第43話 いいヤツ。

「ほら」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってるあたしに、健太がポケットティッシュを差し出してくれた。


「あ、ありがとう」


涙でボーッとする頭のまま。


「健太、よくティッシュ持ってたね……」


あたしが言うと。


「さっき来る時、駅前で配ってた」


健太がいつものようにイタズラっぽく笑った。


あたしがずびびーっと鼻をかんで、涙を拭いて、少し落ち着いた頃。


健太が優しい口調でこう切り出した。



「謝るのはオレの方だよ。ひかる、ごめんな」


え?


「なんで健太が謝るんだよ。謝らなきゃいけないのはあたしだよっ」


あたしは健太の隣に座った。


「こんなひどいケガまでさせちゃって……。それに……」


それにーーー……。


健太はあたしの方を見て、ふっと笑いながら自分の傷を指差した。


「これは、オレが勝手にムカついて勝手にやったの。あのヤローが嫌がるひかるにべったり近づきやがるから。オレがイヤだったの」


「……それでもなんでも、あたしは健太のおかげで助かった。ホントにキモかったんだから。あの変態ヤロー。警察呼ぼうかと思ったんだぜ」


あたしが真剣に言うと、健太が笑った。


でも、また真顔に戻って。


「あの時はマジでムカついた。だから……つい頭で考えるより先に手が出ちまった。ホントにすまん……」


健太がガバッと頭を下げてきた。


「えっ。ちょ、ちょっと。だからなんで健太が謝るんだよっ。むしろ、あたしは礼を言ってるんだぞ?」


あたしは思わず健太の腕をつかんだ。


すると。


「……いや。そうじゃなくて。昨日、オレがひかるに言ったこと」


ドキンと小さく胸が鳴る。


「昨日言ったことはホントだ。だから後悔はしてない。ただ……。なんで昨日言ったんだって、後悔した」


「え……?」


どういうこと?


健太は、真っ直ぐ前を見たまま言ったんだ。


「ひかる。明日ちゃんと行けよ。桜庭と……」


「え」


「まぁ、オレなんかが言う必要はないかもしれないけど。おまえのことだからさ、万が一オレのこと気にして、明日のデートすっぽかしでもしたら大変だと思ってさ」


心臓がドキリとした。


まるで健太にあたしの心の中を覗かれたような気がして、あたしはなにも言えず、うつむいてしまった。


「やっぱり」


健太がそんなあたしを見て笑った。


「おまえのことだからよー。ひょっとしてオレのせいで『あたし、明日のデートにこのまま行っていいんだろうか』なーんてくだらないこと考えて暗くなってんじゃないかって思ってた」


え。


なんでわかるの?


まさにそのとおりなんだけど。


ビックリして健太の顔を見ると。


「図星だろ」


健太が笑いながら言った。


「ガキの頃からずっとつるんでるんだぜ?ひかるの考えそうなことぐらい、すぐわかるよ。おまえってさ、変なとこで妙に正義感強いっていうか、人がいいっていうか。そんなとこあるからさ」


健太……。


「オレが謝りたかったのは、そのこと。ひかるに変な気ィ遣わすようなことさせちまって、ホントに悪かった。だけど、オレのことはマジで気にすんな。全く持って大丈夫だ。ひかるの気持ちだって、オレはよくわかってるし。オレは、おまえが幸せならそれでいい」


健太の優しい声。


健太ーーー……。



じわ。


目頭が熱くなる。


ぽろ……。


涙がこぼれた。


「だーかーら、泣くなっつーの」


健太がふざけてあたしの頭をこづいてきた。


「だ、だって……。健太、なんでそんないいヤツなんだよ」


あたしなんて、なんにも気づかず健太のこと傷つけてたのに。


それなのに、なんでそんなに優しいんだよ。


なんでそんなにいいヤツなんだよ。


ぶに。


健太があたしのほっぺたをつまんだ。


「もう泣くな。明日デートだろ。目、腫れるぞ」


「う……」


ぶに、ぶに。


あたしのほっぺたを縦やら横やら引っ張る健太。


「おら、笑えー。笑えー」


あたしの顔で遊びながら笑ってる。


「もうっ。やめよろよなー」


思わず健太の笑顔につられてあたしも笑うと。


「やっと笑った」


健太が優しく笑って言って、そっと手を離した。


「オレ、ひかるには、いつも笑っててほしい。まぁ……そりゃ、いつもってわけにはいかないかもしんねーけど。できるだけ?うん。できるだけ。たぶん、桜庭もな」


「健太……」


「よし!んじゃ、オレ帰るわ」


健太が立ち上がる。


「明日寝坊しないように早く寝れよ」


「う、うん……」


「じゃーな」


軽く手を上げて、健太が公園を出て行った。



健太。


ホントにいいヤツだよ。


いいヤツ過ぎるよ……ーーーー。



あたしは、健太が消えてった公園の入り口を見つめたまま。


しばらくの間、その場にずっと立っていた。







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