第6話 イメージチェンジ
ガヤガヤ。
ざわめく朝の生徒玄関で、あたしはおしとやかに声をかけた。
「おはよう、有理絵」
有理絵がくるっと振り向いた。
「わっ。ひかる、カワイイ!」
どーよ!
いつもタラシっぱなしの髪なんだけど、今日はカーラーで毛先をくるんと巻いて、2つに分けてリボンもつけてみたんだ。
「なかなかだろ?あ、じゃなくて。なかなかじゃないかしら?」
くねっと首を傾け、うふっと口元に手を当ててみた。
「……ひかる、それはいらない」
「いらないのか?」
「いらない。でも、髪型は女の子ってカンジですっごいカワイイ!似合う似合う。お、ネクタイもちゃんとしてるじゃん。えらい!さっそくイメチェンがんばってるね」
「いつもよりちょっと早起きしてがんばってみたぜ。女の子ってカンジする?フェミニンってカンジする?」
「するする」
有理絵が笑顔で大きくうなずいた。
よーし、いいカンジだぞ。
昨日、心に誓ったもんね。
女の子らしいあたしに変身するんだって。
これで、昨日ラブレターくれた子達もあたしへの興味をなくすだろう。
そうすれば、あたしにもきっとステキな恋のチャンスが……。
くふふふ。
にやけながらカパッと下駄箱を開けると。
バサバサバサーーー。
なんと、またしてもあたしの足元に複数の手紙が勢いよく落ちてきたのだ。
「げっ」
ウソだろ⁉︎またかよっ。
しかも、なんか昨日より多くないか?
「うわっ。ひかる、またじゃん」
周りの人が、遠目からジロジロとこっちを見ている。
「ひかる、とりあえず早くしまお」
「う、うんっ」
うぉーーーいっ。
勘弁してくれよぉ!
ガサガサ。
慌てて拾い集めてカバンの中へ放り込んだ。
すると。
ふっと暗くなって、後ろに人の気配。
後ろを振り向いて、あたしは顔が引きつった。
なぜなら、そこに立っていたのがあの桜庭だったからである。
げげっ。
なんというバッドタイミング。
「お、おはよう!」
笑ってごまかして足早に立ち去ろうとしたら。
「おはよう。立花、忘れもん」
あっ!手紙!
拾い忘れていた1通の手紙を、桜庭が拾ってあたしに差し出した。
ちら。
桜庭の顔を見ると、ニヤッと笑っているように見える。
うわー。
『コイツ、また女からラブレターもらってんのかよ』って思ってる!絶対!
「サ、サンキュー」
サッと受け取ると、あたしはダッシュでその場を離れた。
「ひかる、ひかるっ。大股大股!パンツ見えちゃうって」
有理絵にストップをかけられて。
「あ、そうだった」
ポンポン。
スカートの乱れを直して、しずしずと歩き出した。
「ねぇ。桜庭、なんか笑ってたよー。知ってんのかな、ひかるが女の子にモテまくりのこと」
有理絵が、歩きながら玄関の方を振り向いた。
「そうなんだよ!実はさ。昨日、机の上に置いていた手紙、うっかり見られちゃってさー」
「ラブレター見られたの?で、それが女の子からだってのもバレたの?で?で?桜庭の反応は?」
妙にウキウキしながら質問してくる有理絵。
「ずいぶん嬉しそうだな。もしかして、有理絵おもしろがってないか?あたしのシークレットがバレて」
じろー。
横目で見ると。
「そりゃそうよー」
ズコッ。
「おいっ」
「だって、桜庭の反応に興味あるんだもん。顔もカッコイイし、背も高いし、頭もいいしでイケてるんだけど、普段あんまりしゃべったことないから。あのクールな桜庭がそういうの見たら、どんな顔してなんて言うのかなって」
「有理絵もあんまりしゃべったことないの?」
「うん。基本的に女子とはそんなにしゃべらないってカンジかも」
へー。
「男同士ではフツウに楽しそうにしゃべってるみたいだけど、どっちかって言うと元々口数多いタイプではないっぽいじゃん?でも、それが逆にカッコイイ!って女子達の間ではかなりのモテ男なんだよ。クールガイってカンジだよね、桜庭は。昔からファンも多いんだよ。なにげに学校一のモテ男かも」
ふーん、そうなんだ。
無口なクールガイ、ね。
だからあたしともあんまりしゃべらないわけね。
「でもさ、クールはクールでも、アイツ冷凍便並みのクールだぞ。妙に落ち着き払ってるし。だってさ、あたしのラブレター見た時だって、『同性にモテるのっていいじゃん』とか言って、全く驚きもしないんだぜ?」
「へー。でも確かに、ちょっとやそっとのことじゃ動じなさそうなカンジはあるよね」
そうなんだよ。
みんな大抵驚くのに、アイツだけはフツウだったんだよな。
ガラッ。
教室に入ると、既に来ていた健太があたしを見て目を丸くした。
「おはよう、健太」
ニコニコ。
あたしはしずしずと健太の席へと歩いていき、とびきりのお上品な笑顔でほほ笑んだ。
どーだ!
今日はとびっきりの女の子だぞ。
と、自信満々で挨拶したのに。
「な、なんだよ、気持ちわりーな。熱でもあんじゃねーの?」
と、失礼ぶっこきヤローの健太。
むむむ。
「気持ち悪いってなんだよ、気持ち悪いって!」
つい、いつものように食ってかかったら。
「そーそー。やっぱひかるはそうでなきゃな」
なんて言いながら、ガハガハ笑ってやんの。
「ちょっと。人がせかっく昨日の宣言どおり、女の子らしく変身しようとさっそくがんばってきたのにっ」
「無理、無理。やめとけ、やめとけ。おまえが女らしくなったら、雨どころかヤリだのヒョウだの降ってきて大変なことになるぜ。まぁ、やる気と熱意だけは認めてやるよ。がんばった、がんばった」
なんて言いながら、あたしの頭をポンポンしてきた。
「有理絵!健太のヤツ、こんなことを言いやがるっ。なんか言ってやってくれっ」」
有理絵の腕をぐいぐい引っ張る。
「健太、ひかるだってがんばってるんだから。ちゃんと応援してあげて。まぁ、確かにその妙なほほ笑みや妙な仕草に関しては、気持ち悪いって意見もわからなくはないけど」
ズコッ。
「気持ち悪いっていうか、違和感?たぶん、ひかるの中にある〝女の子らしい像〟がそういうイメージなんだろうけど、なんかちょっと違うのよ。やたらと不自然なのよねぇ。目指すのは、なんていうか……内面から自然に出てくる〝女の子らしさ〟みたいな?」
「なるほど」
「今日のひかる、髪型もすっごいカワイイし、ネクタイもちゃんとしてるじゃない。そういうちょっとした身だしなみに気をつけるだけでも、雰囲気や印象ってすごく変わるから。そういう小さなとこから、ちょっとずつステキ女子目指してこーよ。まぁ、あんまりのんびりやってる場合でもないかもしれないけどねー」
有理絵が意味ありげにあたしのカバンを見る。
その視線に気づいた健太が、ジロリとあたしのカバンを見た。
「さては。また入ってたのか、ラブレター!」
健太ってばデカイ声出すもんだから、あたしは慌てて健太の口をふさいだ。
「しょうがないだろっ。下駄箱開けたら、いきなりまたバサバサッて落ちてきたんだから」
小声で言いながら、周りをちらっと見ると、教室の後ろのドアから桜庭が入ってくるのが視界に入った。
……また桜庭にラブレター見られちまった。
でも、あたしだって、もらいたくてもらってるんじゃないやい。
「何通だよ、誰からだよ」
「知らないよ。まだ見てないもん。っていうか、見なくていいんだけど……。でもさ、今日のあたし、かなりイケてるだろ?フェミニンだろ?華麗に変身したこの姿を見れば、手紙をくれた子達の気も変わるだろ」
えっへん。
ふふんと腰に手をあてると。
「どうだかな。。オレには中坊のガキにしか見ねえーけど」
「なにをーっ?」
「こらこら、2人とも」
有理絵が仲裁に入った。
ちきしょー、健太のヤツ。
まったく失礼なヤローだ。
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