第26話 本当の気持ち

「めんぼくない。でも、それももう終わりだ。あたしと桜庭がつき合ってないって、みんな気づいてきてるみたいだ」


たぶん、性悪アイドル達はもっと前から知ってたんだろうな。


「と、すると。諦めてひっそり身を潜めていたひかるのファンのヤツらが、待ってましたとばかりに再び登場か。でもって、ラブレターの嵐再び、ってやつか?」


健太が笑った。


「げげ。イヤだよ、そんなのぉ」


っていうことは。


つき合ってないってバレてきたわけだから、今までみたく一緒にいることができなくなるのかな。


だって、あたし達彼氏でも彼女でもないし。


というより、そもそもあたしと桜庭はなんでもなくて……。


ただのクラスメートで、たまたま隣の席で。


たまたまこういうことになって、たまたま勉強教えてもらって。


たまたま一緒にいただけでーーー。


あたし達は、ただの『誤解カップル』っていうだけで、ホントの彼氏と彼女じゃないから。


最初から、そうする意味っていうか……必要っていうか……理由っていうか。


そういうのは、元々ないわけで。


噂ついでに一緒にいただけだから。


2人でいる理由がなくなるんだ。


そっか……。


そうだよな……。


だって、つき合ってるわけじゃないから。


あたし達ーーー。



その時、ふっと性悪アイドルの悔しそうな顔が浮かんだ。


「……なぁ、健太。あたし、よくなかったかな」


「あ?」


「ーーーつき合ってないのに、ホントは彼女でもないのに。勘違いの噂に便乗して、桜庭と一緒にいたり、勉強教えてもらったりしてさ。さっきのあの女みたく、桜庭のことを本気で好きな人達が他にもいたかもしれないのに。別に騙すつもりとかじゃなかったけど、結果的に傷つけてたりしちゃってたのかな……」


横断歩道を渡ろうとしたら、ちょうど信号が赤になった。


眩しいライトをつけた車が、次々と目の前を横切っていく。


「それに……桜庭もホントはいい迷惑だったのかもしれないな。アイツいいヤツだから、気にするなって言ってくれてたけど。いつも桜庭が助けてくれるから、あたしもつい甘えちゃって……」


頭をポリポリかきながら、ちょっと苦笑するあたしに、健太が真顔で言った。


「ひかるはどうなんだよ」


「え?」


「他のヤツらや桜庭のことよりも。おまえはどうだったんだよ。ただ、おまえのファンのヤツらを阻止するために都合がよかったから?そういう単なる策略的なものでアイツと一緒にいたのか?それとも。成り行きついでになんとなく仲良くなって、なんとなく一緒にいたのか?おまえの中にーーーそれ以外の別の感情はなかったのか?」


パッ。


信号が青に変わったけど、あたしと健太は向き合って立ち止まったまま。


そんなあたし達を、ちらちら横目で見ながら横断歩道を渡って行く人達。


また、信号が点滅して赤になった。



「……あたし。ビルの中でずっと呼んでた。桜庭の名前。胸の中で……」


何度も、何度も。


「桜庭のために作ったサンドイッチをあんな風にされちゃって。あたし、ショック過ぎてなにも言えなくてさ……」


あたしの言葉を、健太は黙って聞いていた。


「アイツらが出て行って、ひとりになって。ただひたすら悲しくて。そしたらさ、なんかすごく会いたい……って思ったなんでかいつも桜庭は、あたしのピンチを救ってくれるから。今日も、助けに来てくれないかな……なんて。ずっと思ってた。来るハズないのにね」


「………好きなのか?」


健太の問いかけに。


「へへ……。そうみたい」


あたしは、自分でもビックリするくらい素直な気持ちで健太にそう言った。



そう。


あたしは、たぶん……桜庭が好きなんだ。


なんだかすごく、好きなんだーーーー。



思わず、健太の方を見てにっと笑っちゃった。


「バーカ」


「わっ」


信号が青になったとたん、健太が笑いながらあたしの頭を軽くどついた。


「ようやく本音を出しやがったか。ひかるは鈍感だからなー。自分の好きなヤツすら気づかなそうだもんな」


歩きながら、健太が小バカにしたようにあたしの顔を覗き込んできた。


「うるさいな。健太だってなにかと鈍感だろ」


「バカ言え。オレはおまえと違って感覚が鋭いからよ。いろいろわかんだよ」


「ホントかよ」


あたしは笑っていた。


無理にでも、作り笑いでもなくて。


なんだか嬉しくて。



それから、星空の下を2人でしゃべりながら笑いながら歩いて行った。


気がつくと、もうあたしの家のすぐ近くまで来ていた。


「健太、あたしこの辺で大丈夫だよ。ホントありがとな」


立ち止まって、あたしは健太にお礼を言った。


そしたら、健太はすごく穏やかな目であたしを見たの。


「さっきのひかるの言葉を聞いて、オレ安心したよ。おまえさえしっかり自分の気持ち持ってれば大丈夫だよ」


それから。


「アイツらにガツンと叫んでやれ。『あたしは桜庭が好きなんだぁー!文句あっかー!』って」


イタズラ坊主の笑顔で笑いながら言った。


「青春ドラマか」


ケラケラ笑っちゃったよ。


「ま、なんかあったらまたすぐ言えよ。オレらはひかるの味方だからさ。まぁ、おまえならひとりでもどうにかなるだろーけど。でも……」


「でもなんだよ」


「最近……。妙に女っぽいからさ」


え?


健太の意外な言葉に、あたしは思わずじーっと健太の顔を見た。


「なんだよ」


だって、健太がそんなこと言うなんて。


「あたし、そんなに女っぽい?キャー。どうしましょっ」


「ジョーダンに決まってるだろ」


こけっ。


「なんだよそれ」


「マイケル・ジョーダン。なんつって。古いな」


「アホ。ま、いいや。今日はいろいろ世話になったし。あ、健太ラーメン代」


あたしの分もまとめて払っておいてくれた健太にラーメン代払うの忘れてた。


ガサゴソ財布を取り出していたら。


「おう、800万円な」


「おい、桁が違うぞ桁が」


「なんつってー。いーよ、おごりだ」


「え?いいよ、払うよ」


「800万円払うか、オレのおごりか。2択だな」


「なんだその2択は」


思わず笑っちゃった。


「じゃあ、お言葉に甘えてゴチになります。サンキュー」


「おう。明日、ちゃんと学校来いよ。まぁ、言われなくて来るとは思うけど」


「もちろん、休むわけないじゃん」


「だよな。ホントにここで大丈夫か?」


「うん。すぐそこだから大丈夫。健太も気をつけてな」


健太、いろいろ心配してくれてありがとう。


「おう、じゃあな」


健太がくるっと背中を向けて歩き出した。


小さくなっていく背中。



「健太!ホント、ありがとーーーっ」



あたしが叫ぶと、小さくなった健太が振り返って大きく手を振った。


あたしは、健太の後ろ姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。





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