第38話 刹那の瞳

そして、金曜日。



映画に誘われた日曜日から5日が過ぎた。


あさっては、いよいよ桜庭と2人で一緒にご飯を食べて、映画を観に行く日。


いわゆる〝デート〟ちっくなスペシャルな1日が、あたしを待っているのだ。


ラララー。


思わず歌い出しそうだ。


相変わらずあたしと桜庭は席が離れてるから、教室ではそんなに会話は交わさずだけど。


それでも、前より近づけたような……距離が縮まったような、なんかそんな気がするんだ。


さとみ達にも楽しかったスタジオ練習のことや、映画のことを報告したんだ。


そしたら、3人とも大興奮でキャーキャー大騒ぎで。


でも、それだけあたしのことを自分のことのように喜んでくれて、あたしも嬉しかったよ。


だけどさ、なぜか健太だけは『へぇー』ってカンジで。


そっけないというか、なんというか。


基本的には変わってなくて、一見するといつもどおりに見えるんだけど……。


有理絵の言うように、やっぱりどことなく元気が足りなくて、ちょっと変なカンジでさ。


ここ2、3日は、休み時間になってもこっちの席にも遊びに来ないんだよ。


そんな中、先生の用事でたまたま自習になったこの英語の時間。


あたしは、隣の卓に健太のことを相談してみることにしたんだ。



「ーーーなぁ、卓。最近、健太の様子……ちょっと変だと思わない?」


周りに聞こえない程度に声のボリュームを下げて、あたしは卓に話しかけた。


それを聞いたあたしの前の席の有理絵も、くるっとこっちを向いた。


「そうそう。卓、なんか知ってる?」



「ーーーーさぁ」



ちょっと間を置いて、卓が答えた。


なに今の間。


怪しい!


「怪しいっ。卓、なんか妙な間があったぞ!さてはなんか知ってるな」


あたしがガバッと卓の机の上に乗り出すと。


「なんも知らねーって。別にいつもどおりなんじゃないの?」


卓ってば、しらっとした顔してる。


「いつもどおりじゃないよ!ここ最近の健太ときたら、なんか元気ないっていうか。いつもならガーガーうるさいくらいなのに。今だってほら、不気味におとなしく真面目にプリントなんかやってるし!」


対角線上の健太の背中。


そして、その近くには桜庭の後ろ姿も。


おっと、今は健太のことだ。


昔からの仲間として、健太が元気ないのなんてやっぱりちょっと心配だよ。


最初はさ、健太のことだからまたすぐケロッとして、いつものようにうるさく騒ぎ出すだろうと思ってたんだけど。


どうやら、そうじゃないっぽいんだよ。


「なぁ、卓。ホントはなんか知ってんでしょっ。健太ってばなに悩んでんの?あたし達にまで隠すことないだろ。水臭いじゃんか」


すると、卓が手持ち無沙汰そうにシャープの芯をカチカチと鳴らしながら口を開いた。


「別に隠してなんかないって。でもまぁ、確かに言われてみれば……ってとこはる。健太のヤツ、ここんとこバスケの練習もあんまり身ィ入ってねーんだ。ミスも多いし」


「え……」


あの、バスケ大好き人間の健太が?


「でも、オレもなにも聞いてないよ。アイツ、なにも言ってこねーし」


「……そうなんだ」


もしかして、健太のヤツ。


あたし達が思ってる以上に、なにか深刻な悩みを抱えてるのか……?


バスケの練習まで身が入ってないなんて。


こんなこと今までなかったのに。


健太。


どうしてなにも言ってくれないんだよ。


そりゃ、なにもできないかもしれないけど……。


ずっと今まで仲良くやってきた仲間じゃん。


……バカ健太。



「おいおい、ひかるまで暗くなんなよー。大丈夫だよ、健太は。そのうち元気になるって」


「そうかなぁ……。でもさ、もし悩みがあるなら、ひと言相談してくれたっていいのにさー」


「まぁ、しゃーねーんじゃねーの?オレらには言いにくいことなのかもしれないし」


卓はそう言ってちらっとあたしを見て、そしておもむろにプリントをやり始めた。


卓の意味深な目。


その目が、なぜかあたしの胸の中で引っかかっていた。




そして、その日の放課後ーーー。


1階の自販機にジュースを買いにきたあたしと、ちょうどすぐ横の男子トイレから出てきた部活のジャージ姿の健太が、偶然にもバッタリ鉢合わせになったんだ。



「あ、健太」


「おう、ひかる」



おっすと、お互い手を上げる。


「帰宅部のひま人軍団とまだ教室で井戸端会議やってんのか?」


首にかかっているタオルで顔の汗を拭きながら、健太が笑った。


「そうだよ。いいだろー」


「オレもそっちに行こうかしら。なんつってー。あー喉乾いた。オレもなんか飲も」


健太がジャージのポケットから小銭を出して、販売機に入れた。


ガコンッ。


勢いよく落ちてきたアクエリアスを取ると。


「んじゃな」


さっさと体育館に向かって歩き出そうとした。


そんな健太の腕を、あたしはとっさにぐいっと引っ張ったんだ。


「なんだよ、ひかる」


健太がビックリしたようにあたしを見る。


あたしは健太をじっと見る。


「健太。なんか悩んでることがあるんじゃないの?もしそうなら、あたしに相談しろよ。そりゃ、あんまり役に立たないかもしれないけど。でも、ひとりで抱え込むより、少しはラクになると思うよ?」


あたしの言葉に、健太は驚いたような戸惑ったような、複雑な表情を浮かべた。


でも、すぐにふっと笑い飛ばして。


「どうしたんだよ。ひかるー。オレ、悩みなんてねーってば。この前からどうしちゃったんだ?いつもどおりだっつーの。オレは」


ポコン。


あたしの頭を軽くこづいてきた。


「ウソつくなよ。ここ数日の健太。なんか変じゃんか。元気ないっていうか、らしくないっていうか……。休み時間になっても、うちらのとこにも来ないし」


「そんなことねーよ。たまたまだよ。実はここんとこオレ、夜更かし気味でさ。バスケ以外の時間は眠くってよぉー」


カラッと笑う健太。


でも、その笑いがどこか無理してるってこと、あたしにはすぐにわかった。


「……卓から聞いたよ。最近、バスケの練習もあんまり身が入ってないって。ミスも多いって」


あたしのその言葉に、健太の顔からすーっと笑いが消えた。


「この前、有理絵に電話してなにか言いかけてやめたのだって、なんかホントは相談したいことがあったんじゃないの?」



黙ったまま視線をそらしていた健太が、静かにあたしの方を見た。


その健太の目が、ヤケに凛としていて。


でも、どこか切なげで、寂しそうで。


今まで見たことのない健太に、あたしは一瞬ドキッとした。


そして、なぜか、さっきの卓の意味深な目が、ふ……っと頭に浮かんできて。


健太の目と重なったんだ。


なんだか妙に切ないような、苦しいような。


そんな、なんとも言いいようのない気持ちがあたしを襲った。


そして、数秒の沈黙のあと。


健太がなにか言おうと口を開いた。







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