ドア閉まります

大豆

ドア閉まります、お下がりください

『ねえパパ』

いつきが言った。


『ん?』

俺はいつきの隣のベンチで向かいのホームを見てる。

六つのいつきはベンチに腰掛けると、足が地面に着かず、ぶらぶらさせている。


いつきは紺色の、モコモコしたジャンパーを羽織っている。ニット帽は嫌がって脱いでしまった。 

手には買ってやったリンゴジュースがある。


『りこんてなあに?』


『結婚の反対だよ。』


『じゃあ「かくえきていしゃ」ってなに?』


『んとねー…駅を飛ばさないで、全部の駅に停まるんだよ。新幹線は飛ばしまくりだよ。』


『そっかー。じゃあシャチってなあに?』


『シャチはねぇ…黒くて、車くらいデカくて海の中にいるんだよ。いつき小っちゃい頃見たんだぞ。』


『いつー?』


『二歳くれーかなぁ?』


『だれとー?』


『みんなで。』



『パパとー、いつきとー、ママ?』


『そう、三人で。』



『じゃあ「やくば」ってなあに?』


『いろーんな手続きをするとこだよ。』


『てつづきー?』


『うん、手続き。ママと行くもんな。』



『しやくしょにいるのは、誰?』



『誰って、職員さんだよ。』

俺は少し笑った。



『いいひとー?』



『どうだろ?例えいい人じゃなくても、嫌なことはしてこないよ。』



『そっかー。じゃあ「やまなし」ってなにー?』



『えっとねぇ、これから行くところ。』


『かんとう?』



『おっ、すげーないつき、関東とか知ってんだ!うん、ギリギリ関東。』



『そっかー。何があるの?』



『富士山がある。』



『ふじさん?だれ?』


『山のことだよ。でーっかい山。日本一デカい山。』


『そっかー。のぼったらつかれちゃう?』



『疲れるよー。大人でも大変だ。』



『そっかー。パパでも?』



『パパなんか余計体力ねーもんな。』

俺はまた笑った。



『そっかー。じゃあ「しょうがっこー」ってなあに?』


『知ってるだろーいつき。お前は来年から行くんだよ。』


『なんでー?』


『んー、勉強するためかな。あと友達作るため。』



『なんでべんきょーするの?』



『勉強しないと頭良くなれないよ。いいお仕事出来ないんだぞ。』



『いいおしごとってなあにー?』



『楽なお仕事。勉強しないとー、大変なお仕事しか出来なくなっちゃうよ。いっぱい勉強した人は、頑張ったねっつって、楽なお仕事させてもらえるよ。』



『べんきょーするー。』



『した方がいいな。』

いつきの頭をポンと叩いた。



『じゃあ「さいこん」ってなあに?』



『ん、再婚?再婚はー、結婚したけど離婚した人がもう一回結婚すること。』



『パパもするのー?』


『パパ出来るかなー。』


『パパならできるよー。』


『…ありがと!』

俺はまたいつきの頭をポンと叩いた。


『いつきこれからどこいくのー?』


『山梨っ。』


『さっきいったとこー?』


『そうさっき言ったとこ。でっかい富士山のとこ。』


『パパはいつくるー?』


『いつだろなー!』


努めて明るく言った。


『…そっかー。じゃあ、ランドセルってなあにー?』


『ランドセル?ランドセルねー。リュックサックみたいに背中に──』


「一番線に埼京線各駅停車赤羽行が参ります─」


『リュックサックみたいに背中に背負って、学校いくんだぞ。』


俺は立ち上がった。

いつきはまだ座ったまま足をぶらぶらさせている。


『そっかー。じゃあシュークリームってなにー?』


『お前の好きなものじゃんっ。ほらっ、もう電車来るぞ。』



『シュークリームってなあに!!』


『怒んなよぉ。ふわふわでクリーム入ってるやつだろ。…ほらっ、いつき。』


いつきは立たない。



『そっかー…。じゃあ……。』


『無理に質問しなくてもいんだぞ?』

笑って見せた。




電車の音が近づく。

俺は座ったまま足をぶらぶらさせているいつきは抱き上げる。


『でんしゃってなあに?』



『ほれっ、これだ。』

 

『…りこんて、なあに…?』

いつきを抱っこする俺の胸が少し湿った気がする。



電車が停車する。


ドアがプシューッと開く


待ち合わせ通りの車両にいつきのママはいた。


俺はいつきを抱え、電車に乗せた。


『パパー。』


『ん?』


すごいなお前、涙を飲み込んだんだな。



『パパー。あのねー──』



ぷるるるるるるるるるるるるるるるるる




『いつき。樹っ!!』



ドア閉まります。


お下がりください。




プォン




電車は走り出した。






パパー。あのね。


ぼく、パパいなくても、がんばってみる。





服の、胸の湿ったの部分を握りしめ、ひとりホームで泣いた。

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