第25話 星空

夕方頃。



有理絵達は、あたしがもう帰ってきてる頃だろうってことで、どうだったか様子を聞こうと電話をくれてたらしいんだ。


でも、あのビル電波が悪くて圏外になってたみたいで。


で、何回かけても出ないから、なんか変じゃない?ってことになって、あたしの家に行こうとしたんだって。


その途中で、部活帰りの健太と卓に偶然会ったらしく、あたしだけいなかったから『ひかるは?』ってことになって。


有理絵達があたしと連絡取れないってことを説明してくれたんだけど。


健太と卓は、Sビルがもうすぐ取り壊されるってことを知ってたみたいなの。


それで、やっぱりおかしいってことになって。


そのままみんなあたしのところに駆けつけてくれたらしいんだ。




ゆらゆら。


ラーメンの湯気が立ち上る中で、有理絵が真面目な顔で言った。


「あたし、アイツら絶対許せないよ」


マヤもパチッと割り箸を置く。


「あたしもだよ。フツウあんなことするっ?ひかるが一生懸命作ったものをさ!アイツら、ひかるが手作りの差し入れ持ってくるって知っててアレだよっ⁉︎信じらんないっ」


「……ありがとう。大丈夫。あたしもさ、いつもなら絶対ひとりでガツンと追っ払っちゃうとこなのに。なにやってんだかな」


無理に笑ってみたけど、今のあたしにはそれを持続させるだけの気力はなかった。


「だけどよ。ホントいつものひかるの根性でビシッとやってやりゃあよかったのに」


健太がゴクゴクとコップの水を飲み干しながら言った。


「できるわけないよー。あっちは5人もいたんだよ?ねぇ、ひかる」


「……うん。だけど、あのミカって女……」


「ミカ?」


「あ、うん。あたしを呼び出した陰の張本人なんだけど……。こんなことするなんて、よっぽど桜庭のことが好きなんだよ、きっと……」


あたしと桜庭がいつも一緒にいることが、よっぽどイヤだったんだ。


きっと、すごく悔しくて。


きっと、すごく切なかったんだ……。


「ひかる。あんなひどいことされたのに、アイツらかばってどーすんのよ」


半分怒るように半分慰めるようさとみが言う。


「え。ああ、いや。別にかばってるとかそういうわけじゃないけど……。きっとそうなんだろうなぁ……と思ってさ……」


「はぁー。ホントおまえは抜けてるっつーか、なんつーか」


健太が呆れ顔であたしを見る。


あたしがちょっとムッとすると。


「大体よー。ころっと騙され過ぎなんだよ。怪しいと思ったらちょっとは疑えよ」


「だって親切だったんだもん」


「それがダメだっつーの。少しは用心しろよ。おまえの場合、ただでさえ目立つんだから。知らないヤツとか怪しげなヤツとかが妙なこと言って近づいてきたら、少しは変に思わないと」


「なんで?」


「なんでって。おまえ、懲りねーヤツだなっ。だから、オレが言おうとしてるのは。中にはおまえのことをよく思ってないヤツもいるから気をつけろってことだよ。今日みたく、バカみたいにひかるにひかるのこと妬んでジェラシー燃やしてるヤツもいるってこと。まぁ、相手が桜庭だから無理もねーけど」


そう……なんだ。


健太の言葉に、なにも言えないで黙ってしまったあたしに。


「ひかる、食えよ。のびちゃうぜ」


卓が優しく笑った。





ガラガラッ。


「ごっそーさまー」


「ごちそうさまー」


引き戸を開けながらみんな元気よく店主に声をあける。


ラーメンを食べ終えて店を出た時には、もう既に外は真っ暗になっていた。


「雨、止んでる……」


さっきとは打って変わって晴れ渡り、空には小さな小さなダイヤモンドのような星点々と見える。


そんな空の下をみんなで『ラーメン美味しかったね』と他愛のない話をしながら歩いていく。


いつもの見慣れた街並みが見えてきた。


おつもの駅前通り。


ここから家路への道のりはそれぞれバラバラだ。


「じゃあ、解散すっか」


卓が言うと。


「ひかる、あたし今日逆方向っ。親に頼まれごとされてて、これからイトコのおあばさんのとこ行かなきゃいけないんだー」


有理絵がすまなそうな顔をしている。


「大丈夫だよ、あたしはもうひとりで」


ピースしたけど。


「オレが送ってやるよ。方向音痴のおまえをひとりで帰したら、道間違って家に着かねーかもしんねーからな」


と、健太。


「何回も歩いてる道だ。間違えないっつーの」


「ひかる、そうしなさいっ。今日はちゃんと健太に送り届けてもらって」


「えー?」


「うん、その方がいいな」


「もう暗いしね」


「ひかる、そうしなそうしな」


みんなも口々に言う。


じゃあ……そうするか。


「わかったよ。健太に送ってもらう。みんな、いろいろありがとな。ホント感謝だ」


あたしが言うと。


「なに水くさいこと言ってんの」


「うちらはどんな時だってひかるの味方だからね!なんなら一緒に殴り込みにだって行くんだからね」


「そうだよ。いつでもなんでも言うんだよ」


「ひかる、しっかり休め。今日は早く寝ろよ」


マヤもさとみも景子も卓も、みんな笑顔であたしを元気づけてくれた。


「ひかるにはうりらがいるからね。だから大丈夫!とりあえず。健太、ひかるのこと頼んだよ!」


有理絵がビシッと指さす。


「はいはい、わかってるよ」


そんなみんなのやりとりが、優しくてあったかくて。


なんだか胸にぐっときた。


バイバイしながらそれぞれの方向へバラけていくみんなの後ろ姿を見送っていると。


「行くぞー」


健太もあたしの家の方向に向かって歩き出した。


「健太、ホントにいいの?遠回りになるぞ?」


あたしが聞くと。


「いーのっ。どうせ暇だしよ」


肩にバッグをかつぎ、片っぽの手をポケットに突っ込んでブラブラ歩いていく健太。


「優しいじゃん、今日は」


ふざけて健太の顔を覗き込んだら、ポコッと頭をこづかれた。


「バーカ。オレはいっつも優しーんだよ」


「ええー?」


なんて。


あたしはニヤニヤしながら更に健太の顔を覗き込んだけど。


ホントはすごく助かってる。


帰り道、ひとりじゃなくてよかった。


ひとりだったら、また思い出してブルーになっちゃうから。


でも健太となら。


くだらないことでも一緒に笑える。


だからブルーにならない。


それにしても……星、キレイだなぁ……。


「健太も見てみなよ。すごいキレイだよ。雨上がりだから、空気が澄んでるんだな」


「んぁ?」


健太もつられて上を見る。


空ってさ、ホントに不思議だよね。


青になったり、ピンクになったり、オレンジになったり、グレーになったり、黒になったり。


なんか、まるで人の心みたい。


太陽や、雲や、星やーーー。


この星空も、どこか遠いとこで見知らぬ誰かも見上げてるんだろうね、きっと。


桜庭も……見てるかな。


「おい、上ばっか見てるとすっ転ぶぞ」


健太の声。


「だって、キレイなんだもーん」


ずっと見ていたいなぁ。


あの屋上なんかで寝っ転がってさ。



「おまえさぁ」


横を歩いている健太が、ゆっくりと口を開いた。


「なに?」


「あん時。オレらが来なかったらどうしてたんだよ。まさか、あのままずっとへたり込んでたわけじゃねーだろうな」


「……どうしてたんだろうな」


ちょっとだけ笑って答える。


ホントにどうしてたのかな。


考えたら、胸が重くなった。


「さすがのひかるも、一撃喰らわされたってわけか」


「……まぁね。でも、やっぱ許せないよ。あんなひどいマネしやがったアイツらのこと」


そうだよ。


こんなことされて、めそめそ黙ってるわけにはいかないよ。


あたしは傷ついた水筒とタッパが入っているトートバッグを背負い直した。


「オレがガツンと話つけてきてやるか?」


「ううん。あたしが自分できっちりさせるよ」


真っ直ぐ前を見て、強くうなずいた。


「えらい。それでこそひかるだ!」


健太ってば大げさにうなずきながら、あたしの頭をぐしゃぐしゃっとなでた。


でも、ホントに健太やみんなのおかげで、あたしの気持ちもようやく落ち着いてきたよ。


健太のぐしゃぐしゃも、『がんばれー』ってパワーくれてるみたいで。


なんか嬉しかった。



「だけどよぉー。おまえらもとんだお騒がせカップルだよな」


健太が笑った。



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