第四十四話 懊悩大根
「まずいな」
俺が小さく舌打ちをすると、ぐいっと葉っぱが視界に割り込んできた。
「どうしました、マスター? 利用料金ですか?」
「そっちは良い。使い放題だからな。…むしろ電気代をなんとかしてほしいんだが?」
「善処します」
そう言って人形に抱えられたキーファはその画面方向を元のパソコンへと戻した。今日も一日つけっぱなしだったらしい。そっぽを向いてもごまかされんぞ。
だが、いま大事なのはそこじゃない。俺も、手元の端末に視線を戻す。
『ダンジョン暴走―――未知の事態か?』
画面には、そんな文字が踊っている。
記事の出来は、あまりよろしくないだろう。
川越のダンジョンで未確認の魔物が現れた。重軽傷者複数人、今も調査のため立入禁止となっている。関係者の証言では高ランクの探索者にも怪我人が出た。ダンジョン庁はコメントを控えている。
読んでわかるのはその程度の中身のない、いつもの新聞記事だ。だが、内情を知っている身からすればそれは少々違う。
怪我人の人数は十五名。例のゴブリンアーミーに派手にやられたのだ。死者が出なかったのだけが幸いだとは大渕さんの弁だった。だが、この怪我人の人数だけでも重大だ。だからこそ、報道規制までされている。
現在のダンジョンが開放されているのは、あまり報道されていないが、結局内部の事情のおかげだ。
探索者は怪我も織り込み済み。もし怪我をしても、その分のリターンが確保される。東雲との講習で少し潜っただけでも一月分の収入になったのだ。みんな、ダンジョンの閉鎖なんて望んでいない。
そして、大抵の、それこそレベル1クラスであればよほどのヘマでもしない限り、怪我すらしない。みんな潜って魔物を倒せば倒すほど強くなる。どこかで頭打ちはあるらしいが、レベル1に出てくる魔物はある程度カテゴライズされていて、ちゃんと予習をすれば一定の安全が確保されている。誰だってローリスクハイターンは大好きだ。そうやってダンジョン探索は人気を博している、はずだった。
今回の一件は、それを根底から覆してしまった。聞いた話では俺達の所以外にもゴブリンアーミーが結構な数出現し、それが探索者たちに襲いかかったらしい。
今までの変化では、せいぜいたまに変異個体が混ざるくらいでそれに鉢合わせたやつは運が無い、と、そういう扱いになっていたらしい。だから怪我人が出ても数人、もしくはいない場合がほとんどだったのだ。これは世界で共通、のハズだった。
だから今回のこれは流石に見過ごせるようなものではなく、世界からも注目の的だ。近いうちにこの件で学会まで開かれるそうだ。
だからこそ、まずい。
あの聴取を終えて、席を立つときだった。大渕さんが俺にこういったのだ。
「後日、またお話を聞くこともあるかもしれませんが、そのときはよろしくおねがいします。詳細な調査をこれからまたしなければいけないので」
そう言って疲れた顔で大渕さんは笑いかけてきた。俺も営業スマイルで応じたが、内心なんてこっただった。
あのときは、予め色々模範解答を用意していた。だが、こんなものいつまでも持つものじゃない。
おそらく、何が異変の原因になったのか、徹底的に調べようとするはずだ。だが今でも世界中の学者が調べて、あの程度のことしかわかっていないのだ。どんなトンチキな珍説が出てくるかわからない。何かの拍子に俺のことが調べ始められれば、すぐにボロが出るだろう。
そして、本格的調査のまずい一番のところは、調査にスキル持ちを投入される危険がある点だ。スキルの中には、嘘発見器のように機能するものもある。もしそんなものを使われれば俺の拙い言い訳なんて全く使えないだろう。
つまり、まずいのだ。
俺はうんざりした気分でベッドに身を投げた。衝撃を食らったキーファが抗議の声を上げたが、今はそんなものに構う気にもなれなかった。
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