第56話 流れ星の奇跡

「はぁー。疲れたぁーーー」



あたしは肩をコキコキさせながら、店内の電気を消した。


やーっと終わったぜ。


店長ってば、今日があたしの誕生日だって知ってたくせに、早番でも遅番でもなくあえてわざわざ開店から閉店までの通しにしてくれちゃって。


そして、自分はちゃっかり休みにしやがって。


ホント性悪店長だぜ。


ま、菜々子さんと2人の方が嬉しいから別にいいんだけどさ。


「ひかる、お疲れ。売り上げあたしが持ってくから。先に帰ってて」


「え?」


菜々子さんが笑顔で言った。


「今日、高校の友達がパーティーしてくれるんでしょ?あとはあたしがやっておくから」


「え、いいのっ?ホントにっ?」


「もちろん」


ううー。


嬉し過ぎるっ。


「ありがとう!菜々子さんっ」


あたしは菜々子さんに抱きついた。


「ほら、早く行かないと。みんな待ってるよ」


「うんっ。じゃ、お言葉に甘えて。お先に失礼しまっす」


「じゃ、また明日ね」


「ほーい」


あたしは菜々子さんにバイバイすると、急いでタイムカードを押して外へ飛び出した。



現在の時刻、夜の8時を回ったとこ。


さぁ、ここからは嬉しい楽しいハッピータイムの始まりだ!


そうなのです。


さっき菜々子さんが言ってたように、今日はあのいつものメンバーが、あたしの誕生日パーティーを開いてくれるということで。


既に、会場となる有理絵の家でみんな待機してくれている状況なのだ。


あとは、あたしが向かうのみ。


うほほーい。


毎年ってわけじゃないんだけど、誰かの誕生日付近で集まれたりする時は、お祝いも兼ねてみんなでパーッと飲んだりとか、そんな風に軽くテキトーに楽しんでたんだけど。


でも今年はなにやらみんなであたしの誕生日をホームパーティーで祝ってやろうと計画してくれたみたいでさ。


ホント嬉しいわぁ。


まぁ、みんなとしてはさ、あたしが誕生日もひとり寂しくないようにって考えてくれたと思うんだ。


いまだにあたしだけ全く男っ気もないからさ。


ううっ……優しさがしみるぜ。


みんな、ありがとう。


今から猛ダッシュでそちらへ向かいます!


うおーーーっ。



あたしは、夜の街を地下鉄の駅目指して真っしぐらに走っていった。


何を用意してくれたのかなー。


きっと有理絵の手料理だな。


お腹すいたー。


早く食べたーい。


ケーキもあるのかな。


むふふふ。


などと、あたしはヨダレが出そうな思いで地下鉄の駅の階段を駆け下りた。


と、その時だった。



ドンッ。



階段の踊り場のところで、ちょうど上がってきた男の人と正面からぶつかってしまったんだ。


いったぁ……。


しまった、勢いよ過ぎちゃった。


ぶつかった拍子に、相手のジーンズのポケットかどこからか、ケータイ落ちてしまった。


「あ、すみませんっ」


あたしが慌てて拾おうとすると。


「あ、いえ……。こっちこそ、すみません」


その声を聞いた瞬間。


あたしの体がピタッと止まった。



この、声。


なんだか聞き覚えのあるような……。



あ、れ……ーーーー?



その人はすっとかがんでケータイを拾った。


「ホント、すみません」


彼がちょっと笑って顔を上げた瞬間。


あたしは、息が止まった。


体が固まって。


周りの雑音もなにも聞こえなくなって。


自分の心臓の音だけが、異常な大きさで鳴り響いている。


そんなあたしの顔を見た、目の前の瞳が。


はっと、あたしに釘付けになった。



お互いの瞳が、瞬きもせずに見つめ合う。


立ち止まっているあたし達の横を、少し邪魔くさそうに通り過ぎていく人々。


だけど。


動けなかった。


あたしの目には、目の前にいるその人しか映らなかった。



ここだけ、切り取られて。


まるで別の世界にいるかのような。


現実ではないかのような。


そんな状態で。


あたしの頭の中は、真っ白になっていた。



「……桜……庭……ーーー?」



無意識の中で、声にした名前。


7年ぶりに、呼ぶ名前。


どれだけ月日が流れても、あたしにはわかる。


ずっと、ずっと、ずっと。


あたしの胸の中にいた人だからーーーー。



「……桜庭、でしょ……?」


あたしの震える声に、彼が小さくうなずいた。



「……立花……ーーー」



7年ぶりに、あたしを呼ぶ声。


懐かしくて、愛おしい、アイツの声。


やっぱり。


桜庭亮平だ………。



そこには。


7年間、ずっと音信不通だったアイツ。


桜庭亮平が立っていたんだ。


少し、大人の顔になった桜庭。


あたしを見つめる瞳には、驚きと戸惑いの色を浮かべていた。


でも。


あの頃感じていた、桜庭の優しい空気みたいなものは、あたしは今も変わらず感じていた。



どうして?


なんで?


なにしてたの?


あのあと……どうして連絡くれなかったの?


あたしのこと、忘れたの?


ずっとずっと、待ってたんだよ?



桜庭……ーーーーー。



……すごくない?


こんな偶然あるんだね。


7年ぶり……だね。



言いたいことは、たくさんあるハズなのに。


言葉がなにも出てこない。


胸が熱くなって、苦しくて。


涙がこぼれた。



「立花……ーーーー」



桜庭が、そっとあたしの手を引き寄せた。


優しい声。


優しい瞳。


大きくて、キレイで、あったかい手。



桜庭……。


あたし、ずっとずっとずっと。


桜庭のことを想ってたんだよーーーー。



涙がぶわっと溢れた瞬間。


桜庭が、強くあたしを抱きしめた。


「……元気だったか……?」


耳元で、桜庭の優しい声がする。


うん。


そのひと言すら声にならなくて。


あたしは泣きながらうなずいた。


あったかいぬくもり。


桜庭の優しい匂い。


これは、夢……?


「立花……ーーー。ごめん。今までずっと。ごめん……」


ごめん……って。


ごめん……って。


もうっ……!


ドンッ。


泣きながら、あたしは桜庭の背中を叩く。


ドン。


ドン。


ドン。


「……バ、バカヤロー!!」


ようやく出た言葉。


桜庭が、苦しいくらいにぎゅっとあたしを強く抱きしめた。


ごめんじゃねーよ。


この7年間、あたしがどんな気持ちで……。


「立花……。言い訳はしない。でも、これだけは信じてほしい。オレは……。ずっとおまえのことが、好きだったーーーー」



涙が、滝のように流れてくる。


この7年間。


ずっとあたしのことを好きでいてくれたの?


会えなくなってからも、ずっと……?



じゃあ。


どうして連絡くれなかったの?


どうして電話も変えたの?


どうして7年間も音信不通だったの?


ちゃんと説明してーーー。



そう言おうとしたのに。


今この瞬間の、桜庭のあたたかい胸の中で。


あたしは、嬉しさと愛しさで、もうなにも言葉にならなかった。


この偶然は、もしかしてこの前の流れ星のおかげなの……?


神様からのあたしへの誕生日プレゼント?


そんなことが、うっすらと頭をよぎる。


「……こんな偶然って。ホントにあるんだな」


桜庭が、ふっと笑って静かにそっとあたしの体を離した。


そして、真っ直ぐな瞳であたしを見たの。


「……オレん中で、ケリがついたから。立花に会いに行くつもりで、今日来た……」


そう言って、ポケットから取り出した飛行機のチケットをあたしに見せた。


今日の日付け。


あたしは、まだ夢を見ているような信じられない気持ちのまま、桜庭を見た。


「もう……とっくに立花は、オレのことなんて忘れてるかもしれない。他に男がいるかもしれない。今更会ってくれないかもしれない。会えないかもしれない……。それを承知で来た」


そして、桜庭は肩から下げていたカバンをそっと開け、中から小さな箱のようなものを取り出した。


そして。



「誕生日、おめでとうーーーーー」



そう言って、その小さな箱をあたしに差し出したんだ。


え……?


な、なに?


なんで……?


今日があたしの誕生日だって、どうして桜庭が知ってるの……?


「気に入るかわかんないけど……。もし会えたら、渡そうと思ってた」


やっぱり、これは、夢かもしれない。


だって、だって。


こんなことって、本当にあるの……?


涙で視界がかすむ。


「もらって……くれるか……?」


桜庭の手の中にある、薄いピンクの小さな箱。


ぼんやりと見える。


「桜庭……。これは、夢か……?」


涙でぐしゃぐしゃの顔で、あたしは桜庭に言った。


だって、信じられないよ。


だけど。


「夢じゃない」


目の前から聴こえてくる声は。


間違いなく、あたしの好きな桜庭の声だった。


あたしは、震える手で小さな箱を受け取った。


「……ありがとう」


嬉しい……ーーーー。


「……会いたかった」


本当に会いたかったよ……ーーー。


「オレもだよ。ずっとずっと会いたかった……」


桜庭の声がかっすかに震えてた。


涙が出た。




この7年間。


なにがあったのかは、今は聞かない。


今はいい。


桜庭に、会えたから。


それだけで、いいーーー。


だから、もう少し。


もう少しだけ、このままで……ーーーーー。



あたしは、幸せなぬくもりの中で。


そっと瞳を閉じた。




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