徹頭徹尾"眼"を使え!

松尾刺繍

第1話 命の重さは地球より重い


「東京は暑いですねぇ。なんだかむしゃくしゃしてきました。」


男は"眼"をスライドさせ、視界内を切り取る。出勤しようとしてたサラリーマンの首が落ちた。


それを見た人々は、あまりに現実的でない事象に、一拍おいてから悲鳴をあげ逃げ出した。


「いや〜暑い暑い。コンビニでアイスでも買いますか。」


この惨劇を作り出した張本人、身長はだいたい175センチ。白いカッターシャツに、暗い色のだぼだぼのジーンズ。礼服用のナロータイをぐちゃぐちゃに結んで、額から垂れてくる汗を拭いている彼が、羅門生 晃。殺人鬼異能力者である。


「んー、やっぱアイスはソフトクリームに限りますよねぇ。ねぇ、あなたもそう思うでしょ?うんうん、そうだよねぇ。いや、あなた口くさっ!死んでください」


早口で勝手にまくし立てた挙句にサクッと身体を斜めに切断された、彼の隣にいただけの通行人はそのまま"ズリ"と描かれた線に沿って崩れた。


晃はその残骸に目もくれず赤色の信号を待ってたが、国道の交差点は信号が長いなぁ、と呟いてから適当に視界を切り取ってあらゆるものを切断していった。止まれ!の道路標識、同じく信号待ちしていたカップル、ハゲたホームレス。等しく四等分にされてぐちゃりと地面に落ちた。彼の能力が発眼してから早一年と半月。東京都影落市では日常の光景となりつつある。



「あのねぇ、毎日毎日こんなに人殺して少しはこっちの面倒とか考えてくれないの?晃ちゃん。」


影落市、第四派出所の署長の松田大輝はため息混じりに愚痴を垂らしていた。ボロっちい派出所の小さい椅子に腰掛けて、今朝行われた惨劇の後処理を行なっていた。今朝の晃は午後1時までには167人を殺害。松田はぐちゃぐちゃになった死体をせっせこと運んだ後、晃に電話して来てもらっていた。


「いやそうは言いましてもねぇ、こちらにも事情があるんですよ。まず、もう10月下旬なのにこんなに暑い東京にイライラしてしまって」


申し訳なさそうに意味不明な言い訳をする晃は、松田と向かい合ってしょんぼりと丸まっていた。


「いや、そんな言い訳通用しないからな?せめて殺した後は晃ちゃんが処理してくれよ。意外と重いしめんどくさいんだよ?これ」


まだ切断されてからそんなに時間が経ってない、ハゲのホームレスの眼球を頭ごと足でぐりぐりとしながら松田は言う。若干キレているのか、その目は晃を睨みつけている。


「いやいや、それが松田さんの仕事じゃないですか。こっちだってそんな暇じゃないんですから、わざわざ呼び出さないでくださいよ。仕事があるんですよ?」


「仕事なんてないだろ晃ちゃん。君は無職なんだ。高校を卒業してからまともに働いてないだろ?そもそも、お金持ってそうな人を殺して財布の中身を抜くのは仕事じゃないんだぞ?」


うっ、と痛いところを突かれた晃は、"おっ、こんなところにカマキリだ〜、珍しいですねぇ"と現実逃避しだした。そのしらじらしい態度に松田は一段と深い溜息を吐いてから、しっしっと手で"出てけ"の合図をした。そんなめんどくさそうにしてるが、彼の仕事は大量の死体を部下と処理した後、晃ちゃんの犯罪歴に殺害人数を足すだけだった。これも日常に過ぎない。悲しい影落市の一コマだった。

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