第34話 ドキドキ
今日はホントにいい天気。
あったかいなー。
夏本番も、もうすぐだなぁ。
そうだ。
夏休みになったら、きっとバンドの練習も頻繁にするに違いない。
と、すると……あたしも差し入れ持って、しょっちゅう遊びに行けちゃうかも?
うわーい。
楽しみだなぁ。
ますますルンルン気分になり、気持ちが浮き足立つ。
もうすぐ桜庭の練習風景を堂々と見れちゃうんだ。
他のメンバーのことはよく知らないけど、桜庭の仲間だもん、みんないい人達に決まってる。
差し入れもたっぷりみんなの分作ったから、きっと喜んでくれるだろう。
ちょうどお昼時だから、お腹も空くだろうし。
ああ、早くたどり着きたい。
はやる気持ちを抑えられず、あたしはいつもより早歩きでスタジオへの道を急いだ。
カツカツカツ。
お気に入りのさりげないヒョウ柄のミュールも、軽快に音を立てている。
今日はね、あったかいからちょっとウエストらへんまでの短め白のロゴTシャツに、ちょっとベルボトムのジーンズに素足にミュールという、ラフでカジュアルなカンジで来てみましたー。
髪の毛は毛先の方だけ軽くふわっと巻いてみたよ。
あ、そうだ。
あたしはジーンズのポケットからケータイを取り出した。
さっきの桜庭からの着信履歴を見る。
桜庭の電話番号、ついに入手しちゃった。
さっきしっかり登録したもんねー。
へっへっへー。
立ち止まって思わずニヤけるあたし。
同じように、桜庭のケータイにもあたしの番号が登録されてるんだよね。
なんか、またドキドキしてきた。
でも、今日はもうひとつ、入手すると決めているモノがあるのだ。
それは、メールアドレス。
桜庭の。
ドキドキするけど、教えてほしい。
だから絶対聞く!
それでメールを送るの。
今日はありがとう、とか。
そういう他愛のない会話でいいから、桜庭とメールがしたい。
だから、がんばれひかる!
ぎゅっとケータイを握りしめてうなずいているところへ、タイミングよく有理絵からの着信。
「もしもし!有理絵?」
あたしはルンルン気分で電話に出た。
『ひかる、今どこ?』
「外。桜庭のバンドの練習スタジオに向かってるとこ」
『ねぇ、ホントに大丈夫?やっぱり桜庭に確かめた方がいいんじゃない?一応……』
心配そうな有理絵の声。
「それがさ!聞いてくれよ、有理絵!」
あたしは嬉しい気持ちをこらえ切れずに、興奮口調で切り出した。
「さっき、桜庭から電話が来たんだよっ。バンドの練習やるから見に来ないかって!」
『え!桜庭から電話来たの⁉︎キャー!!ひかる、やったね!よかったじゃんっ』
電話の向こうで、有理絵も歓喜の叫びを上げてくれた。
「うんっ。時間も場所もミカの言ったとおりで合ってたぜ」
『よかったー。ちょっと心配してたんだ。ホント安心した。でも、まさか桜庭が電話してくるなんてね。ひかるの番号、誰に聞いたのかな』
「健太だって。最初ケータイにかけてくれたみたいなんだけど。あたし、部屋にケータイ置きっぱのままずっとキッチンにいたから気づけなくて。そしたら、もう1回健太に家電の番号聞いてかけてきてくれたみたい」
『キャー!ラブラブだね、ひかる!これはもう自信を持って桜庭一直線で行くしかないわね』
「ラ、ラブラブだなんてっ。あ、あたしと桜庭は別につき合ってるわけじゃないんだからっ」
『でも、ひかるに教えるためにわざわざ2回も健太に電話してひかるの番号聞いてるんだよ?ひかるの番号聞いて電話してくるなんて。桜庭もなかなかやるねー。熱い熱い』
「熱くないっつーの!」
もう、有理絵ってば。
でも、ニヤけた声で冷やかしてた有理絵が、ふと思い出したように切り出した。
『あ、そういえばさ。健太といえば、さっき珍しく健太から電話がきてさ。なーんか変だったのよねぇ』
健太が?
「健太がどうかしたの?変って?」
『なんかね、〝大した用事じゃないんだけど……〟とか言いながら、〝やっぱいいわ〟って。なにも言わないで切っちゃったのよ』
「えー?なにそれ」
『変でしょ?なんか言いたそうな……聞きたそうな?カンジではあったんだけど。結局いつものあの調子だから、あたしも、まぁいっかーと思って電話切ったんだけど』
健太が言いたいこと言わないなんて。
らしくないなー。
「もしかして。なんか悩み事?」
なんて、あんまりなさそうに見えるけど。
『うーん。思い悩んでる……とかっていうカンジではなかった気はするんだけど。でも……。やっぱいつもよりはちょっと元気なかったかも』
あの健太が元気ないなんて。
どうしたんだ?健太のヤツ。
「でもまぁ、健太のことだから。どうせ大したことじゃないだろ。大丈夫だ」
『……だよね!っていうか、今は健太より桜庭だったわ。ひかる、今日は思いっ切り桜庭に接近しちゃえ!もっと仲良くなれるチャンスだよっ。がんばれ!。応援してるからっ』
有理絵との電話を切って、あたしはもう一度桜庭からの着信履歴を見た。
接近だなんて。
別にそんなこと思ってないけど……。
でも、会いたい。
早く会いたい。
あたしはポケットにケータイをしまうと、再び軽快に歩き出した。
じーーーーー。
あたしの視線は一点に集中している。
ドキドキドキドキ。
「どぉ?美味しい?美味しい?」
今、まさに照り焼きチキンサンドを口に頬ばろうとしている桜庭。
その横で、あたしはちょー至近距離で息を呑んで桜庭の様子を伺っていた。
というか、凝視していた……と言った方が正しい。
「ねぇ。美味しい?美味しい?」
更にぐっと覗き込む。
ドキドキドキ。
すると、桜庭が呆れたようにあたしを見た。
「おまえさー。オレ、まだ食ってないっつーの」
「早く食べろよなっ」
桜庭が『美味しい』って言ってくれるかどうか、気になってドキドキなんだから。
じーーーーー。
再び桜庭の顔を凝視。
ドキドキドキドキ。
「……おまえさぁ」
桜庭がサンドイッチを持っている手を下におろした。
「ちょっと!なんで食べないんだよっ」
「立花がそんなに見るからだろっ。そんなにじーっと見られたら食えねーっつーの」
そんなあたしと桜庭のやりとりを見て、他のメンバーが笑い出した。
「確かに、立花が見過ぎ。安心しろよ。これ、すっげーうまいぜ」
B組の大谷が、照り焼きチキンサンドを食べながら笑顔で言った。
「ホント?美味しい?」
「うん。かなりうまい」
「よかったぁー」
他のみんなも、うまいうまいと喜んで食べてくれてる。
そうーーー。
ここは桜庭達が練習しているスタジオ。
ついにやって来たのだ!
ずっと来てみたかった、この場所。
アンプやらドラムやら、いろんな器材を初めてこんな間近で見ながら、あたしは到着直後から大興奮。
なにより、ギターを弾く桜庭の姿をこんな近くで見れるなんて。
もう、嬉しくて最高だ!!
ドキドキドキドキ。
あたしの胸も、ずっとビートを刻んでる。
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