第57話 25回目の誕生日の夜
桜庭と音信不通になってしまってから、7年。
8月6日の25回目の誕生日の夜。
あたしは、桜庭と再会した。
思ってもいなかった突然の出来事に、夢を見ているような、現実ではないような。
そんな感覚に襲われながら、あたしは嬉しさと愛しさとで涙が止まらなかった。
あのあとね。
桜庭とあたし、地下鉄の階段の踊り場でぎゅっとくっついたまま離れられずにいたの。
ずっとずっとーーー。
それから、なかなかやって来ないあたしに待ちくたびれた有理絵からの電話が鳴って。
あたしは、目の前にいる桜庭のことを有理絵に話したんだ。
有理絵も最初はあたしがジョーダン言ってると思ってたみたいで、なに言ってんのってカンジだったんだけど。
それがホントのことだと知ると、耳がつんざきそうになるくらいの悲鳴を上げたよね。
その夜のパーティーは、もちろん急きょ桜庭も参加したんだけど、みんなホントに大喜びで。
もはやあたしの誕生日パーティーというより、桜庭お帰りパーティーで、完全に桜庭が主役と化していたよ。
7年間、あたしになんの連絡もしてこなかった桜庭。
みんな、きっと聞きたいことも言いたいこともたくさんあったと思う。
だけど、誰ひとりとして桜庭のことを問い詰めたり責めたりはしなかったんだ。
あの頃と変わらない、真っ直ぐで優しい瞳。
ただいい加減な気持ちで連絡してこなかったわけではない。
なにか、いろいろな事情や理由があったに違いない。
きっとみんなもそう思ったんだと思う。
卓の『とりあえず、今夜はとことん飲もう!』という言葉で、みんないつになく特別陽気に楽しく飲み明かしたんだ。
そんなあたし達を見て、桜庭はずっと嬉しそうに涙ぐんでいた。
みんなが酔いつぶれて寝静まったあと。
あたしと桜庭は、夜風にあたりに散歩がてら近くの公園まで歩いたんだ。
誰もいない真夜中の公園。
「なんか……」
「なんかさ……」
あたしと桜庭の声が重なった。
思わず2人で顔を見合わせて笑った。
「なに?」
「いや、立花からでいいよ」
「いいよ、なに?」
あたしが聞くと、桜庭が静かに言ったんだ。
「いや、なんかさ……。あの時の花火……思い出した」
あたしは驚いて桜庭を見た。
だって、あたしも全く同じことを考えていたから。
「……あたしも。あの時のキレイな花火、思い出してた……」
桜庭が笑いながら言った。
「なんか。あの日のあの時間に、ちょっと戻ったみたいだな」
「うん……ホントだな」
笑い合うあたしと桜庭。
そして。
桜庭はあたしに話してくれたんだ。
音信不通だった7年間のことを。
包み隠さず、全部あたしに話してくれたんだ。
あたしが想像することもできなかった、たくさんの痛みを抱えながら生きてきた、
その、7年間を……ーーーーー。
桜庭が長野に行ってすぐ。
病気だった桜庭のお母さん方のおじいさんの容体が悪化して、しばらくして亡くなって。
そしてそのあと、あとを追うようにおばあさんも亡くなったらしい。
桜庭のお母さんは、立て続けに愛する人々を失くしてしまい、その悲しみに耐えられなくて、心が壊れてしまって。
精神科に通う日々だったって。
桜庭は、今までのように生活できなくなってしまったお母さんを支えながら、朝は新聞配達、昼から夜までは自動車の整備工場の仕事で働き通しの生活を送っていたらしい。
あまり高くはないお給料だったみたいだけど、高校中退だとなかなか就職も難しかったらしい。
だから、雇ってくれたその職場でとにかく一生懸命がんばってたんだと思う。
だけど……。
心の病気でふさぎ込むお母さん、目の見えない障害を抱える弟。
必死で2人を支えていた桜庭も、心身共に限界がきていたんだ。
そんな精神状態のまま、必死に1日、1日を乗り切ってーーー。
そんな桜庭だったけど。
ある日、すれ違いざまに思いっ切りぶつかってきた同い年くらいの若者と口論になり、殴り合いのケンカになってしまい。
桜庭は、傷害事件を起こしてしまったんだ。
何度も、立花に電話をしようと思った。
立花の声が聴きたくて……ーーー。
そう桜庭が言った。
でも、どうしてもできなかったって。
今の自分の生活も、そんな今の自分自身も。
どうしてもあたしには言えなかったって。
知られたくなかったって。
それで。
桜庭は、あたしのことを忘れようとケータイの番号を変えたらしい。
だけど、やっぱりあたしのことがどうしても忘れられなかったって。
桜庭はそう言って泣いた。
菜々子さんと焼肉に行った日。
夜遅くに着信になっていたあの電話は、やっぱり桜庭だったんだってーーー。
ウソみたいだけど、ホントの話。
あたしね、言ったんだ。
「あたし。あの時、この電話はもしかしたら桜庭からの電話だったんじゃないかって……。ホントにそう思ったんだよ。有理絵達に話したら、そんなわけないって言われたんだけど」
ーーーって。
ねぇ、桜庭。
あたし達、なんかすごいね。
ずっとずっと心が繋がっていて、どんなに離れていても、どんなに時が流れていても。
好き、なんだ。
お互いのことが、好きなんだ……ーーーー。
弟は、そんな桜庭の気持ちに気がついていたみたいで。
ある日、言われたんだって。
「兄ちゃん。会いたい人がいるんだろう?」って。
桜庭はドキッとしたらしい。
ビックリして弟を見ると。
「オレ、心の中はよく見えるんだーーーー」
って。
そして。
「兄ちゃん、いつもありがとう。オレも母さんも大丈夫だから、その人に会いに行ってきて」
そう笑顔で言ったんだって。
その言葉が、桜庭の胸に響き。
それから毎日考えたって。
なんで自分だけこんな目に遭うのかと、自暴自棄になっていた日々。
お母さんのことも、目が見えない弟のことも、もうなにもかもがイヤだと思ったことも何度もあったって。
そしてなにより。
そんな風に思う自分や、傷害事件をを起こしてしまった自分、そして……あたしにも、中途半端なまま音信不通にさせて辛い思いをさせてしまったそんな自分がいちばんイヤで。
自分自身が憎らしくて許せなかったって……。
だけど。
このままじゃいけない、変わりたい。
もう一度はじめから。
新しい気持の自分でやり直せないだろうか……って。
そう考え直したんだって。
それから桜庭は変わっていったんだ。
時には投げ出してしまいたくなった、心の病を抱えてふさぎ込んだお母さんとの関係。
そのお母さんときちんと向き合って、話して、そして支えて。
目の見えない弟とも、いろいろな話をたくさんするようになり。
そこにいるだけで、兄弟の強い絆を感じている自分に気がついて。
そして。
ずっと……押入れの隅に置きっぱなしになっていた、大好きなギターにも再び手を触れたんだ。
同じ志を持った、心通わす大好きなバンドの仲間。
彼らとも連絡を取ることができなくなってしまい、申し訳ない気持ちと、寂しい気持ち、悔しい気持ち、やるせない気持ちが、がずっとずっと心の中にあったって。
だけどーーー。
共に夢を追いかける彼らと一緒に考えたバンド名。
〝from here〟
ここからーーーーー。
その言葉を思い出し、桜庭は、またギターを練習し出したんだ。
いつかまた、彼らと一緒にバンドができる日を夢見ながら。
そして、仕事も毎日がんばって。
そうやって、前向きにやっていこうと変わってきた自分をだんだん許すことができてきて……。
今の自分なら、あたしに会いに行ってもいんじゃないかって。
やっと、そう思えたんだって。
そして思い立って電話をかけてくれたのが、あの焼肉の夜。
でも、緊張と怖さで手が震えたって。
あたしが電話に出なくて、どこかホッとしたと言っていた桜庭。
そして、あたしの25回目の誕生日の夜。
会えないのを覚悟で。
例え会えたとしても、追い返されるのを覚悟で。
あたしに会いにきてくれたんだ。
どうしても、立花に誕生日プレゼントを渡したくて。
会いたくてーーーー。
桜庭はそう話してくれたんだ。
あたしは涙が止まらなかった。
そして、桜庭はあたしに言ったんだ。
「……もう一度、やり直させてくれないか……。立花のことが、ずっと好きだった。これからもずっと好きだから……。だから、オレと……。もう一度、つき合ってくれないかーーーー」
って。
だからあたし、涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑いながら言ったの。
「ーーーもう、つき合ってるよ。7年前からずっと……ーーーー」
って。
そう言ったあたしを、桜庭は苦しいくらいにぎゅうっと抱きしめたんだ。
「ありがとう、ひかる……」
って、小さくつぶやきながら。
この7年間。
寂しくて、切なくて、恋しくて。
会いたくて……。
ずっとずっと辛い、辛い片想いをしているみたいな気持ちだったけど。
今、その会えなかった7年間が埋まっていくような……ううん、埋まっていくどころか、その10倍も20倍も……もう言葉では言い表せないぐらいのすごいことが起きて。
ホントに奇跡のようで。
あたしはただただ嬉しくて、幸せで。
桜庭の大きくて優しい背中を、強く強く抱きしめた。
離れていた、7年間分の想いを胸にーーーー。
夜明け頃。
薄明るくなってきた公園のベンチで開けた、桜庭からの誕生日プレゼントは。
キラキラ光り輝く、ネックレス。
8月の誕生石。
ペリドットをあしらった、カワイくてとても綺麗な小さな月のネックレスだったーーー。
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