第三十七話 遭遇大根
一瞬だったが、なにか強烈な熱が目の前を通っていったことだけはわかった。
固まっていることしかできなかったオレにはなにがなんだかわからなかったが、その結果はすぐ目の前に、転がっている。
「東雲!」
東雲がバタリと床に倒れ込むのを、なんとか駆け寄って支えるのが精一杯だった。見れば背中は焼けただれ、ブスブスと嫌な音と煙を立てている。
「おい、東雲!」
これでは下手に動かせない。
声をかけても、東雲はピクリとも動かない。どう見ても重症も良いところだ。死んではいないらしいが、このままじゃ、どうなるかわからない。
一体何が?
全く状況がつかめないオレは、さっきの閃光が飛んできた方へと顔を向けた。
そこには一見、なにもいないように見えた。たださっきまで歩いていた、暗い通路があるだけだ。じゃあ、さっきのはなんだ?
疑問には思うが、今はそんなことをしている場合じゃない。オレは自分のリュックに手を伸ばす。
「…!」
なにかが、聞こえた。
東雲に言われたとおり、聞き耳を立てながらやっていてよかったと思えた瞬間だった。
なにかが聞こえた方に目を向ければ、ぱくりとダンジョンの壁に穴が開く。そこからなにかがズルリと顔を出す。
「…嘘だろ、おい」
空中に開いた穴から出てきたのは、巨大な蛇の頭だった。色だけ見れば、きれいなルビーのようだった。そして少なくとも、形は蛇の頭だ。俺が知っている蛇は、人を丸呑みできそうなほど巨大ではないが。
その巨大な蛇はぬるりと壁の穴から這い出てくる。頭が出て首が出て、それだけで俺の身長を軽く越えていた。そのギョロリとした赤い目が、じろりとオレたちを見つめている。
しかも、その目は一つ二つじゃない。オレたちが来た通路の奥に、何対ものその目が、オレたちをじっと見つめていた。その視線が一瞬オレと東雲の間で揺れた。
その口から、ちろりと赤い光が覗く。
「…!」
まずい。
なんとか東雲を俵のように肩に担いで走り出す。
次の瞬間、顔の横を炎の柱が通り過ぎていった。
何が何だか分からないが、後ろを振り向いている余裕はない。幸いなことにというか、またあの火炎放射?のようなものが来る気配はない。ただなにか巨大な硬いものが壁にあたってごりごりという音が追いかけてくる。
「なんだあれなんだあれ…」
なんだかはわからないが、あの火炎放射に東雲はやられたらしい。というか本当になんだあれ。明らかに日本で見つかった魔物じゃない。
少なくとも、この川越第3ダンジョンは全5階、その全てでゴブリンしか出てこないことが確認されている。たまにゴブリンソルジャーが出るくらいだと聞いていた。あんな文字通りの魔物は出てこないはずだ。
そして、これは東雲や教科書で言うような『ダンジョンの変異』なんてものでないことをオレは
また火炎放射が横を通り抜けていった。後ろから壁をこする音が追いかけてくる。
なんとか出口まで。
前だったら東雲を落としてしまっていたが、身体能力が上がってくれたのがありがたい。オレは出口までの通路をひたすら駆ける。
そもそも、ダンジョンは変異しない。ダンジョンはあくまでダンジョンマスターの箱庭だ。一応、キーファに確認したが、そんな変異が云々なんて機能はダンジョンにない。あるのはダンジョンマスターがいじった結果だけだ。
このダンジョンをキーファ的に調べれば、低レベルモンスターを重点的に生み出すように設定されているということになる。
例えばあのゴブリンのモンスターハウスは、部屋を作ってそこに『スポーンポイント』を設置したものだ。マナポイント2000ポイントくらいか?
所々でうろついているゴブリンは、ランダムスポーンの設定をされているからだ。だからたまにゴブリンソルジャーが出てくる。パーセンテージで1%以下だけど。
なんのためにこんなダンジョンを作っているのか知らないが、すくなくとも、そういう作りだった、はずだ。
だからオレは素人でも、ある程度冷静に対応できていた。
少なくとも、ダンジョン側から見た場合のダンジョンは、そういうものだったはずだ。
それがいきなりアレはなんだ?
少なくとも、俺の知っている範囲ではない。
息が上がって来たが、なんとか東雲を担いで足をすすめる。あと少し。兎に角早く脱出したい。俺の想像通りだとすると、色々まずい。
また火炎放射が東雲を担いでいるのと逆側の顔の横をとおりすぎる。幸いなことにと言うべきか、狙いが随分荒っぽい。おかげで髪を焦がす嫌な匂いだけで済んでいる。
兎に角、今は脱出が最優先だった。
ここの角を曲がれば、後は出口。そう思って、なんとか走り抜ける。だが。
「…まじかよ」
オレは、思わず足を止めた。止めざるを得なかった。オレが覚えている地図では、その先は一直線で出口まで続いていたはずだ。だが、俺の目の前にあるのは。
「通行止めかよ…」
通路はなくなり、行き止まりになっている。
後ろから、さっきの蛇が追いかけてくる音が迫っていた。
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