも苦笑しながら言う。
「いいから、唐沢はまだ休んでなさい。熱下がったからって、直ぐに動いちゃ駄目。」
みんな行ってしまうと、瑠璃は寅彦のパソコン画面を見ながらボソッと言った。
「なんだか申し訳ないわ…。私だけ何もしないなんて…。」
寅彦は画面から目を離さず笑った。
「そう焦んなよ。長丁場になったら、女の仕事は結構あんだろ。洗濯とか飯とか。まあ、朱雀と龍は一通りできっけど。」
「柏木君は率先して家事しそうだけど、加納君も?」
「あいつは、爺ちゃんの方針で、かなり大雑把ではあるけど、一通りは出来るよ。女の人にばっかやらせちゃいかんていう方針らしい。だから、しょっ中先生はしずかちゃん手伝ってるし。」
「へえ。本当にパーフェクトな人ねえ…。」
「だな。」
「あのう…。加納君は滅多に学校お休みしたりしないし、元気な人なのに、熱が出た時の対処法とかよく知ってたり、とっても大事にしてくれたり。どうしてなのかな。」
「ああ、それは、龍の双子の妹がしょっ中熱出すからだよ。しかも40度とかさ。双子だけに、先生が留守だったりすると、しずかちゃんと病院一緒に行ってやったり、看病手伝ったりしてんだ。しずかちゃんも風邪ひくと気管支炎になっちまって、医者で点滴される程になっちまうし、運動会に来てた美雨ちゃんは狭心症って心臓の病気だし、周りの女の人、みんな身体弱かったり、病気持ちだからじゃねえかな。慣れてんだ。」
「そうなの…。大変ね…。」
「まあ、蜜柑が病気になると大変みてえだな。死んじゃう死んじゃうって黙って寝てた方が早く治るのに、大騒ぎして、しずかちゃんか龍以外受け付けなくなるから。」
「可愛い。でも、大変でしょうに、いいお兄ちゃん。」
「そ。俺にはマネ出来ません。」
「加来君は双子じゃない。」
「下にいたとしてもさ。」
会話が終わると、瑠璃はまたボソッと言った。
「加来君のマシンはダイナプロか…。やっぱりね…。」
寅彦は我が耳を疑った。
男だって、小学生で、このノートパソコンを見て、表側も見ずに名前を言い当てられる奴はそう居ない。
かなりのマニアとしか思えない。
「ー唐沢…。お前、もしかしてパソコンオタクなんじゃ…。」
「ーうっ…。ああ!見て!」
ずっとぐるぐると回転しているだけだったネットが作動し始め、ネットの画面が切り替わりった。
「よし、来たあ!」
早速、悟と瑠璃の親以外の、アドレスを知ってる全員の大人にメールを送る。
「やったね!凄いね!加来君!やっぱりさっき条件広げたのが良かったね!」
有難いが、なんだか一々疑問を呼ぶ瑠璃の発言に、苦笑いと疑惑のまなこになってしまった。
「良くやった、寅あ!」
変わった飛行機の中で加来が珍しく叫んだ。
「来たかい!?」
竜朗が聞くと、満面の笑みで頷き、メールを読み上げた。
「皆五体満足で無事。唐沢も居ます。熱が出ましたが、今は下がって元気です。場所は種子島より更に南と思われます。家を整備して、そこで待機中です。」
「よしよし!流石寅だ!じゃ、例の指示な?」
加来は苦笑で頷いて、返信した。
「お、親父から返事だ。場所は分かっているので、今助けに向かってる。あと15分で到着予定。台風が来ているので外でなく、中で待つ様に。」
そして、最後の1行で寅彦は首を捻った。
覗いた瑠璃も首を傾げる。
「これは、どういう事なのかしら…。」
「分かんねえな…。朱雀ならまだしも…。まあ、取り敢えず指示にはしたがっとくか。」
横殴りの強い雨が降り出し、あっという間にずぶ濡れになって、龍介達が作業を終えて戻って来た。
瑠璃は寅彦との打ち合わせ通り、悟にタオルを渡し労う。
「お疲れ様、佐々木君。」
「わあ、有難う、唐沢さ…。」
瑠璃にポーッとなっている隙を狙って、後ろに回った寅彦が悟の首に腕を回して、抵抗する間も無く捻り、落とした。
「寅どしたあ!?なんか怒ってんのかあ!?」
龍介が目をかっぴらいて驚いている。
勿論、龍介だけでなく、作業組全員、目が点になっているが。
「電波拾えて、連絡取ったら、こんな指令が来てさ。」
加来のメールの最後の一文。
『佐々木君は落としておいてくれ。』
やはり全員で首を捻る。
「なんだあ?朱雀なら分かるけどな。」
龍介が言い、亀一も頷くと、頬を膨らませて怒る朱雀。
「何それー!」
「んじゃ、来てくれんなら、荷造り開始。」
龍介の指示で荷造りを始め、丁度終わった時、ノックの音と同時に竜朗が叫びながら入って来た。
何の為のノックか分からない。
「龍ー!無事かああー!」
「おう!爺ちゃんありがとね!」
龍介の頭をガシガシ撫で、殆ど抱き上げている状態で、全員に言った。
「とんだ災難掛けちまったな。佐々木の倅は…大丈夫だな。よし。じゃ、みんな外の…えー…、アレに乗んな。」
なんだかはっきりしない竜朗の物言いを不思議に思いながら、台風真っ只中の表に出た。
しかし、急いで乗り込む事もせず、竜朗が言うアレを見て立ち止まり、固まってしまった。
こんな飛行機は見た事が無い。
この薄暗がりの中では、目を凝らさないと見えない様な感じで、丸で鏡の様に風景を写しだしているヌメっとした質感。
それにこの形。
三角っぽいが、角はなく、全てに丸みを帯びていて、搭乗口や、操縦席も外からは全く分からない。
中から柏木も出て来た。
「早く乗りなさーい!台風、そこまで来てるってよー!顧問ー!佐々木君は俺がー!」
「大丈夫だ!俺担いでるから、早くこいつら乗せろ!」
みんな呆気に取られた様子で乗った所で、寅彦が我に返って叫んだ。
「アンテナがああ!」
すると、操縦席の龍太郎が振り返った。
「はいよ。ちょっとお待ち。」
何かボタンを押すと、飛行機からニュッとアームの先にミッキーマウスの手の様な形の物が付いている物が出て来て、屋根の上のアンテナを握り、飛行機内に入れた。
妙に漫画チックだ。
「では出発します。全員マスクとベルト着用。お父さん、悟君に注射は?」
「したよ。3時間は起きねえ。」
「有難うございます。みんな着けた?あ、瑠璃ちゃんはGは大丈夫なのかな?」
竜朗が瑠璃を心配そう見つめた。
「俺も気になってた。車酔いとかしやすい方かい?」
「はい、少し…。」
「じゃあ、眠っとこ。これ、ちょっと酷えからな。手え出しな。」
竜朗に注射され、瑠璃もコテっと眠ってしまった。
竜朗が瑠璃にマスクとベルトを装着させ、龍太郎に合図を送ると、飛行機は垂直に一気に凄まじい速さで上がった。
まずここで普通の人は吐く。
そして、空中に一瞬だけフワンと浮かぶと、一気に加速した。
身体がひしゃげるんじゃないかと思う様な重力を前から諸に受ける様な感じだ。
「と…うさん…。もう少し…スピード…落とせない…のか…。」
龍介がやっとの思いで言うと、龍太郎は笑った。
「流石龍だなあ!この状況下で喋れるとは!これね、スピード調節無いんだあ!」
ーなんて危険な物をー!!!
もう流石に喋れない。
他のメンバーは大丈夫かと思って見ると、亀一は必死に耐えている様子で取り敢えず無事。
朱雀は白目を剥いており、柏木が焦って介抱している。
そして寅彦は泡を吹いて白目を剥いていた。
「寅!寅あ!」
気付いた加来が慌てて介抱しながら、苦笑いで竜朗に言った。
「うーん、飛行機乗りは龍介君と亀一君だけみたいですねえ、顧問。」
「まだ分かんねえよ。ああ、龍、これ、箝口令な。」
龍介はもう慣れたのか、普通に話せる様になった。
「見りゃ分かるよ…。何なのこれは…。」
「それは聞いちゃなんねえんだなあ。」
笑ってはいるが目が真剣なので、かなりヤバイ事というのは、龍介にも分かった。
だから、悟には見られないように、ああいう指令が来たのだろう。
「聞かないけど、それより爺ちゃん、なんで顧問なんて呼ばれてんの?バイトじゃなかったの?」
「あー、えー、仇名?」
「あ、仇名!?」
「ふんふん。偉そうだからってんでよ。」
「は、はあ…。」
これも胡散臭いが、聞くなという事なんだろう。
龍介は急激に疲れが出て来た様な気がした。
竜朗の顔を見て、ほっとしてしまったのかもしれない。
「あれ。龍介君寝てますよ。このGで気絶もしないで寝ちゃうとは、流石だなあ。」
加来が感心して言うと、竜朗は誇らしげに笑って、龍介の頭を撫でた。
「お疲れさん。よく頑張ったな。」
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