第16話
翌日、夏目が稽古がてら美雨を連れて、遊びに来た。
鬼稽古の後、最近どうだと聞かれ、タイムマシンの一件を話すと、夏目は疑う事もせず、黙って聞いた後言った。
「師匠の言う通り、佐々木ってえのはロクでもねえな。お前優しいから、可哀想に思うのかもしれねえが、程々にしとけよ?結局お前みてえな面倒見がいい奴が尻拭いしてやらなきゃなんねえタイプだぜ?」
「はい。気を付けます。」
「おう。」
すると、夏目が不意にニヤリと笑った。
なんだかいい話ではない事は、この何か企んで居そうな、威圧感をふんだんに含んだ目で分かる。
ーなんだ…。何言い出すんだ…。
青い顔の龍介が問うまでもなく、夏目はさも愉快そうに言った。
「明日からキャンプだろ。今回は俺も行ってやる。」
龍介は更に真っ青になって、ソファーに倒れ込んで動けなくなってしまった。
正しく灰になっている。
夏目の言ったキャンプとは、一般の、バーベキューをしたり、テントを張って夜空を観察しながらコーヒーを楽しむ様な、そんな楽しく穏やかなキャンプの事では無い。
先ず、テントなど持って行かない。
精々、何にでも汎用の効くビニールシート。
食料は美味しいとは言えない携帯食。しかも若干である。
1食分かそこら。
じゃあ、1週間もどう生きるかと言えば、現地調達である。
山菜とか、きのことか、食べられる雑草とか。
動物好きの龍介としては、避けたい所だが、ウサギや猪等を仕留めて、拝みながら頂くのである。
食料調達の時間以外はレジャーなのかというと、それも無い。
何故か、特殊部隊並みの訓練をさせられる。
ロープ1本で直角に聳え立つ崖の登り降りとか。
ウサギなどの狩りも、結局は射撃訓練だ。
概ね、龍介、亀一、寅彦が参加させられ、春休み、夏休み、冬休み、其々1週間づつ、行われる。
それを、日頃から仲が良いとは決して言えない、竜朗と龍太郎が陣頭指揮を取ってやるのである。
たまに亀一の父、和臣が入るが、1泊くらいで竜朗に追い返されてしまう。
確かに、和臣は龍介達に優しい。
狩猟も、崖登りも、山の中の行軍も、全部それとなくやり方を教えてくれたり、指示を出してくれる。
しかし、それじゃあ駄目だ、自分達で考えさせないとと、日頃のほほんとしている龍太郎が文句を言い、追い返してしまうのだ。
そう。
龍太郎も人が変わった様に、冷徹な鬼教官になってしまうのだった。
しかも、キャンプという名の軍事訓練中は、犬猿の仲の筈の竜朗と息ピッタリで扱きまくるのである。
龍介達3人の中で、共通の七不思議の1つになる程に。
何故こんな訓練をさせるのか、竜朗に聞いた事があるが、答えは、
「どこで何があっても困らねえだろ?。それに、訓練じゃねえよ、龍、キャンプだ。」
ニッコリ。
ー絶対一般に言うキャンプなんかじゃねえだろ、爺ちゃん!。
それが、今回だけは龍太郎が仕事の都合で参加出来ないからと、夏目が参戦する事になったらしい。
もう、悪い予感しかしない。
ー今回のは、命掛けかもしれない・・・。
龍介は大袈裟でもなんでもなくそう思って、そっと目を閉じ、こめかみを押さえるのだった。
今回は南国の無人島らしい。
いままでは大体、丹沢の山の奥だった。
竜朗曰く、
「レジャーって感じでいいだろ?たまには。」
との事であったが、そんな筈がある訳がない。
南国の無人島とは、山奥とは別に気をつけなければならない事が山ほどある。
増して、真夏だし。
夏目が帰ったのがわかっているかの様なタイミングで亀一と、寅彦がやって来た。
丁度おやつ時であった為、亀一はしずかにべったりとくっ付いて、おやつを持ってやりながら、2階の龍介の部屋に入って来た。
寅彦は変な笑みを浮かべ、龍介は情けなさそうな顔で、亀一を見つめている。
「きいっちゃん…。そのデレデレとした締まりの無いツラはなんなんだ…。」
ムッとして言い返そうとする亀一の頭を、しずかが撫でると、また元のデレデレ顔になり、2人は仕方なさそうに首を横に振った。
しずかが去って行くと、亀一は不機嫌そうにドサっと床に座り、眼鏡の奥のキツイ目で、龍介の事をジロリと睨んだ。
「なんで今回に限り、南国の無人島で、しかも夏目兄貴なんだよ。龍の親父は厳しくしても、節度はあるが、夏目兄貴のしごきに、節度はあんのか。」
龍介も亀一を睨み返したが、残念ながらいつもの迫力は無い。
「なんで夏目さんが来るってのが、俺のせいみてえな言い方すんだよ。」
そう言いながらも、龍介が行くから夏目が来る気になっている事は、龍介にも分かっていた。
だから、迫力に欠け、声に力も無いのだった。
「お前が夏目兄貴に愛されてっからだろうが!」
「愛されって…。」
泣きそうな顔で膝を抱える龍介を見て、来たるしごきも忘れて、亀一も寅彦も吹き出してしまった。
「しょうがねえよ、きいっちゃん。夏目さんの愛は複雑な様だから。」
寅彦が言うと、亀一もしみじみと苦笑しながら頷いた。
「そうだな。しごきまくるのが愛って、屈折してるもんな。」
暫く、膝を抱えたまま2人の言葉を噛み締めていた龍介は、突然、バッと顔を上げた。
若干涙目なのは、いつもの剣道の稽古でのしごきを思い出していたのかもしれない。
この龍介を泣かせる男、夏目。
2人は再び恐怖に駆られながら、龍介の言葉を待った。
「その通り…。
どんな事態になるか分からん。10キロの装備背負ってそのまま5キロ泳げとか当たり前な世界だろう。
南国の無人島って言ったら、もしかしたら、毒蛇だのなんだの、いつもと違う対応も迫られる可能性もある。
それ想定して、必要なもんを3人で書き出して用意して行こう…。」
3人は、鬼気迫る表情で、ああだこうだと相談しながら、持って行くものリストを作るのだった。
そして当日。
初めての場所に加え、夏目という不確定要素が加わる事で、3人は沖縄行きの飛行機の中で、一様にお通夜の様な顔で項垂れていた。
周りは皆、旅行を楽しみにしている、家族連れや、カップルばかりである。
気が遠くなりそうになりながら、沖縄に到着。
本島からは、夏目が操縦するボートに乗り、目的地無人島に到着する筈なのだが…。
早くも、島に到着する前に、試練はやって来た。
夏目は海のど真ん中でボートを停めた。
そして、遠くの方に、悲しい程小さく、霞んで見える、島を指差して言った。
「寅、PCに到着地点の座標を送った。俺達は先に行って待ってるから、1時間半以内に到着しろ。以上。装備整えて、ここで降りろ。」
竜朗もニヤリと笑うだけ。
こうなったら仕方がない。
そして、時間内に到着せねば、あの夏目の事だ。
キッツイプレゼント(しごき)が待っている。
寅彦はPCを開き、2人に座標を伝え、龍介は自分のダイバーズウォッチに座標入力を手早く済ませ、寅彦にウェットスーツを着せてやりながら自分も着る。
亀一は自分と寅彦のダイバーズウォッチにも座標を入力してやり、やはりウェットスーツを着る。
その間、寅彦が3人お揃いで用意して来た完全防水軍事用リュックにPCを入れ終わると、直ぐに海に飛びこんだ。
ここは5キロどころではない。
7キロ位はありそうだ。
しかも、この装備、10キロはある。
それを背負って泳ぐのだから、時間は大事にしたい。
3人が飛び込むなり、ボートは島目掛けて走り去って行ってしまった。
龍介は、覚悟の決まった目で2人に言った。
「よし。念の為はぐれないよう、お互いの腰にロープ着けて繋がって行こう。先頭俺、真ん中寅。しんがりはきいっちゃんな。」
「了解。」
2人が返事をし、3人同時に酸素ボンベマスクと、水中眼鏡を装着。
龍介が手振りで合図をし、3人は泳ぎ始めた。
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